2017年も、もう1ヶ月が終わる。
すっかりブログをほったらかしてたけど、元気にやっとります。
今春に人事制度の大きな改定を控えた1月。「猛烈」という表現がピタリとはまる忙しさで。。こんな時に限ってアクシデントも多発して。。もう、ほんと、どうなるんだろうっていう日々を過ごしており。。
多分春まではこの感じがずっと続く。。体を壊さぬよう、何とか頑張ろうと思いやす。
…などと、仕事の多忙さばかりを強調しつつも、今年はどうにかプライベートを充実させて、バランスをうまくとって行きたいと考えている。
お正月には同窓会に参加したり、仕事絡みでも適度に飲みに行ったり。
本も、量はともかく日々読んでいたり。
野球の情報もそれなりにチェックしていたり。
十分とは言えないけれど、意識して「自分の時間」を大事にしている。去年はちょっとバランスが悪かったなぁという反省もあり、今年はその辺りを変えたいので。
41歳という年代だからこそ、自分の幅や奥行きを大きく持っている必要があると思っていて、そのためには仕事以外の活動がとても大事だろう。そんな思いで、良い過ごし方を模索しつつ、日々を頑張っていこうと。
そんなこんなで、今夜もビールを飲みながら、これを書いています。
ブログも少しは頑張ろう。。。頑張れるかな(苦笑)
引き続き宜しくお願いします。

一昨日、NHKの「SONGS」という番組に、GReeeeNが初主演していた。顔は出してないけれど。
久々に「キセキ」という曲をフルで聴いたけど、いいっすね。歌詞がストレートで、アツいわあ。
僕は夕べに録画で観たので、今日はずっと頭の中を流れていた。
人生で、「あ、これはキセキかも」と感じる瞬間は、いくつもあると思う。
おそらく捉え方次第で、その数は増える。思えばあれもこれもキセキ。
統計学で言えば、きっと天文学的な確率で、日々いろんなキセキが起こっている。
今、ここで働いていることもそう。
職場の同僚との出会いもそう。
いや、全ての出会いがそう。
そんな風に考えると、この世の全てが当てはまる。
しかし、決して全てがキセキではない。やっぱりこの言葉のニュアンスからすれば、いくらか前向きに思えることが、ピタリとはまる。
なるべくキセキと思えることを増やそう。
いや、なるべく多くの事象をキセキだと思おう。
キセキだと思えることが増えれば、それできっと幸せだ。
忙しかった今週、時にネガティブ思考が顔を出しそうになっていた。
世の中って不公平だな。同じ会社の同じ世代なのに、何で僕はこんなに仕事の範囲が広くて自分の時間を削って泥臭くてっていう日々を過ごしているのかな。華やかで目立つ仕事をしている人に、この気持ちが分かるのかな。。
そういう、ヒガミ、ネタミ、ソネミの類いの、極めて「暗」な思いが僕を支配しつつあった。
そんな折の、週末に差し掛かった昨夜、キセキを聴いて、ちょっと気分が変わった。
いやいや、今ここで働いて、いろんな経験をして、職場のみんなと苦楽を共にしてって、それはとても素敵なこと!キセキやないか!
41歳の癖に全く「不惑」じゃなくて、簡単に悩みに陥るオジサンは、単純にこの曲に励まされたのでした。
超久しぶりの投稿が、こんな青臭い記事で申し訳ないけれど、まずまず元気にやってます。
(写真)
冬になると、プレモルの赤が限定発売される。これ、旨いなぁ。。。地味に土曜出勤。ヘトヘトの6連勤が終わり、深夜にビールを飲む週末。これもまた幸せですわ。。。
ここでも何度も書いてきたけど、僕は徳島で育った。生まれは違う場所だけど、小・中・高という時期を過ごした徳島が、自分のふるさとだと思っている。
高校を出る頃、「徳島を離れるか否か」「将来帰ってくるか」といったことを考えた。僕は迷うことなく、「徳島を出て東京か大阪の大学に進学し、就職でも基本的には帰らない」と決めた。
親が元々転勤族で、僕の高校卒業と同時に徳島を離れたため、そこに家はなくなった。だから、ふるさとではあっても、帰る家はない状況だった。
そして、何よりも「もっと広い世界に行きたい」という思いが大きかった。徳島が大好きだったけど、「ここにずっといるのは違う」と、疑いなく思っていたのだ。
僕は東京の大学に進学し、東京の会社に就職した。徳島は、「遠くにありて思う」場所であり続けている。
ただ、その思いの温度感は微妙に変遷している気がする。
20代の頃は、「いつか同窓会とかで行きたい」ぐらいの感覚だった。
30代の半ばを過ぎて、本当に同窓会があって、15年ぶりに帰った。その際に多くの友達に再会したが、東京や関西に進学して就職もしたが、その後にふるさとに帰っていた人も多くいて、「何だかんだ言って、地元に戻る人が多いのか」と思った。でも、自分はやはりないだろうとも思った。
