角田光代 『対岸の彼女』 | 流れに任せて雑然と

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僕は36歳。社会人15年目。


このぐらいの年代になった今、「友達」ってどういう存在だろうと思う。


もちろん、学生時代の友達で今もコンタクトが続いている人はいる。彼らはまぎれもなく「友達」であり、仕事その他の利害がなく、気楽に付き合える存在だ。


会社の人たちはどうだろう。


同期は、社内では最も近しい存在。これは社内でなければ「友達」というのだろう。でも、「同期」と呼んでいる。やはり「友達」とは違うのだ。


もし、何か相談事があれば、僕は同期を頼るだろう。しかし、「友達」かと言われればちょっと違う。


異業種交流なんかで知り合った社外の知人も、やはり「友達」ではない。


この年になってくると、「友達」という存在を作ることは意外と難しい。学生の頃は、近しくなった人が「友達」だったのに・・・不思議なことだ。



角田光代さんの『対岸の彼女』。直木賞受賞作となった名作だが、これは社会人として、いろんな肩書やら思惑やら、もっと言えば中途半端に大人になったからつきまとう壁があって、友達という存在にはなり切れない中での出会いを描いている。


専業主婦の小夜子と、ベンチャー企業の経営者・葵は、同い年で同じ大学出身ではあるが、生活環境が違い過ぎて、まさに対岸を歩いてきたような女性同士。


二人が出会い、接近し、離れ、そして再度近づいて行くお話。


基本的に重いです。


小夜子は一人娘がいて、公園デビューがうまく行かなくて、そこから働くことで何かを変えようともがく。彼女自身、高校時代に友人を失って一人孤独に生きてきた経験があり、女子の中で「それなりに」うまくやることが得意ではない。


彼女の一人称で語られるシーンでは、「そこまで気にするのかな・・・?」と男目線で感じてしまうような話もあって。。。人間関係に臆病というか、かまえちゃう感じがある。


夫の無頓着というか、非協力的な姿勢も最近では珍しいと思うけどね。姑もうるさいし・・・。でも、彼女もいろいろと気にし過ぎる性格なんだろう。



小夜子が採用されたベンチャー企業で働く葵は、対称的な性格。あけっぴろげ、無計画で、どんどん突き進むキャラ。


対称的だからこそうまく行く感じで、二人の関係は良好に進む。


一方で、葵の高校時代も並行的に描かれる(章ごとに時代が飛ぶので、読んでいて不思議な感覚に陥った)。


葵は子供の頃からずっといじめられていて、高校に入るときに横浜から群馬へ引っ越していた。小夜子と同じように、人間関係の中でうまくできなかったのだ。


そこで、ナナコと出会う。ナナコは、後の葵のように、あけっぴろげで気にしない性格。


女子校だったからか、グループができ、いつしかいじめは始まったが、ナナコはどのグループにも属さなかったし、自分が攻撃対象になっても、全く意に介さなかった。彼女は、「大事なモノはこういうところにはないから」と言っていた。


ナナコと葵は、「親友」という関係になった。二人は夏休みに熱海のペンションで住み込みで働き、そこから帰ろうという段になって、事件を起こしてしまう・・・。



葵の高校時代と、小夜子と葵の今がクロスオーバーしながら物語は展開していく。その綴り方は絶妙で、それぞれの次の展開が気になって引き込まれた。


小夜子も葵も、それぞれに学生時代に人間関係で苦労し、傷つき、それでもいろんな経験を積んで、30代半ばの大人として生きている。


二人に共通しているのは、「孤独」だ。


人と繋がることを警戒しながら、一方で、人に何か期待している。


「孤独」から脱出することを期待している。


しかし、30代半ばになって、「友達」を作るのは簡単ではない。ましてや人間関係でトラウマがある二人である。自分たちで勝手に壁を作ってしまうところもあるし・・・。


その辺りの葛藤を描いたお話。


僕はこれを読んで、「友達って、今の自分の周りにどういう人がいるだろうか」と改めて考えた。なかなか難しいんだなあということにも気づいた。


人との繋がりや関係性、振り返ってみたい。



角田光代さんの作品、初めて読んだがなかなか深くて面白かった。女性目線ではあるけれど、僕にもそれなりに感じるものあり。他の作品にもチャレンジしたい。


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