原田曜平 『さとり世代』 | 流れに任せて雑然と

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世代論っていうのはなかなかキケンで、簡単に生まれた年代でくくって、先入観を持って人を見ちゃいかんなあと思っている。


「最近の若者は・・・」というオジサンにはなりたくないと、昔から思っていた。今のところ、そういう思考や発言はしていないと思う、多分。。


それを前提としつつも、ある一つの指標としては、世代という軸はあって良いと思っている。要は、一つの材料として捉えてみようっていうことで。


やはり近年入社してくる人たちと、大くくりでの違いは確かにある。


代表的なのはケータイ。僕は大学4年の就職活動のときに初めて持ったけど、彼らが物心ついたときに、世の中には当たり前にケータイがあって、中学生ぐらいには買ってもらっている。


ケータイの有無は、生活に大きく影響するはずだ。移行期を経験しているからよく分かる。


生まれ育った時代によって、文化文明は違うわけで、そういう意味で世代論は、視点の一つになる。それだけで決めつけることがなければ、有効な切り口になりえると思うのだ。



本書は、いわゆる「ゆとり世代」と言われる、ゆとり教育を受けて育った現在の20代前半ぐらいの若者を、「さとり世代」という表現で定義し、彼らとの議論を通じて、この世代の特徴を考察しようと試みている。


「さとる」って、いろいろと経験して修行を深めてようやく辿り着く境地のはず。若者がそんなところに到達するわけもない。


でも、彼らは「さとっている感じ」がする。


本書の議論を読んでいると、そういう感覚を抱く。何と言うか、無理や無茶、もっと言えば無駄を極力避けようとするのだ。


コストであったり、労力であったり、何かしら自分としてデメリットを感じるものには手を出そうとしない。そんなことしなくても、十分楽しくやれるっていう。


リスクを冒して経験することに価値をおかない感じだ。


もっと言えば、情報がいくらでも手に入る時代にあって、そもそも「未知の領域」というものを見出しにくい。ちょっと検索すれば何でも情報が見つかるわけで、良し悪しもある程度は読めるのだ。


また、SNSの普及によって、人間関係は緩いながらも極めて広くなる。派目を外したり、目立ったりすることで、様々な人の目からどう見られるか分からない。


そんなキケンと常に隣り合わせ。だから、行動も制限される。


・・・うーん、何かこう、大変だなあというか。


そう思う一方で、批判する気には全くなれない。現実的なモノの見方で、クレバーだなとは思うし、彼らの育ってきた様々な背景からすれば、そういう思考になるのも当然と思うから。


強く感じたのは、自分たちとの思考の違いを否定するのではなく、そのまま受け止める姿勢が必要ということ。


全てを肯定するわけじゃないけど、ある程度認めて、その上で考える。そんなスタンス。


筆者が言うように、意外とこの年代に対するマーケティングは、企業側は弱いところ。消費能力もまだ低く、人数的にもシニア層の方が多いので、どうしても焦点を当てにくい。


だけどこの先、世の中を動かしていくのはこの年代。しっかり向き合って、分析しなきゃならないはずだ。



凄くざっくりと感じたことを書いたけど、いろいろと考えることの多い本だった。


筆者が、「まとまっていない議論もあるが、この若者たちの様子をなるべくそのまま伝えるために、敢えてそのまま載せた」というような言葉を書いていた。


うん、そういうのが良い気がした。


まとまりはなくとも、いろいろ話している中で気付きが生まれることがある。


僕もまとまりなく書いた。本書は読む人によって様々な気付きがあると思うので、興味のある方はめくってみてくださいませ。

さとり世代 盗んだバイクで走り出さない若者たち (角川oneテーマ21)/原田 曜平
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