今日もFate/stay night の二次創作をうpしていきますよ!
まあ読んでみてください!
いつか蘇る王―プロローグ―
人気の無くなった校舎を歩き、屋上へ向かう。
今のところ発見した呪刻はアレだけだ。
結界が完成していないのか、よほど精緻に隠匿されているのか。自分が性質の悪い胃袋の中に居るなんて、昼に屋上で起点を見つけるまで全く気付かなかった。
ただ、どちらにしたって、こんな真似をするマスターとは相容れない。
魔術師だとかそうじゃないとかの問題以前、人間として腐っている。学校の人間を丸ごと食べる結界を平然と張るなど――
「…私の領地内で、随分と勝手なコトしてくれるわ。必ず、思い知らせてやらなくちゃ」
先ず、結界の妨害をする。
今日はそれだけで即退散。然る後サーヴァントを呼び、本格的に敵を探る。
少なくとも、妨害によるリアクションがあるか無いかだけでも、十分相手を測る目安にはなるはずだ。
そんなことを思いながら、暗い階段を登る。
そして、重々しい音を立てて、屋上の扉を開き――
「――え?」
その存在を目の当たりにした。
闇色の夜に融けるように、黒の女が立っている。
距離にして十メートルほど離れているのに、極大の蛇に絡まれるイメージが身を侵食する。それほどの威圧、それほどの存在。
殺意など微塵も感じないのに、ただ『死ぬ』とだけ確信する。
即ち、ソレは人の規格を超えたモノ。
「――サーヴァント…!?」
「やれやれ、見つかっちゃったな、ライダー」
「!?」
黒の女の背後から、ゆらりと現れた男に、凛は再び驚愕した。
それは魔術師であるハズの無い男、サーヴァントを従え得ない男だったのだから。
「慎二…!?」
「ははっ、お前のそんな顔が見れるなんて、得した気分だよ」
両手を広げ、芝居掛かった口調で言う間桐慎二。
魔術回路が枯渇した、間桐家の後継者…魔術師ではない、マスターには成れないハズなのに。
「慎二…あんた、なんで」
「なんで僕がマスターになれたのかって?嫌だな、別に驚くことじゃないだろ?間桐の秘儀をもってすれば、魔術回路が無い僕でもサーヴァントくらい持てるさ。
――つまり、これで僕も遠坂と同じってことだ。いや、今ばかりは僕の方が上だね、遠坂はまだ召還してないようだから」
「…!」
そうだ、と思い至る。
慎二の妄言はともかく、今の自分はただの魔術師。聖杯戦争のマスターでは無い。目の前に人の上位に立つ英霊がいるこの状況は、なるほど、確かに『死』を感じるのも止む無しだ。
「いや、しかし困ったな。今はマスターで無いと言っても、遠坂は絶対マスターになるだろ?……僕がマスターだと知られてしまったんだから、このままサヨナラってわけには行かなくなった。悪いけど、ちょっと自由を奪わせてもらうよ」
口の端を大きく歪め、間桐慎二は哂った。
絶対的優位に自分が立つ状況を楽しんでいるのか。
サーヴァントに一般人を襲わせるコトも否定出来ない聖杯戦争だ、サーヴァントに魔術師を襲わせるくらい、この男なら気兼ねなくやるだろう。
そうなったら、勝ち目は無い。そうなったら、だが。
――馬鹿な男だ。
凛は思う。
そう、こちらを襲う意思があると言うのなら。サーヴァントをさっさとけしかければ、遠坂凛は反撃の暇も無く地に付しただろうに!
「さあ、いけライ――」
解放、 一斉射撃
「Es last frei.EileSalve――!!」
「!?」
既にポケットの中で掴んでいた宝石を取り出すや否や一気に解放する。
サーヴァントも揃いつつある冬木の街を、丸腰で歩き回るわけが無い。十年分の魔力を込めた宝石を十個と、父の遺した切り札のペンダント一つは常に身につけているのだ。
凄まじい暴風が慎二とサーヴァントを飲み込む。しかしそれを最後まで確かめず、凛は身を翻した。
敵――慎二の言葉通りならば、ライダー――は、おそらく回避は出来なかったはず。何故なら彼女が受け止めなければ、慎二が風の藻屑と消えるだけだからだ。サーヴァントならマスターを護らねばならない。
そう、慎二は全く素人だった。
彼が一緒にいたお陰でこっちはこうして逃げを打てる。
