6/17〜19まで、他の隊員が活動する地域に行って来ました。
場所はベナン北部に位置するジュグーと言う街。私の住む地域と比べると、大分大きな街でした。

当日は他の隊員の任地、バンテから出発。
バンテは私の任地より少し田舎で、 大手バスもあまり通らないし、タクシーの本数も少ない。

朝家を出たのに、タクシーが中々捕まらず結局お昼頃までガールに友達といた。ボロバスを拾うことが出来て、なんとかジュグーに向けて出発。
最初は高めの値段を言われたのに、車内で交渉すると少し安めにしてもらえた。

となりに座ってたベナン人がジュグーにいる隊員のことを知ってる人で、現地に到着したら案内してくれる約束をした。

道中は道がかなり悪いと聞いていたから、覚悟の上で乗ったのに、舗装され始めていて予想よりも早くジュグーに到着した。

北部の中でも大きな街のジュグーは、道路も舗装されているし、パラクーに似ていた。イスラム教の人が多く、ベールを付けている女性が圧倒的に多い。

市役所で友達と合流し、家に案内してもらった。
他のボランティア隊員と同じ敷地内の家で、周りも静かだし、綺麗だし申し分のない感じ。

1日目は、クスクスを食べさせてもらい床に着いた。

翌朝は友達の活動最終報告を聞く為に朝早めに起きる。市役所まで歩いて行き、朝ごはんを外で食べた。私はブイーはあまり好きじゃない為、一緒に売られているパテを食べた。日本で言う、サーターアンダギーみたいな感じ。

報告会には、北部の他の隊員や現地スタッフ、彼女の同僚が大勢来た。スラスラと口から出るフランス語に呆気にとられた。私もあんな風に喋れるようになるんかな?

報告会が終わって、スタッフ達とお別れしてボランティア4人で近くの食堂でご飯。現地食はあまり食べないけど、久々に食べると美味しい。

ご飯の後は三輪に乗って、スイスが支援する織物工場の見学に行った。

伝統布で、綺麗な物ばかり。写真も撮らせてもらった。友達は何枚か購入。

その後は解散して、家に戻って友達と2人でゴロゴロした。

最後の夜は、友達が塩焼きそばを作ってくれた。
美味しくて、幸せだった。

ご飯を食べたあとは、友達の活動の道具を見せてもらい、就寝。

翌朝、バスで帰る為早めにバス停へ。ジュグーが好きになったので、離れるのが寂しかった。蜂蜜とゴマを購入して、乗車。

素敵な滞在をさせてくれた友達に感謝。楽しかった!



今日で29歳に幕を閉じ、明日から30代に入ります。
まず、この一年楽しいことも辛いことも沢山ありました。
初めて社会でお世話になった会社を辞め、自分が歩みたかった国際協力の道を一歩踏み出しました。

それと共に大好きだった大阪、マンションを離れアフリカで生活。
好きな人とも遠距離になりました。

二十代、もう日本には住まない!覚悟で楽しいことを色々と友達と経験した。

会社でも、良い上司、悪い上司に会ったし、傷付くまで好きだった人にも出会えた。

これまで固定観念で、いわゆる日本人の保守的な考えで恋愛をしてきたけど、人を愛する大切さと共に、恋愛は周りにジャッジされるものではない、自由という事を学びました。

正直、周りが結婚していく中で焦る部分があるけど、私は私の人生。
好きな人との恋愛も、結婚も、キャリアも自分が思い描くように進めていきたい。

未来に不安は付き物だけど、30代は20代で苦しんだ分素敵な物になりますように。

ありがとう、20代。
8〜10日は同じ中部地方に住む先輩隊員の送別会をやった。

今回は3名の先輩隊員が来月に任期を終えて帰国します。

中部会は土曜日に私の同期隊員が住むダッサと言う大きめな街でやりました。

集まった人数は8人。
私達後輩は早めにダッサに向かい、掃除と料理準備に取り掛かりました。

メニューはある程度同期が作ってくれていて、肉じゃが、干ぼし魚、酢でマリネした魚のフライという日本食。

そして、私達は、焼きおにぎりと焼肉を用意。
予め用意しておいた日本米に近い米で焼きおにぎりを作ったら、皆んなに好評だった。

だらだら食べて飲んで、あっという間に夜。また食べて、ゲームして、朝方に皆んなで寝てお昼前に解散。

その後先輩3人は私の任地に一泊。
最後に丘に登りたいという事で、もう1人の隊員と準備し、皆んなで丘を登った、

途中人糞が落ちててめっちゃ臭かった。
登りも急で心臓破りなくらいだったけど、頂上に到着した時は感動した。

頂上では、写真撮ったりムービー撮ったり…もう少し皆んなと一緒に居たかったな。

帰宅して、冷やし中華を作って皆んなで食べて解散。

夜は早めに寝て、今朝マルシェで買い物を済ませて皆んなを送って帰りました。

最近、色んな人といるからか、1人になると寂しい。
でもゆっくり眠れるのはやっぱり自分のベッドだな