先日取り上げた、作家・道尾秀介さんのエッセイ集『プロムナード』の中に、「遠い人は、変わらない」というエッセイがあった。
僕と同い年の道尾さん、携帯電話時代になる前に大学を卒業して、当時の友人たちと離れてしまうと徐々に連絡先が分からなくなり、12年に渡り疎遠になった。
それが、SNSをきっかけに一気につながりが復活し、遂にみんなで集まることに・・・
久しぶりすぎる不安を抱えて集まってみたら、これが驚くほど変わっていなくて、学生時代そのままに朝まで盛り上がったとのこと。
うーん・・・さすが同い年だなぁ。。
僕も昨年、ほぼ同じような経験をした。僕の場合は高校時代の友人たちで、15~18年ぶりだったし、さすがに朝までは飲まなかったけど(深夜まででした)。
疎遠だった人たちと、SNSきっかけで連絡がとれ、期待と不安が入り混じった中で再会したら、みんな変わっていなくて盛り上がるという流れは全く同じだった。
ここで道尾さんは考える。
「変わらない」と感じるのはなぜだろう??
道尾さんの答え。
実際に「変わらない」のではなく、変化を隠しているから。
互いに変わっていないことを確認して安心し合うという共通の目的が暗黙のうちに決まっていたから。
いわば、「変わっていないことにした」のだ。
「変わらない自分たち」を求めたのだ・・・
そういうことなのかなぁ。。
確かに、長年会っていない人と会って、「この人変わったな」と感じることは少ない。
自然と変化を隠すのだろうか。
同じような経験をした僕の感じ方は、ちょっと違う。
単純に「戻る」ということではないか。
みんな、間違いなく変わっている。だって、学生時代とは違うから。社会人の経験をそれなりに積んできて大人になっているから。
ただ、学生時代にはなかった話をしていても、「変わらない」と感じるのはなぜ?
それは、昔の友達とは、自然と昔の距離や空気のままで話すからだ。
その距離や空気でないと、話せない。。。当たり前と言えば当たり前ですね。友達の顔を見れば、自然とそうなる。
僕は、この感覚を味わった。
ああ、戻るものなんだなぁって。
うまく言えないけれど、僕なりの答えは・・・「戻るから」。
昔の距離や空気があっという間に戻ってきて、でも話す内容は大人になっている部分があって(学生時代のままの会話も多分にあったが)、僕はお互いに成長してることを感じつつも、やっぱり「変わらない」と思った。
道尾さんの感覚も一理あるけど・・・うん、少し違うかな。
まあ、どんな理由でも楽しければ良いか、という結論。
そもそも人は、本質的にはそんなに変わらないだろうし。
これからも「戻る」機会をたくさん持てればと思っています。