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今回の画像は左が士郎で右がアーチャーです!

アーチャーが弓兵のクラスですね




いつか蘇る王―プロローグ―





 衛宮士郎は、昼休みは生徒会室で弁当を食す。
 これはまあ、友人の一成と一緒に食べる意味がほとんどだ。中学の頃は、妙に美味い彼の弁当を狙って多くのクラスメートが集ったものだった――しかも士郎は頼まれるとなかなか断れない――が、今はもうそんなことは無い。
 彼がNOと言える男になったわけではなく、ましてや料理の腕が下がったわけも無い。ただ、もう一人の親しい友人である慎二が何らかの手段を講じてくれたのだ。

 間桐慎二は、衛宮士郎の親友だ。
 癖の強い性格で、女に優しく男に冷たいというある意味分かり易過ぎる性格の男だが、どういうわけだか士郎とは気が合った。
 最近は何故か疎遠であるが、慎二は躁鬱の気が激しいので、士郎としてはそんなこともあるだろうと、あまり気にしていなかった。

 が、この日の慎二は少し様子が違った。
 朝から妙にピリピリしていたかと思えば、三限目あたりに突如として居なくなってそのままなのだ。
 一成は『どうせサボりであろう』と気にも留めていないが、間桐慎二という男はあれでいてルールには五月蝿い性質だ。これまでも仮病で早退したことはあっても、無断で居なくなることは無かった。
 それが、士郎には妙に気になっていたのだが――

「――ん?」

 昼休みが始まった直後、いつものように生徒会室へ向かった士郎は、途中で件の親友の背中を発見した。

 多くの生徒が廊下を行き来する中、見慣れた男が階段へと消えてゆく。

「あ――慎二!」

 授業も受けずに、学校で何をしているのか。
 それを尋ねようと思い、特に深くは考えず彼の後を追う。
 さして距離も無かった為、案外あっさりとその肩を掴むことが出来た。

「あ?なんだ、衛宮か…手ぇ離せよ」

 慎二が鬱陶しそうに振り返る。
 ぶっきらぼうだが、今朝に比べて棘が少ない。少し落ち着いた様子だった。これなら話くらい聞いてくれそうだと思い、士郎は手を離した。

「なに、なんか用?」
「ああ。いきなり居なくなったと思ったらいきなり現れたから、何してたのかなって、気になってな」
「は、関係ないだろ、衛宮には。それとも何、僕の行動は逐一お前に報告しなきゃならないのかい?」

 ――棘は、少なくなったのである。これでも。
 明らかに他人を馬鹿にした、或いは見下した顔でそんな台詞を吐いたとしても。

「まさか。別にそうじゃない。ただ、体調が悪いとか厄介事があるとか、そういうのだったら相談して欲しいと思っただけだ」

 それは士郎の本心である。
 正義の味方になると言っても、その方法はてんで分からない。だからせめて、近くで苦しんでいる人がいるなら助けよう。それが、今の自分に出来る精一杯の行動だと信じているから。
 だが、慎二はさも煩わしいとでも言いたそうに手を振った。

「馬鹿馬鹿しい。何様だよお前。そういう善人面したところが気に喰わないって、前も言わなかったか?」
「ああ、そう言えば言われたかも知れないな。いつものことだと思って聞き流してたみたいだ。悪い」
「――ちっ、そうかよ。まあいい、今の僕は気分が良いからね。たまには授業をサボってぶらつくのも悪くない」
「サボってって…せめて誰かに言ってから出て行かないと、不自然だろ。心配してた女子とか結構いたし」
「はぁ?なんで僕がそんなこと気にしなきゃならないわけ?心配なんてしたい奴にはさせとけばいいのさ。そういう奴はどうせ後で僕のところに来るから、フォローくらいならやる。そうでない奴なんて最初からどうでもいいしね」

