9/21〜10/4まで、有給制度を使って日本に一時帰国しました。
帰る直前になって、やっぱり帰りたくないとか帰るのが怖くなったりしたけど、結果帰国してよかった。

1番残念だったのは、一年前に帰国前に必ず連絡!と言われた人との再会が果たせなかったこと。それ以降音沙汰もなく不安…

帰国中は、ほとんどを家族の時間にしたかったから実家で過ごすことが多かった。
美容院に行って、心配だった病院にも行って、とにかく食べたいものをお母さんに作って貰って食べまくった。お父さんと出掛けたり、姉と出掛けたり、お母さんと半日銭湯におったり、ばーばとあずきバー食べたり…

1日だけ大阪にも行って。会いたかった友達、元会社の同僚にも会えた。ただ、やっぱり会うんじゃなかったと思った人もいた…

発着が東京だったから、大学院時代の友達にも会えた。やっぱり、大学院時代の友達は私にとって本当に大切な友達。

帰国したら、しばらくは東京に腹を据えたい。

楽しかったなぁ。
早く本帰国が来て欲しい!


ベナンに来てもうすぐで1年。赴任半年経って立てた活動計画。
その中に、識字教育を入れていました。
一度知り合いに教室を見せてもらって、すぐ教室がコンジェに入り、去年はずっと動かなかった…

何件も関係者を探して周り、再びたまたま保健センターで出会ったママ。
すぐさま携帯番号聞いて、始まったら連絡してもらう事に。
ただ、何日、何ヶ月経っても連絡が来ない…通い詰めてるNGOのスタッフに聞いても、まだ資金が集まってないから始まってない。の繰り返し。

思い切って、ママに電話するともう始まってるよ。の答え。

慌てて教室の場所聞き出して、出向く。
ママは優しくてすぐ迎え入れてくれた!
やりたい事も軽く話ししてやろうって言ってくれた。
まだ始まったばかりだから、全く遅れをとってない。
どうか、この活動が上手く行きますように。
成功を願いたい。

8/1329までの約3週間、首都で療養してました。これまでベナンに赴任して病院にかかる事は一回しか無かったので、自分でも精神的にかなりストレスでした。


事の発端は、左胸にあったしこり。日本では婦人科検診で触診してもらう都度に、切らなくても残しておいても大丈夫なシコリと言われてきた。

けど、今回免疫も丁度弱っていた時期で、そのシコリの上に炎症が出来て、服が擦れるだけでも痛かった。塗り薬を処方して貰って、任地で自分でなんとかしていたけど、とうとう膿袋が出来て破裂した。

慌てて健康管理員に電話して首都に上がることに。


その日に病院に行き、翌日帰れるかなと軽い気持ちで行ったら、そんなことはなくその場で麻酔して切開。パニックになって、麻酔したのに痛いし、叫びまくった笑

膿と共に、元からあったシコリも取り出されて、そこから長い治療開始。

とりあえず痛すぎて、その日は一日中爆睡。翌日、病院で傷口にまさかのワタを入れるという作業を麻酔無しでされ、痛すぎて号泣。この日ばかりは本当に精神的にもきた。

何日間かワタを取り出しては詰める作業をして、痛くて起き上がれない日々だった。


歩くと振動で傷が痛くて、でも身体は元気だから何で療養なん?って言われるのが嫌だった。


無駄にドミにいる人もいるし、気持ちが本当に休まらなかった。


ほぼ毎日の様に病院通いして、薬塗って貰って、途上国での怪我や病気って本当に大変だなと痛感した。


幸い、小部屋を一人で使わせてもらえたから、よく眠れたし、快適に過ごせることができた。 


とりあえず、今週末からまた任地での生活。まだ自分で消毒しないといけないから大変だけど、どうか二度と再発しませんように。


来月の日本、病院通いが決定です