~Introduction~

「着替えなんかいいから!  ほら、早く帰るぞ!」
半ば叫ぶような声を上げ、クラウスは、ボクをタクシーに押し込んだ。

(この後に、「ラブ・ストーリーは突然に音符」が流れます(違うか))

 

 

 

 

演奏会が終わった後、クラウスは滅茶苦茶にボクを抱く。

そんな夜が稀にある。

ドアの開閉さえもどかしそうに、

ドレスの裾をたくし上げられ、

躱す余裕も隙もない。

せめてコートはハンガーに掛けさせて、

お願い汗をかいたからシャワーを……、

すべての懇願は切り捨てられて、

「待って……」

精一杯の抵抗も、

「いや……」

唇で押し塞がれて。

 

この昂ぶりは、お前でないと治まらない──。

──今欲しい。

今直ぐだ。

今直ぐどうにかなってしまいそうだと悲痛な喘ぎをボクに浴びせて、

ボクの躰を組み敷いて。

ボクのすべてを支配して……。

 

その高揚感なら知っている。

舞台に立った者ならば、一度ならず体感したことがあるだろう。

男も女も関係なく。

ボクだって……、

 

欲しい……と思う。

男も女も関係ない。

だから欲しい……と口にしかける。

貴方が欲しい……と。

だけど、──口にする前に、有無を言わせず雁字搦めにされてしまう。

 

「ク、ラ……」

「黙…れ」

「ね、聴い…て……」

「うるせっ」

 

同じ想いでいる筈なのに、

同じ想いを伝えたいのに、

言葉を封じられ、闇雲に、されるがままに、

まるで羽を切られた小鳥のように。

 

「ユリウス、──愛してる」

 

絞り出すような声音。

切なげな顔。

解っているから、

痛いほど解っているから……、

そんなに苦しげな瞳でボクを、

 

見つめないで……、クラウス……。

 

疾うに夏は過ぎたのに、

彼はまだ、

炎熱に灼かれている。

ボクもまた……、

炎熱に追われている。

 

 

 

 

目覚めると、彼の腕に雁字搦めにされていた。

──あのまま寝ちゃったんだ……。

疲れていたのに、その上もっと疲れることをしたのだから、当然の結果だろう。

躰の芯が脈を打ち、瞬く間に全身に広がっていく。

──や、やだ……、

何度肌を合わせても慣れない……否、肌を合わせる毎に溺れていく自分が怖い。

浮き沈みする熱い渦。

幾度となく途切れる記憶。

彼を求める息は掠れ……。

「そんな辛そうな声で、鳴くな……」

そう……、途中で水をもらったのは憶えている。母鳥に餌をねだる雛のように。

 

──苦しい……。

よくこんな体勢で朝まで熟睡できたものだ。

かろうじて動く左手で厚い胸板をそうっと撫でる。

護られている……と感じる。

心地良いだるさに、うとうとする。

──いけない。

微睡みを振り切って、起こさないように腕から抜け出た。

 

まだ仄暗いバスルームでシャワーを浴びる。

濡れた髪を掻き上げた時、寝ぼけ眼が見開いた。

鏡に映る白地あからさまな愛雨の痕……。全身に。

──く、クラウスったら~……もおう……。

鏡から目を背け、超特急で躰を拭いて、

──これでいいや。

籠に放り投げてあった彼のシャツを引っ掛けて、くるくるっと髪を纏めてバレッタで留める。

 

──えっと、先ずコーヒーを入れて……。

「あれ?」

キッチンに向かう途中で、玄関のポールハンガーに気が付いた。

──いつ掛けてくれたんだろう?

