小説なり映画なり漫画なり、絵なり音楽なり…。表現によって自分の想いを伝える、また楽しませる方法は様々ある。
こういうエンターテインメントの世界にいる人=「創る人」の語る言葉は興味深い。僕は、この手の人たちのインタビューや対談が好きだ。
創る人が何を考えているのか。
どこを工夫しているのか。
我々「観る人」をどう意識しているのか。
どんなジャンルであれ表現者である以上は、それなりの葛藤があって、何かしらの努力をして表現していると思う。そういうのがにわかに明かされる話に、ワクワクさせられるのだ。
僕はこのブログを始める際に、「書評は書けないので、読書エッセイを」というスタイルで書きたいと述べた。創る人が何を意図してどう表現したのか、ということを推量するのが書評だと思うが、僕にはそれを読み切る力がないし、論評する力もない。
本を読めば、何かを感じる。読書を通じて、思ったこと、思い出したことなんかを述べることは、書評ではなく読書エッセイと言った方が当てはまる気がしたのだ。
創る人の狙いや意図があるにしても、僕自身が感じるものがそれとは違っていても良いだろう。いろんな楽しみ方があって良い。ただ、個人の感じ方である以上、それは論評ではない、というのが僕の考え。
本書を読むと、またいろんな想いがめぐらされた。
『読書論』とあるけれど、筆者が直接的に何かを論じているわけではない。
創る人を対象に、主として雑誌媒体に掲載したインタビューを並べている。筆者は、エンターテインメントの世界で創り続けている様々なジャンルの人の、創ることに関して語ってもらった文章を並べれば、何かを切り取ることができるのでは、という意識で、このスタイルをとったとのこと。
それがはっきりとした「何か」とは、書いていない。
まさに、読む側がそれぞれに感じることを期待している。
インタビューの中でも出てきたが、感じ方は個人の自由。創る人の狙いや意図からずれる場合も、それもまた「アリ」なのだろう。
僕自身が、このジャンルが好きなせいもあるが、読めば読むほど深まるものがあり、創る人への尊敬がますます深まり、正直、もっともっと話を聞いてみたいと思った。
筆者が敢えて自分の意思で何かを論じることではなく、何かを聴きだしたものを並べることで、読む側がそれぞれに論じられるよう投げかけたこと。
この手法自体が、筆者の「物語論」。僕はそう感じた。
登場する「創る人」は様々なジャンルだし、インタビューのテーマや分量も様々でここは実に自由。ちなみに、僕が気になった人を挙げると・・・。
村上春樹、島田雅彦、重松清、是枝裕和、諏訪内晶子、渋谷陽一、荒木飛呂彦、平野啓一郎、伊坂幸太郎・・・、ってほとんどかなあ・・・。
ラインナップは、もちろん昨今を代表する方々なんだけど、どうも嗜好が重なるような気がしたら、筆者が1977年生まれでいわば同年代であることが分かった。
筆者も聴いてて楽しかったろうなあ、と思うと同時に、第二弾の可能性も感じた。
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