僕は犬や猫を飼ったことがない。
徳島の田舎で育った子供の頃は、友達には動物を飼っている家も多かったけど、僕の家は水槽で飼える魚やザリガニ、ミドリガメぐらいしかいなかった。
何故か?それはきっと親の方針だろう。両親ともに猫はあまり好きじゃなかったが、多分そういう問題ではなくて、生あるものと暮らすということは、「いつか別れがくる」ということで、それが大きかったのではないか。
聞いてみたことはないけど、そんな理由だろうと思っている。
子供の頃も薄々そんな気はしてたからダメだとは分かりつつも、やはり好奇心はあって、特に犬は、チャンスがあれば「飼いたい」と秘めた思いを抱いていた。
当時僕が住んでいた地域は、野良犬や捨て犬がけっこういて、「犬を拾って飼うこと」は、わりと普通だった。
(さらに捕捉すれば、飼い犬でも放し飼いが多くて、小学生の頃は近所の犬によく追いかけられて怖い思いをした。。。この話をすると、同世代でも驚かれるが、同郷の間では共通の思い出だ。)
小学生のある日、捨てられたのか、子犬が家の近くでウロウロしていて、僕と近所に住む友人とで、給食のパンを密かに持ち帰ってあげたことがあった。親からはダメだと言われていたけど。。。
そうすると、その子犬は僕の家の周りに常にいるようになった。ある日など、学校に行こうと思って玄関のドアを開けたら、正面に座っていて、びっくりしてドアを閉めた(苦笑)
子犬からすれば、「あの人のところに行けば、パンをもらえるかも」って期待しちゃったのだろう。親がダメって言ってたのはこの辺りで、飼うという責任をとれないのに、期待をさせちゃいけないってことだろう。
結局僕は、「子犬を見たら逃げる」という冷たい仕打ちを繰り返した。しばらくしたら、その子犬は見かけなくなった。
あれから、犬や猫は、人のことをよく見ていて、いろんなことを分かっていると考えてきた。
長年猫を飼っていた友人がいる。いや、この友人は「連れ添った」という表現の方が正しいぐらいの関係だったと思う。その友人によれば、猫は本当に自分のことを分かっていたという感覚だったそうだ。
だいぶ長く思い出話を書いたけど、『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』を読んで、そんな記憶が呼び起こされた。
小学生1年生のかのこちゃんと、かのこちゃんの家で飼っている猫・マドレーヌ夫人が主人公の物語だ。
それぞれの目線で綴られる日常の中、マドレーヌ夫人が伝えたい思いがあって、それがある奇跡を通じて達成する。「思いはきっと通じる」というのが一つのテーマだろうか。
そして、もう一つ重要なのが「大切な相手との別れ」。かのこちゃんにもマドレーヌ夫人にも、別れが訪れる。
シンプルな物語なのに、いやシンプルな物語だからこそ、この別れのシーンは悲しい。だけど、こういう別れを味わい、かつ繰り返し、大人になっていくのかもしれない。
適度なユーモアや微笑ましい描写もあって、読みやすさも含めて、とても素敵な物語だと思った。直木賞候補になった作品だそうです。。
甲子園は作新学院の優勝で幕を閉じたけど、日付を遡って、準決勝で敗れた2校のことを書きたい。
作新に敗れた明徳義塾と、北海に敗れた秀岳館のことだ。
僕は準決勝のカードが決まったとき、この2校を応援していないわけではなかったーーー少しまわりくどい言い方になったが、この2校が勝ち上がっても、それはそれで面白い決勝になるかなぁとは思っていたのだ。
しかしおそらく、この2校に対しては批判的な目があったであろうことも想像に難くない。
2校の共通項は、私立の強豪であり、かつ全国から選手を集めていて、更に今年のベンチ入り18名全てが地元外の選手という布陣であること。。。明徳は高知、秀岳館は熊本の代表だが、それぞれの県出身の選手が誰もベンチに入っていないのだ。
高校野球の文化において、こういうチームには賛否両論あるのが常である。
甲子園は地方大会の代表が集まるものであって、地元の代表が出るからこそっていう要素は確かにあって、それが長らく人気を誇ってきた理由の1つであることは間違いない。
だから以前からずっと、このタイプのチームに対しては批判の声があるのだと思う。
何となく公立校に支持が集まるのも、共通した感覚だろうか。
僕も分かる気がする。。でも、それは「好み」の問題であって、正しいかどうかを論ずべき話じゃないと思っている。言い換えれば、明徳や秀岳館も「あり」で、好きかどうかは人それぞれで良い、という感じだ。
では、僕が好きかどうか。。。明徳と秀岳館については、決して嫌いではない。理由は主として2つ。四国と九州の代表だからということと、野球のスタイルが嫌いじゃないからだ。