そして40代に入って以降も、基本的には30代のときと同じだ。しかし時に、ふと「田舎に帰ろうかな…」という気持ちがよぎることがある。
多くが、仕事がきつい時。それは現実逃避そのもので、仮に徳島に帰って仕事があるかって言えば多分ないのは分かっているのに、どこかそういう甘えの思いが出てきてしまう。
今、徳島で頑張っている友達には、「甘えるな!」と怒られそうだけど…
こんなふうに、「自分が頼ってしまう場所」こそが、ふるさとかなぁとも思うのだ。
結局は帰ることはないだろう。だが、甘えだとは知りながら帰りたいなぁと考える場所があることは、ふるさとから離れて暮らす者の特権ではないだろうか。
重松清『みんなのうた』は、ふるさとというものを考えさせられる作品。
主人公は、山陽の山里・梅郷町出身のレイコさん。高校を出て上京し、東大を目指すも、三浪の末に夢叶わず帰郷する。
たまたま帰郷の飛行機で一緒になったイネちゃんは、高2で家出し、子供を連れて帰る。
レイコさんとイネちゃんという、対称的な二人がふるさとに帰り、嫌いだった田舎での生活の中で、改めてふるさとと向き合い、少しずつ自分の進む道を模索していく物語だ。
田舎の世界観、濃密な人間関係、独特の価値観とその息苦しさ、そして地元だからこその温かさ。。。20歳ぐらいの頃には、分かっているようで分かっていなかったことを、レイコさんとイネちゃんは、それぞれに理解していく。
40代の今だから、より味わい深い。今だから、よく分かるんだってことが、ここには描かれている。
レイコさんとイネちゃんの、それぞれの選択に深く納得した。うん、そうすべきだよと、少しだけ人生の先輩として思った。
心に染みる作品です。ふるさと、それも田舎にそれがある人に、読んでほしいです。。
高校を出る頃、「徳島を離れるか否か」「将来帰ってくるか」といったことを考えた。僕は迷うことなく、「徳島を出て東京か大阪の大学に進学し、就職でも基本的には帰らない」と決めた。
親が元々転勤族で、僕の高校卒業と同時に徳島を離れたため、そこに家はなくなった。だから、ふるさとではあっても、帰る家はない状況だった。
そして、何よりも「もっと広い世界に行きたい」という思いが大きかった。徳島が大好きだったけど、「ここにずっといるのは違う」と、疑いなく思っていたのだ。
僕は東京の大学に進学し、東京の会社に就職した。徳島は、「遠くにありて思う」場所であり続けている。
ただ、その思いの温度感は微妙に変遷している気がする。
20代の頃は、「いつか同窓会とかで行きたい」ぐらいの感覚だった。
30代の半ばを過ぎて、本当に同窓会があって、15年ぶりに帰った。その際に多くの友達に再会したが、東京や関西に進学して就職もしたが、その後にふるさとに帰っていた人も多くいて、「何だかんだ言って、地元に戻る人が多いのか」と思った。でも、自分はやはりないだろうとも思った。
そして40代に入って以降も、基本的には30代のときと同じだ。しかし時に、ふと「田舎に帰ろうかな…」という気持ちがよぎることがある。
多くが、仕事がきつい時。それは現実逃避そのもので、仮に徳島に帰って仕事があるかって言えば多分ないのは分かっているのに、どこかそういう甘えの思いが出てきてしまう。
今、徳島で頑張っている友達には、「甘えるな!」と怒られそうだけど…
こんなふうに、「自分が頼ってしまう場所」こそが、ふるさとかなぁとも思うのだ。
結局は帰ることはないだろう。だが、甘えだとは知りながら帰りたいなぁと考える場所があることは、ふるさとから離れて暮らす者の特権ではないだろうか。
重松清『みんなのうた』は、ふるさとというものを考えさせられる作品。
主人公は、山陽の山里・梅郷町出身のレイコさん。高校を出て上京し、東大を目指すも、三浪の末に夢叶わず帰郷する。
たまたま帰郷の飛行機で一緒になったイネちゃんは、高2で家出し、子供を連れて帰る。
レイコさんとイネちゃんという、対称的な二人がふるさとに帰り、嫌いだった田舎での生活の中で、改めてふるさとと向き合い、少しずつ自分の進む道を模索していく物語だ。
田舎の世界観、濃密な人間関係、独特の価値観とその息苦しさ、そして地元だからこその温かさ。。。20歳ぐらいの頃には、分かっているようで分かっていなかったことを、レイコさんとイネちゃんは、それぞれに理解していく。
40代の今だから、より味わい深い。今だから、よく分かるんだってことが、ここには描かれている。
レイコさんとイネちゃんの、それぞれの選択に深く納得した。うん、そうすべきだよと、少しだけ人生の先輩として思った。
心に染みる作品です。ふるさと、それも田舎にそれがある人に、読んでほしいです。。