屋敷まで――或いは人気の多い場所まで逃げればこちらの勝ちだ。生憎、宝石は相当な威力を自負しているが、サーヴァントと真っ向勝負など無理がありすぎる。
もちろん、逃げ切るのは至難の業だろう。しかし敵のマスターが慎二であるという一点において、勝算は無くも無い。さっきの相対だけでも、彼がサーヴァントの実力を十分に発揮するのは無理だと直感できた。
(そう、サーヴァント、か。魔術師でない慎二がサーヴァントを持っている。そしてこの学校に仕掛けられた魂を奪う結界。魔力不足と魔力吸収。魔術師どころか人として逸脱…なるほど、犯人は――ほぼ断定できたわね)
思考も程ほどに、百メートルを七秒台で駆け抜けた。
階段など呑気に使っている場合では無い。屋上の縁まで移動し、重量を制御してフェンスを超え、一気に飛び降りる。加速したいところだが、生憎そうするとサーヴァントではなく地面に殺されてしまうので無理。宝石を呑んで防御能力を向上させ、同時に自由落下を着地直前に再制御、勢いを殺して着地に成功、そして、
「――!?」
続く殺気に咄嗟に飛びのくのと、釘に似た刃が腕をかすって地面に突き立てられるのは紙一重だった。遅れてじゃらり、と鎖の音が響く。
直後、その場所に黒い女が疾駆して現れた。あろうことかこのサーヴァント、壁を『走って』追って来たらしい。
しかも、風の宝石の直撃を食らったはずなのだが、見た目に傷は全く見当たらない。無傷というわけでもないだろうが、それにしたって、とんでもない。
なんというデタラメ。だがそれでこそのサーヴァントだ。
しかもこの速度、どうやら敏捷性に優れた英霊らしい、全く、なんて運の悪い。
なんとか退路を確保しようと、ライダーの動きを全霊でもって監視する。
「――」
ライダーは無言。黒いマスクの奥からは何も読み取ることは出来ない。
次の瞬間、黒い『何か』がしなるのを辛うじて視認した。無意識のうちに、それから身を護るように腕を上げた。
幸いだった。ソレは鞭のようにしなったライダーの蹴脚であり、腕の骨を粉砕せんばかりの衝撃と共に凛をもろに吹っ飛ばしたのだから。
「がっ…!!」
盛大な破砕音と共にガラスが砕け、校舎内へと吹っ飛ばされた。勢いは止まらず、廊下を跳ねて扉をぶちやぶり、一階の使われていない教室へ転がり込む。衝撃は机をなぎ倒し椅子を粉砕し、ようやく終わった。
高さにして一メートル以上、飛距離は十メートルはあったか。しかも数々の障害をぶち壊してそれなのだから、一般人なら一撃でミンチだろう。自分も、腕のガードと、宝石の防御が無ければ今頃死していたのだろうが――
「こふっ……」
お陰さまで、何とか膝をついて半身を起こせる。口の端から血が漏れるが、内臓に損傷は無さそうだ。
脳は加速度に付いていけなかったのかフラフラで思考は一定せず、脚は言うことを聞かないので立ち上がるには至らない。ガラスだのなんだので制服はズタズタになり、血に濡れて再起不能の様子だ。ガードに使った左腕に至っては感覚が皆無。ぼんやりした頭で確認すると、変な方向に曲がっていた。良かった、ちゃんと付いててくれて。
――つまり、もう反撃は愚か、退却も不可能、ということらしい。
なんてこと。
月光の漏れる、闇色の教室。埃の溜まったこの予備教室が、遠坂凛の終焉なのか。
聖杯戦争に参加することさえ無く、ここで潰えるというのか?
この十年の誓いも叶えずに。在りし日の父の背中を追ったまま。家で静かに眠る古びたリボンの片割れを見送ることも出来ないままで!
「冗…談……!」
まだだ。諦めなど、魔術師を目指した日に捨てた。足掻かない人生に何の価値があり、意地汚く進むことにどんな恥があるのだ。
死ぬわけには行かないなんて陳腐な言葉は要らないだろう。
――ただ、まだ沢山果たしたいユメが残っている。それだけのことだ。
敵はサーヴァント、ライダー。
上等だ、こうなれば、やってやろう。
闘う?否。自殺する気はない。だが、勝利しよう。
魔力のピークも霊的加護も、全て関係ない。この遠坂凛という全存在を賭けて、ここに最後の意地を見せてやる!
