京都幕末の旅② | 今ここに生きる理由がきっとある

今ここに生きる理由がきっとある

ブログの説明を入力します。

第②日目のプラン


二条城→京都守護職屋敷正門→ 京都御所→金戒光明寺→平安神宮→祇園会所跡→池田屋→三条大橋~いろいろ跡地探し (長いので今回はピンク文字までです)


まずは


二条城
今ここに生きる理由がきっとある
初代将軍家康が造り、3代将軍家光が完成させ、14代将軍家茂が入城し、15代将軍慶喜が将軍職を継ぎ、大政奉還を発表したところ。


わたし『もっちー(家茂)って痛風だったんだっけはてなマーク


相方『違うよビックリマーク脚気だよ!!


・・・ごめん。もっちー。


側溝がダンダラ模様だった件。
今ここに生きる理由がきっとある

そして


京都御所


ど~~~~ん
今ここに生きる理由がきっとある
初めて入ったけど、広すぎる。遠くに見えるのが建礼門・・・


これが、八月一八日の政変で壬生浪士組が警備した建礼門

今ここに生きる理由がきっとある
ここでの活躍で会津藩京都守護職松平容保公から『新選組』の名前をもらったと”島田魁日記”には記されています。 (新選組の名前をもらった時期には諸説あります)


御所内も見学したので、内側からの建礼門。
今ここに生きる理由がきっとある


こちらは蛤御門
今ここに生きる理由がきっとある
禁門の変での激戦地


そのときの銃弾の跡。あちこちにあります。
今ここに生きる理由がきっとある


これは見つけると幸せになる的なモノですかはてなマーク
今ここに生きる理由がきっとある

ここで二条城付近にある京都守護職屋敷正門を見逃したことに気づくのであった・・・汗


失意のまま


会津藩本陣金戒光明寺
今ここに生きる理由がきっとある
ここって、壬生からすごーく離れてるんだけど、よく通ってたよなぁ~あし

しかもトドメに長い階段が・・・怖い


ものすごくビックリマークとーっても楽しみにしていた山門
今ここに生きる理由がきっとある
・・・修復中にゃ


マジデスカ。マジのようです。


境内は閑散としてました

今ここに生きる理由がきっとある


続いて平安神宮

光明寺からは徒歩で行ける距離です。(写真は省きます)

平安神宮は新選組には関係ないのですが、近くに京都守護職屋敷門があるので行ってきました。


こちらが京都守護職屋敷門
今ここに生きる理由がきっとある
碑とか立ってないので、知らないと完全にスルーですよ。

応天門を正面に見て冷泉通を左に行くと、修学旅行用のバスの駐車場があるのですが、そこにあります。

たぶん、正門のほうが立派なんだろうな。ますます、正門を見逃したことを悔いるのであった・・・


ここから祇園へ・・・


つづくよ!