大きめの襟がお気に入りの水色のハーフコートは、20歳の誕生日プレゼント。

柔らかな生地をそうっと撫でる。その手触りが好きだった。

 

カップを出して皿を並べて、トースターのスイッチを入れる。

──後は……、

そろそろ彼を起こさなくっちゃ。

ベッドルームのドアを開けると、コーヒーの香りが後ろからついてきた。

彼の瞼がぴくりと動く。

──あ、起きてる。

 

「クラウス、起きた?」

ベッドサイドにしゃがみ込み、

「ねぇ、お腹減ったでしょう?」

耳もとに顔を寄せると、

「んっ、──っ」

彼の唇に捕まって、ベッドの中に引き摺り込まれた。

「クラウス駄目っ、もうトーストが……」

 

「夕べ、付け忘れたところがあるんだ」

「嘘っ! こ、これ以上何処に付けるって言うの?」

生温かい指先が躊躇なくシャツの内側に入ってくる。ボクは必死で躰を捩る。

「お前の見えないところ」

そう言って、クラウスは戯けるように笑った。

 

その後は、憎らしいくらいいつもの朝。

コーヒーは煮詰まって、

トーストは冷えていく。

 

 

 

 

【作品解説】

 

いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

ピンク薔薇アメブロ初書き下ろしですピンク薔薇 といって2021年に投稿した作品をシリーズ順に再掲しました(いつもややこしくてすみません)。

 

以下、当時書いた解説というか蛇足を少し加筆修正したものです。

今になって読み返すと、(何書いてんだ自分? と)小っ恥ずかしくて削除しようと思ったのですが、皆さんのコメントと辻褄が合わなくなり申し訳ないので残すことにしました。軽~く読み流して頂けたら幸いです。

 

ピンク薔薇 ピンク薔薇 ピンク薔薇

 

冒頭の画像を使いたくて妄想した話チュー

『Love Duet《後編》』夜~翌朝編て感じでしょうかラブラブ

ドレスは控室で着替えてから帰るよね、とかいう突っ込みはナシでお願いしますアセアセ

 

 

ところで、

あの《後編》で、楽しい音楽の時間の中に敢えて組み込んだちょい重めなクラウスとリーナの会話を読者様はどのように捉えたのでしょうか。

①要らないと言われれば要らない。・・・だよね。

②今更まだその話を蒸し返す?・・・ご尤もです。

 

なのに何故入れた? 右矢印単純に思いついてしまったから。そして止まらなくなってしまったから。

突如噴き出す間欠泉のように、折り重なっていく二人の台詞の応酬を打ち込んで、一通り出尽くした後、時間を置いて読み返し、加筆修正を繰り返しました。

その間も、心の専門家でもない自分が適当に書いて良いのだろうか。

素人の二次なんだから、そこまで考え込まなくても。

の間で何度も何度も葛藤しました

─が、結局最後は開き直った。理由は、これだけはどうしても消したくないという箇所が幾つかあったから。ダウン

 

1クラウスの台詞

「早く俺たちのスウィートホームに帰って、お前のその肩のリボンを解きたい、って話していたのさ」

2それに対応するリーナの台詞

「お二人さん! 本当に、続きはスウィートホームでやってちょうだいっ」

3ユリウスを想う彼なりの精一杯の答え(未熟な作者が思いつく精一杯の…)。

「そうだな……、そんな時は、否定もせず肯定もせず、ただ……」

 

もっと経験を積んだ読者様からしてみたら、何を甘っちょろいことを長音記号1と思われたかもしれません。何年か後に読み直した自分も、何言ってんだか長音記号1と直ぐさま削除するかもしれないタラー(←予言は当たった真顔

 

それでも、いつか自然にダーク系の服に手が伸びて、自ら鏡に映すユリの姿と、

「…似合うぜ…」と口もとを綻ばせるクラウスの話が書けたらいいなぁ──と近い未来を妄想しては一人にやついています照れ(←2024年現在未だ書けてない汗うさぎ

 

実は、いずれ訪れるかもしれないその場面で、ユリウスに着せたいイチオシの服がありますゆめみる宝石

それを着ている女性と熱いキスをしている俳優さんの画像がそれはもう乙女のトキメキめっちゃクラユリ乙女のトキメキで。

ここで紹介したい、あぁお見せしたいっびっくりマーク のですけれど、著作権に引っ掛かりそうで載せられませんショボーン

めぼしいフォロワー様には、既にメッセージ欄などを駆使して勝手に送り付けたのですがてへぺろ

でもスカート丈がミニ過ぎてクラウスは買ってくれないかも笑

 