 用事はそれだけか、と言って慎二は階下へ降りていった。おそらく学食へでも行くのだろう。

「…なんだか、良く分からないけど…しっくり来ないな。何か隠してるのかな」
「確かにそんな感じだね」
「うわ!?」

 独り言のつもりが背後から応答があったので、慌てて振り返る。
 すると人通りの少なくなった廊下に、知り合いの美綴綾子が腕を組んで立っていた。相変わらず妙に風格のある様だ。

「なんだ…美綴か」
「なんだとはゴアイサツだね。慎二の行動を気にしてるみたいだったから、ちょっと教えてやろうと思ったのにさ」
「え、知ってるのか?」

 聞き返してから、それもそうかと思い返す。
 慎二が朝から不機嫌であるなら、弓道部の朝練で何かあった可能性は高い。弓道部部長の美綴なら何か知っていることもあるだろう。

「ああ、あいつ、朝っぱらから遠坂にコナかけて、凄い辛辣にふられたんだとさ」

 肩を竦めてあっさり言う綾子。
 遠坂――あの学園のアイドルである遠坂凛に、慎二がふられた。確かに、あの優等生の少女ならば、軽薄な慎二を相手にしないのも分かる。慎二だって軽薄なばかりでは無いのだが、生憎そういう面を知っている人間は少ないだろう。素行が素行だ。

「それで不機嫌だったのか…」
「多分そうだろ。まさか授業までサボるたぁ思わなかったけどね」

 サボられたらしい英語の藤村先生がぷりぷり怒ってた、と綾子は笑った。
 その様が想像できて、士郎も思わず顔を緩める。

「と、それはそれとして。さっき慎二のやつ、適当にぶらついてたとかなんとか言ってたけど、それちょっと眉唾だよ」
「え?」
「あたし、三時間目の途中で、先生に頼まれてプリント取りに職員室まで行ったんだけどさ。そのとき、なんか慎二ともう一人――見慣れない格好した背の高い女が一緒に屋上の方に向かったの、見たんだ」
「――屋上…?」
「そ。遠坂にふられた憂さ晴らしに屋上でいちゃついてた、って考えるのが普通なんだろうけど…明らか学校の生徒じゃない女を、わざわざ授業中に屋上に連れてく、っていう発想はどーも分からなくてね。そもそもあいつ、年上の恋人なんて居たのかね?仮にいたとしても、それなら遠坂にふられたくらいでそんなに荒れるとも思えない」

 綾子の言葉に、士郎も唸る。
 慎二を取り巻く女子は多いが、それは彼が女性に優しく容姿も良いからという点においてのみであり、その実情は『人気がある』に留まる。彼と付き合ったことのある女性はおそらく居ないだろう。士郎の知る限り、慎二は相当、曲者だからだ。
 そういう意味では、美綴綾子は外見とか上辺の問題ではなく、内面をある程度察しながらも普通に接している数少ない人物だろう。

「ま、なんにしても怪しいぞってこと。あたしも明日くらい聞いてみるけど、あいつ意固地だからなー。多分、無駄だな」
「…そうだな」

 しかしあの慎二の口の悪さとかを『意固地』一言で片付けるなんて、美綴は豪快だなあと思ってしまう。

「あたしの用はそんだけ。それじゃあな!ああ、気が向いたらいつでも弓道場に来なよ。大歓迎だからさ。慎二はともかく、あたしも、間桐もね」
「え?あ、ああ…悪いけど、その気は無いんだ」

 間桐――桜。俺の家族とも言うべき女の子で、慎二の、妹。
 そう言えばあの二人、あまり仲が良いところを最近は見ない。
 それも含めて、慎二はどうも行動が妙な気がする。
 そいつは残念、と言いながら去る美綴の後ろ姿を見ながら、そんなことを思った。

「――屋上、か…」

 少し、見てこようかと思った。
 まだ昼休みに入って十数分。一成には悪いが、少し待ってもらおう。慎二が屋上にいた痕跡が見つかったら――さて、そのときは踏み込むべきか、どうするべきか。
 ――まあ、見てから決めるか。

