幸せいっぱい熱々いちゃラブ聖夜の話乙女のトキメキ

 

 

 

 

珍しく、形式通りのクリスマスを計画した。
今年は、クリスマスコンサートを入れなかった。たまには恋人時代に戻って、クリスマス気分を満喫したくなったのだ。その代わり、レーゲンスブルク劇場でのニューイヤーコンサートを行うことにしたので(相変わらずリーナは抜かりがない)、年が明けてからが忙しい。
「プレゼントは何が良い?」
取り敢えず、形式通りに訊いてみた。
「何でも良いの?」
ユリウスが目を輝かせて質問する。
「お、おう……、何でも言ってみろよ」
器の大きいところを見せているが、内心はどきどきだ。
「じゃあねえ」
両手を合わせ、期待を込めた眼差しで、愛妻が答える。
「ドイツのクリスマスマーケットに行きたい」
俺は、一瞬フリーズする。
「(ニューイヤーコンサートで)来年も帰るのに?」
「駄目?」
そんなポーズで、そんな顔で見つめられたら、どんなことでも叶えてやりたくなってしまう。

──というわけで、俺たちは今、ドレスデンのクリスマスマーケットに来ている。当然、ユリウスの目的は買い物だ。
サンタとトナカイのオーナメント。ガラスツリーにスノードーム。くるみ割り人形にマトリョーシカ。
「おいっ、そんなに買ってどうするんだよ?」
「ホテルの部屋に飾るの。あの部屋、なんか寂しいんだもん」
言われてみれば、その通りだった。
天井まで届きそうなでかいツリーが置いてあるクリスマスムードたっぷりのロビーに反して、客室はシンプルというか殺風景だった。ドアや壁だけでなく、テーブルからソファに至るまで白で統一され、カウンターでさえ余計な物は置いてない。窓からの眺めは最高だが、夜になれば真っ暗だ。

「それにしても、ちょっと多過ぎないか?」
「良いの。家でも飾るんだから」
そう言って、ユリウスは、イルミネーションよりもきらきらした笑顔をこちらに向ける。
男が一人、振り返った。
「パリに帰る頃には、クリスマスは終わってるんだぞ」
「クリスマスを過ぎたら飾っちゃいけない、って誰が決めたの?」
紙袋からはみ出したくるみ割り人形と、ユリウスが睨んでいる。ユリウスは睨んでも可愛いが、くるみ割り人形は正直怖い。
あまり夜道では出会いたくない代物だ(あの歯で嚙みつかれるのはご免である)。





「いや……、それは」
返答に詰まって時計を見た。
「おい、そろそろ行かないと遅れるぞ」
「えっ? もうそんな時間? まだ全然見足りないのに」
「この広さを全部回ろうってのか? 無理に決まってるだろ」
「だって、まだシュトーレンもソーセージも買ってないっ」
「あのなぁ、今から食事に行くのに、食いもん買ってどうするんだよ」
子供のように駄々を捏ねる愛妻の手を引っ張って、俺は予約したレストランへ急ぎ足で歩き始める。

「ねえ、明日も行って良い?」
クリスマスマーケットは24日までだ。
「好きにしろよ」
「クラウスも一緒に行ってね」
また一人、男が振り返った。舌打ちをしそうになるのを何とか堪える。
「当たり前だ、お前一人で行かせられるかよ」
「やったぁ……」
ユリウスは声を弾ませ、俺に腕を絡めてくる。ミントグリーンのファーコートが風でふわりと翻った。足元は茶色のムートンブーツ。毎年定番の冬の完全防備、名付けて”チョコミント雪だるま”──と愛情込めて(心の中で)呼んでいる。
「ありがとう、クラウス」
「幾つになっても子供だな」
「……夢見る乙女って言って」
ユリウスが頬を膨らませて抗議する。
「知ってるか? 乙女ってのは……」
「解っているから言わないでっ」
ユリウスは頬を赤らめてそっぽを向いた。こういうところが乙女の範疇なのだろうか。
俺から見たら、十分女神……いや、女神と天使と乙女を足して(掛けて?)二で割って……。