まず、四国と九州の話。僕の親は九州出身で、僕は四国・徳島育ち。だから子供の頃から両地区の代表校を自然と応援してきて、今もそれはあまり変わらない。
よく言われる「明徳や秀岳館がその地区の代表と言えるのか?」という問いについては、「十分言える」というのが僕の答え。
他県からの野球留学だと言っても、高校野球においては、その地区に住んで、そこの学校に通っている。そして、その地区の中で他校と切磋琢磨して、その地区の野球文化の中で成長し、その地区を勝ち抜いて代表になっている。これらの事実からすれば、十分に代表だと、僕は思っている。
次に野球のスタイル。明徳は選手の技術や身体能力の高さがありつつ、さらに試合運びが巧い。勝つためにできることをやり抜こうという姿勢、そういう野球は観ていて面白い。
秀岳館は、何より強打。スイングの強さ、思いきりの良さに魅力がありつつ、追い込まれたらバットを短く持って逆方向へ狙う打撃を徹底する「チームとしての攻撃力」がある。
両者とも特徴があり、勝つために野球をよく考えている気がして、そんなことを想像しながら観るのが楽しい。
要は、この2校には十分に魅力があって、その辺りも総合的に観てほしいと言いたい。
そして、好きにはなれなくとも「野球留学校だから全てダメ」という感覚は、ちょっと立ち止まって考えてほしいと思う。
記事によれば、秀岳館の選手たちに、スタンドから「帰れ!」という野次が翔んだという。
そういうのを聞くと、何だか悲しい。好き・嫌いは当然あるけれど、選手にぶつけることじゃない。
2校にはこれからも頑張ってほしい。また応援します!
作新に敗れた明徳義塾と、北海に敗れた秀岳館のことだ。
僕は準決勝のカードが決まったとき、この2校を応援していないわけではなかったーーー少しまわりくどい言い方になったが、この2校が勝ち上がっても、それはそれで面白い決勝になるかなぁとは思っていたのだ。
しかしおそらく、この2校に対しては批判的な目があったであろうことも想像に難くない。
2校の共通項は、私立の強豪であり、かつ全国から選手を集めていて、更に今年のベンチ入り18名全てが地元外の選手という布陣であること。。。明徳は高知、秀岳館は熊本の代表だが、それぞれの県出身の選手が誰もベンチに入っていないのだ。
高校野球の文化において、こういうチームには賛否両論あるのが常である。
甲子園は地方大会の代表が集まるものであって、地元の代表が出るからこそっていう要素は確かにあって、それが長らく人気を誇ってきた理由の1つであることは間違いない。
だから以前からずっと、このタイプのチームに対しては批判の声があるのだと思う。
何となく公立校に支持が集まるのも、共通した感覚だろうか。
僕も分かる気がする。。でも、それは「好み」の問題であって、正しいかどうかを論ずべき話じゃないと思っている。言い換えれば、明徳や秀岳館も「あり」で、好きかどうかは人それぞれで良い、という感じだ。
では、僕が好きかどうか。。。明徳と秀岳館については、決して嫌いではない。理由は主として2つ。四国と九州の代表だからということと、野球のスタイルが嫌いじゃないからだ。
まず、四国と九州の話。僕の親は九州出身で、僕は四国・徳島育ち。だから子供の頃から両地区の代表校を自然と応援してきて、今もそれはあまり変わらない。
よく言われる「明徳や秀岳館がその地区の代表と言えるのか?」という問いについては、「十分言える」というのが僕の答え。
他県からの野球留学だと言っても、高校野球においては、その地区に住んで、そこの学校に通っている。そして、その地区の中で他校と切磋琢磨して、その地区の野球文化の中で成長し、その地区を勝ち抜いて代表になっている。これらの事実からすれば、十分に代表だと、僕は思っている。
次に野球のスタイル。明徳は選手の技術や身体能力の高さがありつつ、さらに試合運びが巧い。勝つためにできることをやり抜こうという姿勢、そういう野球は観ていて面白い。
秀岳館は、何より強打。スイングの強さ、思いきりの良さに魅力がありつつ、追い込まれたらバットを短く持って逆方向へ狙う打撃を徹底する「チームとしての攻撃力」がある。
両者とも特徴があり、勝つために野球をよく考えている気がして、そんなことを想像しながら観るのが楽しい。
要は、この2校には十分に魅力があって、その辺りも総合的に観てほしいと言いたい。
そして、好きにはなれなくとも「野球留学校だから全てダメ」という感覚は、ちょっと立ち止まって考えてほしいと思う。
記事によれば、秀岳館の選手たちに、スタンドから「帰れ!」という野次が翔んだという。
そういうのを聞くと、何だか悲しい。好き・嫌いは当然あるけれど、選手にぶつけることじゃない。
2校にはこれからも頑張ってほしい。また応援します!