 まさか、アイドルがいるとは思いもせずに、彼は階段を登りだした。



 屋上の扉を開いて、最初に感じたのが、不思議と粘着質な風だった。
 そう言えば午後になってからというものの、なんだか湿気が増えた気がする。雨でも近いのだろうか。
 そんなことを思う士郎に、

「あら、こんにちは衛宮君。また会いましたね」

 なんて優雅な声が届いた。
 その聞き覚えのある声に、え、と視線をまわすと、すぐにその主を見出せた。
 綺麗な黒髪のツインテールが特徴的な、学園一の有名生徒。
 ――遠坂凛。

「え――あ、遠坂…」

 多くの男子がそうであるように、衛宮士郎もまた遠坂凛というアイドルに憧れる人物の一人だ。彼女と屋上で一対一だなんて、緊張するに決まっていた。マイペースと言っても時と場合に寄るのだから。
 しかし、何故、ここに彼女がいるのだろう。

「なんで、屋上に?」
「理由は衛宮君と同じだと思いますよ?」
「え!?」

 その言葉にドキリとする。
 自分と同じ。
 つまり、慎二の行動を調べている?
 ――慎二が屋上に居たということと、彼をふった遠坂もまた屋上に居るということ。それだけなのに、妙に胸騒ぎがする。強いて言えば、哀れな道化師が悪魔の尻尾を踏んだイメージだろうか。うわぁ、慎二大丈夫か何をしたんだ――
 が、その想像は次の言葉で即粉砕された。

「昼食、ここで食べるのが好きなんです。あなたも、ここで食べようと思ったから、来たのでしょう?」
「へ――」

 昼食?
 遠坂の指の先を視線で追うと、弁当箱に行き着いて、あ、と思う。
 そう言えば生徒会室へ行く予定だったから、弁当箱をそのまま持ってきてしまったようだ。なら、遠坂の勘違いも当然だ。
 ひどく安心すると同時に、少し嬉しくもあった。
 ――完璧な優等生という遠坂だって、勘違いくらいする。そんな当たり前のことで、彼女が少し身近に感じられたから。

「ああ、そっか。そうだよな、うん」

 そんな士郎の反応に、遠坂は一瞬だけ怪訝な顔をしたけれど、

「そうだ、折角ですから、お昼御飯、ご一緒しませんか?」

 と、いきなり爆弾を投下した。

「…え?」
「どうせさして広く無いところですし、それに風を避けながら食事できるところは、結構狭いですから」

 にっこりと微笑む少女は、本当に偶像のようだ。
 憧れのアイドル、遠坂凛――その少女と、一緒に、昼食を?

 頷かないわけが無かった。



 そうして、二人は壁を背にして静かに腰を下ろし、昼食を摂る。
 他愛の無い世間話をする様は、傍から見ればまるで仲の良い友達のように見えたかも知れない。

「あら、衛宮君って自炊するんですか?」
「うん。親父が、家事とか何も出来ない人だったから、気付いたら出来るようになってたんだ」
「だった、ってことは、今はもう出来るのかしら?」
「いや、そうじゃないよ。親父は、何年か前に死んじまったから」

 軽い口調だったが、遠坂は少し俯いてしまった。表情は読めない。隣に座る位置では、その綺麗な髪と滑らかなうなじが目に入るばかりで――

(う、やばい。やっぱり、緊張する)

 そんな自分を押さえ、遠坂の気持ちを推測して、謝る。

「あー、ごめん。気、遣わせたかな?」
「――いえ。苦労してるんだな、と思っただけです。それに、私も父を早くに亡くしていますから」
「え――」

 なんでもないことのように言う。
 だが、本当になんでもないのだろうか。柔らかな微笑みに隠されて奥が読めず、だからこそ逆に心配になってしまう。

「これであいこですね。私もあなたも互いに気を遣わせたから」
「――…あ」

 柔らかな笑みは、いつしか少し悪戯っぽい笑顔に変わっていた。
 それが、この少女の魅力を余計に増して見せるから、困る。少し頬が赤くなっているかも知れない。
 だけど、それ以上に、罪悪感に心がざわついた。