三人目に振り返った男と目が合った。思いっ切り睨みつけてやった。男は逃げるように人混みに消えていく。
……ったく、女連れの癖にふてぶてしい野郎だ。
「どうしたの? クラウス」
「別に……、何でもねぇよ」
俺は、無自覚に煌めく光の天使を護るように肩を抱いた。
ひょっとして、今夜、このクリスマスマーケットで一番目立っているのはこいつかもしれない……。




 

 

形式通りのクリスマスも悪くない。
絵に描いたようなクリスマスディナーのラストを飾るのはデザートである。
「ストロベリーショートケーキとストロベリーガトーショコラ、どちらにいたしますか?」
ウェイターが説明し終わらないうちに、ユリウスの目が泳ぎ始めたので、
「一つずつお願いします」
と注文した。
「凄いね、どうしてボクが選べずにいるって判ったの?」
「そりゃあ、お前、誰だって……」
俺は、一瞬言い淀む。
「──以心伝心だよ」

ほどなくして、フルーツソースやチョコレートでデコレーションされたデザートが運ばれてきた。
「わぁ、綺麗」
俺は、ケーキに添えてあるピスタチオのジェラートをスプーンで掬い、ユリウスの口もとへ持っていく。
「……恥ずかしいよ」
「誰も見てない」
周りの客はカップルだらけ、自分たちの世界にどっぷりである。
ユリウスは大きな口を開け、ぱくりとスプーンにかぶりついた。途端に笑みが零れる。
「美味しい」
結局、デザートの三分の二はユリウスが平らげた。

少しだけシャンパン。
ほんのりと淡いロゼの頬。
何年経っても可愛い。
明日、クリスマスの魔法が解けても……。
きっと、もっと、ずっと、
輝きを失うことなく、柔らかな天使の羽で俺を包み込んでくれるだろう。


 

 

 

形式通りのクリスマスの締め括りといったら──これ以外に無いだろう。
泥酔よりも、ほろ酔いの方がある意味危険である……と彼は思った。
「ねぇ……、一緒にお風呂に入りたい」
掠れた声に、どきりとする。
「いいけど……、珍しいな、いつも誘っても嫌がる癖に」
「だって、今日は特別な日だもの。ほら、これ」
ユリウスが手のひらほどの小袋を差し出した。
「バスソルト?」
「アメニティグッズの中に入っていたの。クリスマスパッケージだよ」
小袋には、サンタの絵が描いてあった。
そんなことくらいで気分が変わるものだろうか。どうせ中身は代わり映えのしない……いや、言わないでおこう。機嫌を損ねたくない、今は。

「じゃあ、せっかくだから入れようか」
「うん」
「酔ってないか? 大丈夫だな?」
「平気だってば。グラス半分も飲んでないんだよ」
そう返す口調は、ふわふわと浮遊しているようだった。また一段階、上っている途中なのかもしれない。
年を追うごとに、少しずつ少しずつ、大人になっていくのを肌で感じる。
躰と、仕草と、歌声で。
あどけなく笑う瞳の奥に潜んでいる艶色の揺らぎを覗いてみたい。彼女の音色が変調する瞬間を。
けれど、だんだん余裕がなくなって、それどころではなくなって、翻弄するつもりが、いつの間にか自分が翻弄されていて……。

「ね、ボクが……脱がしてあげる」
ユリウスがシャツのボタンに手を掛ける。
「お前、やっぱり酔って……」
不意にシャツを引っ張られ、唇を塞がれた。戸惑いがちにやわみが忍び入ってくる。直ぐに制御が効かなくなった。膨らみを弄りながら、俺はブラウスのボタンを外す。甘い息が弾みだす。互いの息が荒くなる。手元も見ずに、交わり、なぞり、絡ませて。気がつけば、二人とも一糸纏わぬ姿になっていた。
「風呂に入る前に、……溺れそうだ」
溺れる前に、彼女の躰を抱き上げる。雪よりも白い裸身を溶かすようにバスタブへ沈めた。金色の髪が人魚のように波を打つ。
「ふわぁ……、あったかい」
ユリウスがすーっと指を滑らせた。エメラルドグリーンのお湯が二つに分かれ、また戻る。まるでモーゼが海を割ったように。
「綺麗な色……」