佐々木16位、石川36位、北島94位。
今回のオリンピックで、最後の観戦競技となった男子マラソンの日本選手の結果だ。
予想通りと言えば予想通りだろうか。。。結果はもちろん、日本の選手たちのレース展開も、近年のオリンピックや世界陸上と同じだった。
スローペースで進んで、25㎞ぐらいからアフリカ勢にペースアップされて、ついていけずに遅れて…
これが日本のランナーの実力なんだろう。今回出場した3人の選手たちは、選考レースで基準をクリアし、オリンピックに向けて練習を積み上げ、レースにあたって作戦を立て、その結果なんだから、これは「日本の実力」だ。
だから、ランナーたちを責める気は全くない。議論すべきは、「これからに向けて、何が問題か、どこを改善すべきか、何ができるのか」といったことを、冷静に分析・検証した上で、共有することだろうと思う。
女子マラソンのときも書いたけど、日本のマラソン界はこういうことが苦手な気がする。日本全体で問題意識を持って、知恵を出し合わないと、改善するのは難しいだろう。何年か前に、ナショナルチームをつくって強化しようとしたのも、そんな方向性を意識したからだろうと思う。
素人ファンから観ていて、シンプルに必要なこととしては、「走力」と「レース運びの巧さ」を高めていくべきかなぁと考える。
「走力」とは、とにかく良いタイムで走る力のこと。これが一定レベルにあって、初めて勝負になる。アフリカ勢のようなタイムは難しいかもしれないが、日本記録が10年以上破られておらず、2時間8分台をコンスタントに走れる選手がいないという今、走力不足は否めない。
世界のタイムは上がっているが、日本のタイムは上がっていない。きっと平均値は上がっているだろうが、上位選手の数値は下がっている。この現状を打破したい。
次に「レース運び」。毎回、「こまかなペースの上げ下げに苦しんだ」というコメントが聞かれる。ペースメーカーのいるレースに慣れているため、ここら辺にうまく対応できないとも言われる。
ペースメーカーは、先の走力強化のために必要だから導入しているのだろう。だけど、この存在がレースでの対応力を下げているのかも。。。ここは、どちらを取るのか難しい。
となれば、どちらかを取るのではなく、どちらも、というか、いかに併存させるか、を考えた方が良い。
僕はペースメーカーがいるレースもいないレースも、どちらも経験してレベルアップを図ることがベターだと思う。もちろん、マラソンはそうたくさん走れるものじゃないが、そういうのを計画的にやっていく必要があると感じている。
陸連主導でその設定を決めることはできないか。。。それが決まれば、ペースメーカーがいるレースは、経験の浅い若手中心になるだろうし、いないレースは、勝負を経験したい選手が出てくる。
そして、オリンピックや世界陸上の選考は、いないレースで行うとか。。。物理的に難しい面もあるだろうが、そういうことを考えてみてはと思う。
素人の思いつきに過ぎないのは分かっている。分かっているけど、考えてしまう。僕は、「きっとできることがある」と思うから。
マラソンは日本人の好きなスポーツだ。世界で結果を残せなくなって久しいが、その流れとは逆に、市民マラソンはどんどん盛んになっている。
人気のある大会は、あっという間に定員オーバーになってしまい、出場することすら難しい。かつてないほどのランニングブームが日本には訪れているわけで、マラソンというスポーツの裾野は年々広くなっている。
「きっとできることがある」。。。僕はそう思っていて、だからこそ「何となく批判」はしたくない。
このリオオリンピックを経て、マラソン界が何をどうしていくのか、チームや選手がどう変わっていくのか。それをこれから観るのが楽しみ!