「えっと、ごめん」
「え?」
「今のって、俺が気を遣わせたから、遠坂も遣ってくれた、ってことになるだろ?だからごめん」

 そう言うと、遠坂は一瞬だけきょとんとしてから、

「ふふ、衛宮君は、見た目通りの人なんだ」
「…?」
「頑なな正直者、っていうこと。思ったことを口にしてるんでしょう?…だけど、今の衛宮君の謝罪は間違ってる。他人に気を遣う人は、他人に気を遣われなくちゃ駄目よ。評判だと、衛宮君は他人に尽くすタイプみたいだけど、ちゃんと恩返しは貰ってるのかしら?」

 なんだか段々と遠坂の喋りが砕けて来た気がするが、それより何より、今、彼女はとても大切な何かを言っているような確信がある。
 それでいて、その内容は絶対に自分とは相容れないような予感がする。

「いや、それは俺がやりたくてやってることだから。恩を売ってるつもりは無いんだ」
「……まあそういう考え方もあるんだろうけど。それって売られた側にしてみたら困るのよ?」
「…え?」
「でも、それもまあいいか。衛宮君の行動を決めるのは私じゃないから」

 やっぱり綺麗な笑みのまま、少女はその話題を打ち切った。


 結局、後は本当にどうでもいいことを――休日は何をするとか、成績はどんな感じとか――話して、屋上を後にした。去る前にちょっと周辺を眺めてみたが、慎二がいたかどうかなんて分かるはずも無かった。
 三階に着いて、笑顔で手を振って教室に戻る遠坂が、妙に気恥ずかしかった。

 まあ、本当に困ったことは。

「――衛宮。今日は終ぞ、生徒会室に来なかったな…」
「あ、ごめん」

 すっかり忘れてた生徒会長・柳洞一成のことだったが。



 ――放課後。

「…本当に良いのか?別に衛宮の行動を制限するつもりは無いのだ。昼の件についてはもう謝罪を受け取った。俺に気を遣って、というのであればこちらからお断りだぞ」
「ああ、大丈夫。そういうのじゃなくて、ホントに今日はバイト行かなくてもいいんだ。それに、備品の修理は早いほうが喜ばれるだろ?」
「…むぅ、そこまで言うならば、頼む。だが俺は寺に雑用があって残れぬぞ」
「一人でやるさ。気にすんな」
「そうか、ならば何も言うまい。先生方には話を通しておく。ああ、しかし最近は物騒なのだから、遅くなりそうならいつでも帰るのだぞ。俺のせいで衛宮に万一のことがあれば藤村先生にも申し訳が立たん」

 何も言うまい、などと言っておいて、結局最後までいろいろ言ってから柳洞一成は帰って言った。

「ま、責任感があるってことなんだろうけど」

 備品の修理は、本来なら提案した生徒会がやるべきことだ。それを友人である士郎に任せることには抵抗があったのだろう。ましてやガス漏れや通り魔といった犯罪が多発する昨今、学校に遅くまで一人残すとなれば尚更だ。

 しかし士郎からすれば、これは進んでやっていることなんだから、むしろ気を遣ってもらった方が落ち着かない。

 ――不意に、昼の遠坂の言葉を思い出した。

「…他人に気を遣う人は、他人に気を遣われなくちゃ駄目、か…」

 ちょっと分かり難い話だが、まあ、一成は他人に気遣われるべき人物である、ということくらいは分かる。
 そういうことなんだろうか。

「ま、いいや。さっさと済ませよう」

 気合を入れるように呟いて、一成から預かったメモを見る。
 そこには、修理すべき物と、それが置いてある場所が丁寧な字で正確に書かれていた。

「最初は――」




「――ふう、もう随分暗くなったな」

 満月の浮かぶ空を見て、白い溜め息を吐く。
 一成は嘘のつけない性格だからか、メモにはきっちり彼の把握してある不良品が羅列されており、その数はなかなかのものだった。そして勿論、士郎が途中でそれを放って帰るなどあるわけも無い。

