昨日、NHKで「敗れざる君たちへ」という番組が放送された。
サブタイトルは、「作家重松清 阿久悠“甲子園の詩”を巡る旅」。
作詞家である故・阿久悠さんが、1979年~2006年の27年に渡り、夏の甲子園開催期間中、毎日スポーツ新聞に、その前日に見た試合をテーマに詩を連載していた。
そのタイトルが、『甲子園の詩』。
阿久さんの評伝を書いたこともある作家・重松清さんが、阿久さんが生前夢に描いていたという、『甲子園の詩』で読んだ選手との対談を果たすという番組だった。
『甲子園の詩』・・・僕は聞いたことはあったけど、連載されたスポーツ新聞を購読してなかったので、詳しく読んでいなかった。
今回取り上げられて、あぁ、こんな感じだったのかと。。。
言える特徴は2つ。
1つは、敗れた者たちへのメッセージが多いこと。
番組の「敗れざる君たちへ」というタイトルが示しているように、試合に敗れ、甲子園を去って行く者たちへの想いが強い。
同情するとか、そういうのではなくて、エールという感じ。
全てを懸けてきた高校野球が終わったとしても、その先の人生の方がはるかに長い。敗れたそこが、またスタートなんだ、という・・・
敗者に対する熱い気持ちが伝わるのです。
もう1つは、野球に対する愛情が尋常ではないこと。
甲子園で試合をするという重さを、人一倍大事にしている気がした。
選手だけではない。家族、応援する人、地域の人、そんなたくさんの人の気持ちが凝縮される甲子園という舞台の重さが、その詩に込められている。
多分、書くたびに考えていたわけではなくて、野球が好きだ、という阿久さんの感情が、自然とそういう表現を生み出したんだろう。
詩に書かれた選手たちの心に刺さったのも、阿久さんの野球への愛情のお陰だと思った。
番組で取り上げられた中で、特に印象深いのは岩手・高田高校の話。
昭和63年の夏、初出場の高田高校は、初戦で滝川二高に3-9で敗れた。
8回降雨コールドで・・・
プロ野球ではよくあるが、高校野球では極めて珍しいこと。高田高校の降雨コールド負けは、56年ぶりの出来事だったそうだ。
甲子園という舞台で、試合出場で去らなければならなかった無念を、阿久さんは「コールドゲーム」という詩に書いた。
その中に、次のような一節で締めくくられている。
「高田高の諸君 きみたちは甲子園に一イニングの貸しがある そして 青空と太陽の貸しもある」
僕もこの試合を覚えていた。なぜならこの日、中学1年の僕は甲子園球場にいたから。
高田高が敗れる、1つ前の試合を観戦していた。宮崎南という初出場校が、親の友人の母校ということで応援に行ったのだ。
曇り空の中で、宮崎南高校は勝利を上げ、僕は球場を離れた。夏の甲子園なのに、天気のせいか、あまり暑くなかった記憶がある。
その次の試合で、高田高は雨に散った。僕は強い雨の中で宿に戻り、ニュースを見て知った。
それを思い出したのは、この番組を見る少し前だ。朝日新聞で取り上げられていた。
高田高のある陸前高田市は、あの東日本大震災で壊滅的な被害を受けていた。
あの試合でベンチに入っていた16人は、全員が無事だった。。。でも、親や親せき、幼い我が子を亡くした人もいた。記事のその話を読み、あの試合の記憶がよみがえった。
番組では、高田高の選手たちを重松さんが訪ねて歩いた。
みんな、あの詩を糧に、甲子園の雨の記憶を糧に、復興へ向けて懸命に生きていた。
阿久さんの詩にある「貸し」を、それぞれの場所で返そうとしているのかもしれない。
高田高の選手たちの今を見ると、阿久さんが書いたように、甲子園の敗戦はスタートなのかもしれない。
重松清さんが、「阿久さんへの報告」という形で語った。
「誰もが投げることができなかった一球や、まわってこなかった次の打席を胸に抱いて生きている・・・」
ある程度の年齢になると、この言葉の意味が分かる。
分かるからこそ、高校球児たちの敗れる姿に、自分の想いを重ね合わせるのかもしれない。
昨日から今年の甲子園も始まった。
僕はきっと、敗れる姿に敗れざる若者たちへの熱い想いを重ねるだろう。
阿久さんも重松さんも、野球をこんな言葉で語るってスゴイなぁ。。。
- 甲子園の詩 完全版 敗れざる君たちへ/阿久悠
- ¥2,940
- Amazon.co.jp