~取り敢えず基本情報だけご紹介~

星Luke Eisner(ルーク・アイズナー)。アメリカ人。モデル、俳優。身長188センチ。

Pinterestを登録されている方は、「Luke Eisner 」で検索してみてください。ひたすらスクロールすると、(熱いキスをしている)二人の画像が出てくると思います(彼は白いTシャツに黒のジャケット、彼女は黒い長袖のミニワンピを着ています)。

 

そんな訳で、二組の演奏シーンと同じくらい時間を割き、暑さで回らない頭で考え過ぎ、精魂尽き果て……パック左上矢印抜け殻。

何も考えず、ひたすらいちゃいちゃさせる話を書きたい書きたい書きたいっ。左矢印定期的に襲ってくる病気です。右矢印そうして出来上がったのが今作です。

 

 

クラウス、朝だよ~お寝坊さんパン

「うーん、トーストよりお前が食べ…」左上矢印この絵面でそれを言うなぁっムカムカ

 

ダウン

 

さて。なっがい解説を挟みましたが、この作品にはまだ続きがあります。

アメブロの後、pixivに投稿した際に加筆しました。こちらでは初公開飛び出すハート

良かったらどうぞおすましペガサス

 

 

 

 

次に目覚めたのは、昼前だった。
今度は、二人一緒にゆっくりと躰を起こす。
「あーあ、朝ご飯がダメになっちゃった……」
不満げな溜息が真横で漏れる。
「デートしようか」
「デート?」
ユリウスが子鹿のように首を傾げた。
「昼は外で食べようぜ。キッチンは俺が片づけておくから用意しろよ」
「うんっ」

 

初めてデートに誘った日──、あの頃と変わらない弾んだ声が可愛かった。
そんな些細なことを憶えている自分に、思わず笑いそうになる。
「ねえ、こっちとこっち、どっちが良い?」
振り向くと、ミントグリーンとベビーピンクのワンピースを左右の手に掲げたユリウスが立っていた。
色以外、いったい何処が違うんだ? と首を捻るが、
「今日のお前にはピンクかな」
と柄にもないことを口走ってから、後悔する。

 

ユリウスは嬉しそうに「うんっ」と応えて、クローゼットに戻っていった。
まぁ、良いか。
昔から、あいつには、こんなふうに調子を狂わされることが稀にある。だけど、そんな自分が嫌いじゃない。
そんなふうに俺を変えていくあいつを愛おしいと心底思う。
──ベッドの上でも、もう少し翻弄してもらえると嬉しいんだが……、
「何にやにやしているの?」
「うわあっ!!」
「ど、どうしたの?」
「い、いや……、お、似合ってるじゃねぇか。やっぱり今日はピンクだよ」
「今日はピンク推しなんだね」
ユリウスは、にっこり笑って腕を絡める。
すっかり機嫌は直っているようだった。

 

「さて、何処に行こうか? お前、何食べたい?」
「そうだなぁ、んーと……」
「じゃあ、ぶらぶら歩きながら決めようぜ」
結局、風船を持った売り子に引かれ(ユリウスがおびき寄せられ)、新装開店のトラッテリアに入ることにする。
「風船はお帰りの際にお渡しします。何色が良いですか?」
「じゃあ、ピンクを」
と二人同時に答えたのには笑ってしまった(売り子まで一緒になって笑っていた)。

 

「親切な店員さんだね」
「そりゃ、お前みたいな客が何人もいて、店中に風船が飛び交っていたらメシどころじゃあないからな」
「クラウスぅ?」
ユリウスが唇を尖らせる。
「知ってるか? イタリアにはドリアって無いんだぜ。なのにJapanには、『ミラノ風ドリア』ってメニューがあるんだ。可笑しいだろ?」
「ドリアって何?」
「ドリアっていうのはな、ライスの上にグラタンがのっかってるんだ。すげぇだろ?」
「ふぅん……、美味しいの?」
「食ったことない」
「なぁんだ。今度作ってみようか?」
「は? やめとけよ」
「どうして? ライスにグラタンのせるだけなんでしょ?」
「うーん……」