 結局、終わるまでに数時間もかかってしまった。
 いや、この場合、修理した備品の量を鑑みるなら『たったの数時間』と評するべきなのだろうが。

「藤ねぇはもういるだろうな。桜は…帰っちゃったかな」

 想像を家に馳せながら、校舎を出て校門へ向かう。
 ――と。

「ん?」

 誰かが倒れるような音を聞いた気がして、ふと後ろを振り向くと、


「………、え?」


 ガラスが盛大に砕け散り、何かが校舎に入って行く様が見えた。
 いや、それは錯覚だ。
 黒い女が、蹴り一発で人間をサッカーボールのように軽々と飛ばしたのが、あまりにも非現実的だったから、見誤った。

 ――なんだって言うんだ。

 疑問を一つ浮かべた瞬間には、黒い女もまた校舎へ入って行く。
 それに続いて中へ入る一人の少年の姿が――どうして、友人の背中に見えたんだろう。

「慎、二?」

 この暗闇の中だ。見間違いが無いとは言い切れない。
 まさか、という思いと、『見慣れない格好した背の高い女』という美綴の言葉が錯綜する。

 結論まで、一秒もかからなかった。
 どっちだっていい。
 誰かを誰かが襲っているのは確実なんだから、衛宮士郎が取るべき行動は一つだけ。
 迷う要素など、最初から一つも無かった。


 黒い女がいた場所へと駆けつけると、壊れた窓の向こうに壊れた扉が見えた。
 月明かりが中を照らしていたが、酷く淡くて良く見通すことは出来ない。
 ただ、声は聞こえた。

「ちっ…ああそうかい!うちの蟲倉に入っても同じ台詞が言えるか試してやるよ!行け、ライダー!!」

 他ならぬ友人、間桐慎二の、どこか狂気を孕んだ罵声。
 そこに殺意と――血の匂いを感じ取って、咄嗟に叫んでいた。

「止めろ――!!」

 砕けた窓枠に手をかける。この緊迫した状況の中で、ガラスが皮膚を裂く痛みなど感じる程のものではない。
 そのまま勢いに乗って慎二の下へ向かう。

「誰だ…!?くそ、目撃者か!ライダー、始末しろ!!」
「なっ――」

 何をしているんだ、と言おうとして。
 慎二に詰め寄ろうとして。

 その黒い女に阻まれた。

「――」

 ――凄まじい、死の予感。
 圧倒的な、神秘の胎動。
 一目で理解した、コレは人じゃない。コレは人の領域に居ない。コレは――鮮血の、匂いがする――

「――自分の不運を、恨みなさい」

 一言。
 たった一言だけ、女が口を開く。
 ――綺麗な声だな、と、場違いなことを思った。
 そうして、衛宮士郎の心臓には杭が打ち込まれ、その活動は停止を決定された。

「がっ……!!」

 世界が回る。
 黒に染まりながら回る。
 そうして背中が何かに激突して回転が止まったとき、目の前には、昼も会った、憧れていた少女の幻覚がいた。
 泣きそうな顔で、叫びそうな顔で、こちらを覗き込む様があまりに悲痛で。こんな場所に彼女が居るわけ無いって分かっているのに、それでも。

「――ぐ、遠坂……に、げ、ろ」

 ただ一つの願いを口に乗せて、フッと、何かが消えた。

 ――それが自分というものだったなんて、もちろん、分かるわけがなかった。