それが始まりの合図になった。
もう既に、風呂に入る前に、いや、レストランで、
本当は──クリスマスマーケットのあの場所から、直ぐにでも、お前を攫っていきたかった。
誰の視線にも触れさせない。
厚いバリアを張り巡らせて、
一刻も早く、お前を、こうして抱き締めたかったんだ……。
吐息なのか湯気なのか、判別のつかない濛々とした意識のなかで、
小振りな蕾が震え綻び、ひとひらずつ花開く。

溜息が出るほどに、
「……綺麗だ」
と彼が囁く。
言葉に反応するように、ぽっと桃色を帯びる肌。
「あ」
声が零れるそばから、
花弁がほどけ落ちていく。
「ぁ……ク、ラ……」
本当に花のようだ……、腕のなかで咲きみだれていくようだ。
合間にタンブラーの水を飲み、ユリウスの口に含ませた。
「──ん……っ」
こくり、と喉が鳴る。その喉へ唇を滑らせて。それを何度か繰り返した。
軽い躰を膝に乗せ、滑らかな稜線を辿る。
唇と舌で。
柔らかな円みを愛撫する。
手のひらと指先で。

人魚が躰をくねらせる。
バスタブで尾びれを掻くように。
何処までも終わりの見えないエンドロール。それでも、いずれは幕が下りる。
「もっと、腕を絡ませて」
耳もとで声が囁く。
「爪を立ててもいいから……」
ふと、イルミネーションの淡い光が一つずつ消えていくのが窓から見えた。
「クリスマスが……終わっちゃう……」
か細い喘ぎが弾けた刹那、クラウスも同時に爆ぜた。

聖なる夜が終わりを告げる。
終演の鐘が鳴っている。


 

 

 

夫の手で優しく躰を拭かれながら、ユリウスは口を利けないでいた。
自分で拭くとは言えなかった。否、拭ける状態ではなかった、と言う方が正しいかもしれない。
テーブルの上に置いてあるランタン型のスノードームへ、ぼんやりと視線を向ける。スイッチを入れるとライトが点滅してきらきらと雪が舞う。三体並んだ雪だるまの可愛さに一目惚れした。

「何見てるんだ?」
バスローブの紐まで丁寧に結ばれて、なんだか小さな子供になったみたい。
ユリウスは黙ったまま、ゆるゆると腕を上げ、スノードームを指で示した。
「ああ……、綺麗だな」
「あれなら、ずっと飾っていても変じゃないでしょう?」
聴こえるか聴こえないかの狭間の声で、彼女は呟く。
「夏はね、きっと涼しい気分になると思うの」

「そうだな」
クラウスは、ユリウスを抱き上げて、ベッドへ運んだ。
「明日はパリだ。しっかり眠れよ」
「あれ? ……寝かせてくれるの?」
弱々しい碧の瞳が瞬いた。
「こら」
クラウスは金色の頭をくしゃりと撫でる。
「挑発するな、くたくたの癖に」

「うん、くたくた……。誰かさんのせいで」
「おい、俺だけのせいかよ」
「クラウスだなんて、言ってないけど?」
ひっかけ問題か。
「俺だって、ぐったりだ。誰かさんのせいで」
「ぼ、ボクじゃないからっ」
クラウスは吹き出した。それから大笑いした。

 

 

caption

 

2021年12月29日に投稿した話の再掲ですハート

 

ピンク薔薇 ピンク薔薇 ピンク薔薇


クラ「そりゃあ、クリスマスが誕生日のやつには敵わないけどよぉ…」
ユリ「まあまあまあ」

今年最後のラヴラヴエピ飛び出すハート 今回は、あれはてなマーク のぼせなかったようで…(/ω\)

 

ピンクハート懐かしくて恥ずかしい「のぼせた話」

 

クリスマスツリー参考にした「クリスマスグッズ」左下矢印

 

 


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