大学で日本史を専攻した。その時の学問で今も役に立っていることがある。
「史料を読むときは、それが書かれた時代背景や、書いた人物の立場を考慮すること」
書き手がどういう立ち位置で、何を考えて書いたのか・・・そんなのを100%解するなんて無理な話。でも、書いてあることをそのまま鵜呑みにしていはいけない。
特に、現代の感覚から見てしまうと、理解がずれる。史料は慎重に読まなきゃいかんのです。
今、仕事をしていても、文章や発言の背景を考えるようにしている。自分の価値観でイージーな判断してしまわないようにと。。。
武者小路実篤の『愛と死』を読んで、そのことを考えた。
いや、正確に言えば、新潮文庫版『愛と死』の解説を読んで。
ストーリーはシンプル。王道の恋愛小説という感じ。
青年小説家・村岡は、友人野々村の妹・夏子を好きなった。二人は強く惹かれ合う。
村岡は叔父のススメがあって、半年間パリに行くことになる。その前に夏子と結婚を約束した。二人は互いに手紙を送り合いながら再会の時を待ち、村岡は予定の滞在を終えて帰国の途に。
しかし、その船中で、急転直下・・・夏子急死の電報を受け取った。
幸せの絶頂からどん底へ・・・『愛と死』というタイトルそのままの哀しい小説だ。
軽妙でありながら美しい文章で綴られていて、昭和14年の作品でありながら、とても読みやすい。柔らかく優しい言葉で、リズムの良い文体が心地良い、個人的にも好きな作家だ。
ただ、最後の方で、ちょっと違和感を抱く一節があった。
「若いいい人間が死んでゆくのはたまらない」
・・・うーん、最愛の恋人を失った哀しみを語る言葉としては、少し「距離」を感じる。一般論的な感じというか。。こういう表現で言うだろうか?
そんな、ふとした疑問を解説が応えてくれた。
時代背景を考えなければならない。
昭和14年というと、日中戦争が長引いてきた頃ではないだろうか。次第に国民の日常生活に、戦争の重さが影を及ぼしてきた頃。。
おそらく、周囲の若者が戦争に行って、亡くなってしまうということが日常的になってきていたのだろう。
そして、戦争や国家を批判することが許されなくなってきて、作家の表現活動も制約されてきて・・・
武者小路実篤は、涙をボロボロこぼしながら、この作品を書いたという(残っている原稿に、涙で字がにじんだと思われる跡があるそうです)。
「若者が死んでゆく」ことへの哀しみ、作家として好きに書けないことへの哀しみ、そういう事態に陥っている国への哀しみ・・・そういうものが込められていたのでは。。
この作品のもう1つの特徴は、「村岡が21年後に振り返って語る」というスタイルをとっていること。
そのスタイルにあまり必然性を感じなかったのだが、時代背景に繋げると少し見方が変わる。
重苦しい社会は、どうなっていくのか。この時代を後にどう見るのか。そういうところへ想いを馳せて、武者小路実篤は書いたのではないだろうか。
書き手の背景にあるものを、しっかり感じ取ることの大切さを改めて感じた。
同時に、わずか1行の文章に、作家は魂を込めているということも。
深いですね。残る小説って、やっぱり凄いです。
読みやすいけど、読み応えがある・・・良い読書になりました!
- 愛と死 (新潮文庫)/武者小路 実篤
- ¥432
- Amazon.co.jp