これからも日本のマラソン選手たちを応援しようと思います。
まずは、佐々木、石川、北島の3人の代表選手に、「お疲れ様」と言いたいです。
今回のオリンピックで、最後の観戦競技となった男子マラソンの日本選手の結果だ。
予想通りと言えば予想通りだろうか。。。結果はもちろん、日本の選手たちのレース展開も、近年のオリンピックや世界陸上と同じだった。
スローペースで進んで、25㎞ぐらいからアフリカ勢にペースアップされて、ついていけずに遅れて…
これが日本のランナーの実力なんだろう。今回出場した3人の選手たちは、選考レースで基準をクリアし、オリンピックに向けて練習を積み上げ、レースにあたって作戦を立て、その結果なんだから、これは「日本の実力」だ。
だから、ランナーたちを責める気は全くない。議論すべきは、「これからに向けて、何が問題か、どこを改善すべきか、何ができるのか」といったことを、冷静に分析・検証した上で、共有することだろうと思う。
女子マラソンのときも書いたけど、日本のマラソン界はこういうことが苦手な気がする。日本全体で問題意識を持って、知恵を出し合わないと、改善するのは難しいだろう。何年か前に、ナショナルチームをつくって強化しようとしたのも、そんな方向性を意識したからだろうと思う。
素人ファンから観ていて、シンプルに必要なこととしては、「走力」と「レース運びの巧さ」を高めていくべきかなぁと考える。
「走力」とは、とにかく良いタイムで走る力のこと。これが一定レベルにあって、初めて勝負になる。アフリカ勢のようなタイムは難しいかもしれないが、日本記録が10年以上破られておらず、2時間8分台をコンスタントに走れる選手がいないという今、走力不足は否めない。
世界のタイムは上がっているが、日本のタイムは上がっていない。きっと平均値は上がっているだろうが、上位選手の数値は下がっている。この現状を打破したい。
次に「レース運び」。毎回、「こまかなペースの上げ下げに苦しんだ」というコメントが聞かれる。ペースメーカーのいるレースに慣れているため、ここら辺にうまく対応できないとも言われる。
ペースメーカーは、先の走力強化のために必要だから導入しているのだろう。だけど、この存在がレースでの対応力を下げているのかも。。。ここは、どちらを取るのか難しい。
となれば、どちらかを取るのではなく、どちらも、というか、いかに併存させるか、を考えた方が良い。
僕はペースメーカーがいるレースもいないレースも、どちらも経験してレベルアップを図ることがベターだと思う。もちろん、マラソンはそうたくさん走れるものじゃないが、そういうのを計画的にやっていく必要があると感じている。
陸連主導でその設定を決めることはできないか。。。それが決まれば、ペースメーカーがいるレースは、経験の浅い若手中心になるだろうし、いないレースは、勝負を経験したい選手が出てくる。
そして、オリンピックや世界陸上の選考は、いないレースで行うとか。。。物理的に難しい面もあるだろうが、そういうことを考えてみてはと思う。
素人の思いつきに過ぎないのは分かっている。分かっているけど、考えてしまう。僕は、「きっとできることがある」と思うから。
マラソンは日本人の好きなスポーツだ。世界で結果を残せなくなって久しいが、その流れとは逆に、市民マラソンはどんどん盛んになっている。
人気のある大会は、あっという間に定員オーバーになってしまい、出場することすら難しい。かつてないほどのランニングブームが日本には訪れているわけで、マラソンというスポーツの裾野は年々広くなっている。
「きっとできることがある」。。。僕はそう思っていて、だからこそ「何となく批判」はしたくない。
このリオオリンピックを経て、マラソン界が何をどうしていくのか、チームや選手がどう変わっていくのか。それをこれから観るのが楽しみ!
これからも日本のマラソン選手たちを応援しようと思います。
まずは、佐々木、石川、北島の3人の代表選手に、「お疲れ様」と言いたいです。