長州旅行☆2日目② | 今ここに生きる理由がきっとある

今ここに生きる理由がきっとある

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☆山縣有朋(狂介)生誕の地☆

駐車場なし。 

’12~’13版のるるぶの地図と、観光協会が出してる地図とでは位置が違っているので注意です。 観光協会のほうが合ってます。


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久坂玄瑞くんの紹介で松下村塾入門、その後奇兵隊入隊。

明治・大正時代の軍人・政治家

内務大臣(初・第二・第三代)・内閣総理大臣(第三、第九代)


やけに大きい(大きすぎる)碑が立ってるだけでした。


わたしのガタ好きは大河ドラマの花神(40年くらい前の大河)を観てからなんだけど、あのガタはカッコ良かった。

西田敏行さんのガタ。 ちなみに、高杉さんは中村雅俊さんでした。 

おススメなのでぜひどーぞ。ちなみに古すぎて総集編しか残ってないみたいです。

わたしも総集編しか観てないけど、それでも面白かったです。


あと、なんのドラマだったかなー。石原良純さんもやってた。

何故か、体格の良い方たちが熱いガタを演じてるんですよねー。


実際は細長くて、友達いなさそうな雰囲気なのに。



☆松陰神社☆


☆松下村塾☆


室内はこんな感じ。 リアル塾!! 想像していた通り、小さかった。

高杉さん、俊輔はどこに座ってたんだろ~ 


松陰神社内にある松陰食堂にあったおしながき・・・
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先生のめくっている本が、おしながきにしか見えなくなった・・・


写真撮るの忘れたんですけど(コンデジにも無かった汗)宝物殿『至誠館』も入ってきました。

松陰先生ファンにはたまらない所でしょう(←わたしは松陰先生推しではないので・・・) 

☆伊藤博文旧宅地&伊藤博文別邸☆

無料駐車場あり。


銅像シリーズ⑤


旧宅の横に立ってる俊輔(博文)。この銅像と向かい合うようにベンチが置いてあるんだけど、わたし以外の誰が座るのだろうか・・・。謎である。
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この日はみぞれが降ってて、ものすごい寒かったんですけどね。(というか3日間ずっと、ものすごい寒かったんですけどw)

俊輔も手がぎゅーってなってて、寒そうでしたよあせる←手がぎゅーってなってるのは寒いからではないのか。


高杉さんが功山寺で挙兵した時、力士隊を率いてやってきた俊輔。のちに、こう言ってます。


『私の人生において、唯一誇れることがあるとすれば、この時、一番に高杉さんの元に駆けつけたことだろう』


こちらの茅葺屋根のお宅に、14歳から28歳まで住んでいました。


残念ながら中には入れません。


こちらは伊藤博文別邸

明治40年、東京府下荏原郡大井村(現・東京都品川区)に建てたもの。


ここが面白かったんですよーw俊輔ファンにはツボ!!


松陰先生のお兄さんに宛てた入歯装着お祝いのお手紙・・・これ、見たかったんですよーwww

ホントにあった笑う


テーブルに、小僧時代からヒゲ爺までの俊輔の写真がアルバムになって置いてあり、自由にみられるようになってるのが面白かったです。


長崎に武器買いに行った時のかわいぃ~写真とか、兵庫県知事時代のかわいぃ~写真とか・・・

俊輔なんで裸足!? &凛々しい高杉さん&お子さま山田顕義くんとのかわいぃ~3ショットとか・・・


いかん。興奮してきた・・・(*´Д`)=з



☆玉木文之進旧宅☆

無料駐車場あり。

玉木文之進さんとは吉田松陰先生のお父さんの弟で、非常に頭が良かったので、近所の子供たちを集めて塾を開いていました。この塾が松下村塾です。

その後、吉田松陰先生が跡を継いだのです。


陸軍大将・乃木希典は玉木文之進と親戚で、ここに寄宿していたとのことです。


白洲次郎さん(何をした人か、よくわからない。吉田茂の傍にいるイケメンてイメージしかない。ゴメンナサイ)も玉木家の血が流れているらしく、彼のお孫さんも来られたそうです。やっぱりイケメンだったそうですw


☆吉田松陰誕生地&お墓&墓所☆

駐車場なし。でも駐車場っぽい広い敷地があるのでそこに止められます。

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この碑の文字はガタが書いてます。でも碑が出来上がる前に亡くなってしまったので、完成したこの碑を見ることは出来ませんでした。


銅像シリーズ⑥

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左:吉田松陰 右:金子重輔(松陰先生と一緒に黒船に乗り込んで、獄に入れられてしまい、獄中に病で亡くなりました)


産湯の跡



高杉さんの10年ニートの場所もあります。
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文久3年、10年の暇を請い剃髪して東行と名乗る。

が、奇兵隊結成の為2カ月でニート生活終了。


この時だけ、なぜか晴れ間が。草庵付近から萩市内を見るとこんな感じ。


墓地の写真はありませんが、ちゃんとお参りしてきました。


松陰先生のお墓には遺髪、高杉さんのお墓にはへその緒が入っています。


お線香があげられるか分からなかったので、持っていかなかったのですが、先生のお墓の前にお線香セットが用意されていたので、お賽銭を入れて使わせていただきました。


③へつづく・・・