高校時代、帰宅部だった。
時々、「何か部活やっときゃ良かったかなぁ。」と思うこともある。でも、帰宅部は帰宅部で自分の時間がしっかりあって、高校時代は十分楽しかったので、部活をやらなかったことを後悔はしていない。
そもそも、何故部活をやらなかったか。
中学までは野球をやっていたが、自分のレベルでは高校野球は無理だと悟っており、中学引退時点で野球を部活動でやるのは終わりと決めていた。
そして、野球に明け暮れ勉強はもう1つだった中学時代を鑑み、高校では勉強を中心にしようと入学前から考えていた。
だから、部活をやるにしても、負担の大きい部は選択肢になかったのだ。
入学後、周囲の友人から誘われた部は、バスケ部と柔道部。
バスケは素人であった上に、全国を目指すレベルで過酷な練習があるのでナシ。
柔道は体育の授業では楽しくやっていたけど、イチから本格的にやるのは厳しいと考えてナシ。
そんなことで、帰宅部に落ち着いたのだ。
ただ、「文化系の部活」は、何故考えなかったのだろう?
田舎の小さな高校だったけど、文化系の部もあった。
音楽と美術は学校で力を入れていたので、関係する部はなかなかのレベルだった。
また、そういう盛んなところ以外にも、いくつか部もあっただろう。でも、検討することすらなかった気がする・・・何故だろうか??
後悔はしていないけど、「もし文化系に入っていたら?」という仮定は、ふと考えることがある。
『図書館の神様』は、高校の文芸部が一つの舞台。
高校時代、バレーボールに明け暮れていた清(きよ)は、ある部員の練習試合でのミスをキャプテンとして厳しく指摘し、その直後に相手が自殺してしまったということがあって、バレーから離れた、という経験をしている。
清の指摘が自殺の直接の原因かどうかは誰も分からない。しかし、「何となくそういう空気」が出来上がってしまい、全てを捧げてきたバレーを捨てた。
以降は目標もなく生きてきた清が、大学卒業後に、バレーの顧問になるために高校の国語の臨時教員になった。だが、念願のバレー部ではなく、全く興味のない文芸部の顧問に。。。
部員は3年の垣内君1人。バレーとは全く違う文芸部の活動に参加しつつ、プライベートでは不倫をしつつ、教員の仕事にはあまり力が入らない清の生活が綴られる。
垣内君との部活動が静かに、それでも変化しながら進むうちに、清の考え方も徐々に変わって行く・・・そういうお話だ。
清は、決して良い教員ではないだろう。生徒にそもそもあまり興味がない。そして、文芸部という部活の存在意義を理解しているわけでもない。
それが次第に変化していく様子が、とても自然で良い空気。クールで、文学が好きで、一生懸命活動する垣内君の存在が大きい。
文学を読んで、それについて何か語る。
あと、図書館を整理する。
大きく言えば、この2つが活動の軸。興味のない人には面白そうには見えないだろうけど、そこにはやはり青春の香りがある。
人生の目標を持てなかった清が、何かを明確に見つけたわけじゃないけど、少なくとも前向きになり、静かながら「人生が変わる瞬間」が描かれていると感じた。
本書を読んで、「文芸部はありだったかな」と思った。
高校時代、僕はそこそこ本を読んでいたけど、「趣味は読書」と言えるほどではないと自覚していて、誰かに語ることはなかった。
もし文芸部に入っていたら、また違った読書生活があったかもしれないなぁ。。
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