 

真っ直ぐな碧の瞳で見詰められると、それを想像して美味そうだと思えない自分が変なのか、と不安になる。
タイミング良く、料理が運ばれてきたのでほっとする。ユリウスの目は、瞬く間にヴォンゴレに移った。
「ねえ、クラウス」
アサリの身を外しながらユリウスが訊く。
「うん?」
俺はアーリオ・オリオ・ペペロンチーノを前に、アペリティフを飲み干した。
「さっき、なんでにやにやしていたの?」
「にっ……」
喉越しが良いはずのヴァン・ブラン・カシスが喉に嫌というほど絡みつき、俺は思いっ切り咳き込んだ。

 

ピンク色の風船を受け取ったユリウスは、満面の笑みを浮かべて、ほっそりとした指を絡めてきた。
お前幾つだ──と言おうとしてクラウスは黙る。
年齢なんて関係ない。
婆さんになっても風船を持って歩く彼女の姿が──何の抵抗もなく頭に浮かんできたからだ。

少し白髪交じりの金色の髪をふわふわ揺らし、
皺のよった指を絡め、笑い皺たっぷりの愛くるしい笑顔を湛え。
その時、俺は、躊躇なくお前に伝えることができるだろう。
──綺麗だぜ、ユリウス。

 

「え? 何か言った?」
ユリウスが顔を上げる。
その可愛さといったら、言葉がない。
堪らず、クラウスは彼女の腰を左手で引き寄せた。
「きゃっ」
彼女の左手から離れかけた風船を透かさず右手で摑み取る。
口づけは、オリーヴオイルの味がした。

 

風船が二人の顔を隠している。
ピンク色に頬を染める彼女のように。

 

 

 

 

ピンクの風船の夢

 

ハートのバルーンpixivでいただいた彩夏さまのコメントから考えた話ですハートのバルーン

右下矢印

「ピンクの風船の夢は平凡な日々、愛情を与えてくれる人がいる、とても満足しているという意味になるそうです。クラウスに翌朝「ピンクの風船に囲まれた夢を見た」とか言って欲しい〜ユリはもちろん意味を知っているので(*´∀`*)ポッ 💕

 

 

夕食にドリアが出ることはなかった(完全に忘れたようだ)。
ベッドルームの真ん中に、ピンクの風船がぽわんと浮いている。
そいつを持って、ユリウスがネグリジェ姿で入ってきた時は、おとぎの国に迷い込んじまったのか、と思った。
おとぎの国の姫君は、風船の紐をそうっと放し、子供みたいにベッドのなかに飛び込んで、俺の腕枕で天井を見上げる。

 

「ああ、もっとたくさんあったらなぁ。天井いっぱいの風船の下で眠ってみたいと思わない?」
「どうせ電気消したら真っ暗だぜ」
「クラウスぅ?」
ユリウスが頬を膨らませる。
「それに、俺は風船よりも、こっちのピンク色の方がいい」

 

ユリウスは、ピンク色のネグリジェを着ていた。今日は本当に、ピンク推しの一日だった。
ほどくためにあるような頼りないリボンを容易く解く。
薄明りのなか、戸惑い気味に泳ぐ瞳。
「え? あの、今夜、も……?」
「嫌なのか?」
「……やじゃない」
「ん、素直でよろしい」
俺は片手を伸ばし、部屋の灯りを消した。

 

クローバー クローバー クローバー

 

翌朝──。

 

「ピンクの風船に囲まれた夢を見た」
起き抜けの俺の呟きに、
「嬉しい……。それはね、ボクが一番望んでいたことなの」
ユリウスは本当に嬉しそうに微笑んで、俺に抱きついた。

 

俺は意味が解らなかった。
──まぁ、良いか。
こうやって、小さな幸せを与え合える日々を一緒に過ごしていけるなら。
その相手がお前なら、──最高だ。

 

 

 

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