豊島ミホ 『夜の朝顔』 | 流れに任せて雑然と

流れに任せて雑然と

日々の出来事や読書について、雑然と綴っていきます。

小学校時代・・・25~30年前の話。あんまり覚えていない。


例えば遠足でどこ行ったとかって、皆さん記憶にあるのかな・・・僕はないなぁ。


いや、どこに行ったかはないけれど、遠足の中で起こったこと、それも友達とのちょっとしたやり取りなんかは、ポツンと頭に浮かんだり。


そういうのって、ホントにシーンだけで、つながりとかは曖昧。遠い記憶なんで当たり前かもしれない。いろんなことがあったはずだけど。


『夜の朝顔』の後書きで、作者・豊島ミホさんが、ズバリと書いていた。


「あの頃の記憶には『しこり』が多い。楽しいことだってたくさんあったはずなのに、思い返すと、砂利を噛んだような気分になります。」


ああ、これだなあと思った。


残っているのは「しこり」的な部分。けっこう小学生って、子供のようで子供なりに、いろいろと考えていたのだ。狭い世界ながら、毎日をどうにかこうにかやって行こうと、ジタバタと一生懸命生きていたのだ。


僕が思い出すのも、砂利を噛んだような気分になるもの。楽しくてワクワクしたことはわずかで、毎日の、ほろ苦く、情けなさも混じるようなシーンが多い。


そんな感じだからだろうか。僕は小学生が出てくる小説が好きだ。そこで語られていることは、いかにも僕の周りでもあったような気がして、砂利を噛む想いをしながらも、懐かしさを伴って、自分の体験のごとく感じることができる。


そういうジャンルで代表的な作家は、重松清さんだと思っている。


そして、4年前に本書で豊島ミホさんに出会ったとき、「重松清の女性版だ!」と思った。今回、再読。



やっぱり良いですね。


田舎の小学生の女の子・センリの6年間を描いた7つの短編連作。


1学年1つを基本に(4年生だけ2本)、センリの成長を追うような感じ。でも、1つ1つの作品はしっかり独立した短編になっていて、それぞれ終盤に盛り上がりどころがあって、読ませてくれる。



個人的に一番ヨカッタのは、『五月の虫歯』。


4年生のセンリが、隣町の歯医者さんに通ったわずかな期間で出会ったアズミというハーフの子との触れ合いがテーマ。これ、終盤はかなり泣ける・・・。



どの作品も共通しているのは、シンプルなハッピーエンドにはなっていないこと。


解決しないことなんて、たくさんあるわけで。特に小学生なんて、うやむやを抱えたまま、そのまま時間が経って行くことは多々ある。


いじめだって、初恋だって、友達とのいさかいだって・・・解決しないことだらけだ。だから、思い出そうとすると砂利を噛むような感じになる。そこにリアリティがあるのだろう。



もう1つ。僕が共感しやすかった最大の理由は・・・


田舎の小学校が舞台だから。これ、大きいと思います。


クラスメイトは6年間一緒で全校生徒200人足らずという規模。僕の母校も近い。


全校生徒は300人足らずで、2年と3年は1クラス。4年~6年は何とか2クラスに分かれたけど、23人ずつと少人数だった。


「田舎はのどかで良いね」とかって言われる。確かにそうだったと思う。でも、その狭さというか、濃厚な関係性というのは、まだ悩み多き小学生には、キツイときもあったような気がする。


今はそんな空気で育ったことが、とても良かったと思っているが、当時はそんなこと分かるはずもなく。



本の感想ではなく、「小学校時代の記憶」に関する話を書いてしまった。


つまり本書は、そんな話をしたくなるような作品というわけです。


夜の朝顔 (集英社文庫)/豊島 ミホ
¥480
Amazon.co.jp