「――まだやる気かい、遠坂」
勝ち誇った声が入口から響いていた。
見上げれば、教室の入口に慎二がいた。気付かなかったが、ライダーは彼を抱えて屋上から飛び降りたのかも知れない。
慎二がゆっくり教室の中へ歩いて来る。それを護るように、半歩前にライダーが立つ。
こちらとの距離は、もうライダーなら瞬きほどの時間でゼロに出来るほど。
知らず、身をよじって距離を取ろうと動いていた。
「諦めなよ。はは、何、別に殺さないでやってもいいんだぜ」
肩を竦め、慎二はいよいよその本件を告げる。
「お前が僕のものになりさえすればいいんだ。そうしたら、敵じゃない。だから殺すことも無い」
なんと、陳腐なことか。
サーヴァントという、これ以上無い神秘の後ろで囀る言葉が、そんなものとは。
ああ、全く。
ますますもって、闘志が湧いた。
「――間桐君」
「なんだい?」
「夢はね、寝て見るものよ」
一瞬だけきょとんとした少年は、次の瞬間、怒りに顔を赤く染めた。
「ちっ…ああそうかい!うちの蟲倉に入っても同じ台詞が言えるか試してやるよ!行け、ライダー!!」
「――」
全く口を開かず、ただ主の命に従って黒のサーヴァントが飛び出す。
その刹那。
「止めろ――!!」
「!?」
誰も予想しなかった、第三者が現れた。
らしくない、と自分でも思うのだが。
その瞬間だけは、全く体が動かなかった。
飛び込んで来た少年がいて、慎二が何かしら叫んで、ライダーが動きを変えた。
教室の入口なんていう狭い空間で、一瞬だけ三つの人影が交差した。
そして、こんなにも暗いのに、不思議なくらい鮮明に見えた。
少年が、ライダーにその胸を貫かれた瞬間が。
「あ――」
それは誰の声だったろう。
まあライダーじゃないだろう。彼女だけは冷静に、鮮血に塗れた胸から釘剣を抜いて、少年の身体を思いっきりにこちらに投げ飛ばして来たのだから。
「っ、え、衛宮か…!?」
返り血を浴びて青褪めた慎二が、ようやく声を絞り出す。
暗闇の中では、満足に相手を確かめることもできなかったのか。それでも、慎二の行動が間違っていた、とは言えない。神秘は隠匿されねばならず、不運にもその場に居合わせたモノは、記憶か、存在かどちらかを始末されるのだ。
慎二と同時に、遠坂凛の隣にまで飛ばされた衛宮士郎もまた、その声帯を絞っていた。目はほとんど何も映しておらず、そこに生気などカケラも無い。有り体に言って、もう死んでいるも同然だ。
「――ぐ、遠坂……?」
「――」
らしくない、と自分でも思うのだが。
この瞬間だけは、全く声が出なかった。
なんで、アンタが、ここにいるのよ。
なんで、アンタが、刺されてるのよ。
そんな疑問ばっかりが頭を占めていて、目の前の状況に置いて行かれてる。
血に塗れた少年が、必死に口を動かして、
「に、げ、ろ」
――そんな、恐ろしいことを言って、その活動を停止した。
なんで。
明らかに致命傷なのに、自分のことを無視してそんなことが言えるのだろう。
叫べばいいのに。死にたくないと。助けてくれと。
いや、そもそも逃げるべきだった。ライダーはどうか知らないが、少なくとも慎二は彼の存在に気付いていなかった。そしてライダーは、マスターの命令が無ければ全く動かないタイプだと見て取れる。
だから、逃げればよかったのに。
何処でどうして、ここの騒ぎを知ったのか。どうして今迄学校に残っていたのか。そして何より、どうして危険を察して逃げなかったのか。こんなにも、彼が巻き込まれるには条件が必要だったのに、なんで全部備えてしまったのだろう、彼は。
他の誰でもない、アンタだけは、あの子の為に死んじゃいけなかったのに。
どうしてよりにもよって、私の責任で死んでくれたのだ…!
「は、ははは」
虚ろな笑いが、一瞬だけ響いた。
「ははははははははははははは!!」
次の瞬間には哄笑に変わっていた。
高らかに、詠うように、間桐慎二が大きく口をあけて哂っている。
「なんだよ…馬鹿なやつだ、衛宮。別にお前は殺さなくても良かったのに。よりによってこんな場面に遭遇するなんて。運の無いやつ。だから、偽善者ぶるなって言ってやったのに!あはははははははははははははは!!こいつは傑作だ、桜が何て言うかな、僕が衛宮を殺したって知ったらなんて言うかな!」
額に手を当て、ひとしきり哂う。
ライダーは無言でこちらを睨み続ける。
私はただ、衛宮君の作る血溜りに膝を付き、まともに動く右手で胸元の宝石を握り締めて、ただ震えている。
震えている?
そうだ。
衛宮士郎が殺された。
それはもうどうしようも無いことだ。私に責任があり、私が悪いのだろう。それを受け入れ、その先にある現状を見つめよう。
するとどうだ。
慎二は笑い、命令が無いのでライダーは動かない。
はは――なんて、好機。
歓喜に身が打ち震えるのも無理は無い。
怒りも不甲斐なさも情けなさも全て、今ばかりは捨て置いて。ただ、感謝する。この、一人の犠牲者に心の底から礼を言おう!
「告げる!!!!」
瞬間、胸の宝石が輝いた。魔力が渦を巻き、教室は一瞬で異界に変わる。肉体は一瞬で作り変えられ、満たされたと感じる間も無く変貌する。エーテルは乱舞し、瞬間、教室は昼も敵わぬ光に満ちた。
慎二がその眩さに眉を顰め、攻撃を警戒してライダーがその正面に立つ。
衛宮士郎の流した血が流動し、複雑な魔法陣へ姿を変えてゆく。そこに私の流す血が入り混じり、私と衛宮君、二人を囲むようにそれは描かれてゆく。血液の大半は水だ、五大元素属性を持つ遠坂凛にかかれば、こんなものの操作は造作も無い。
だが、時間が足りない。
ああ、もう全ての工程をカットしろ。結果だけを導き出せ。
聖杯戦争の召還、それは突き詰めれば、ただコレだけで事足りる――!!
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」
駄目だ、遅い。
慎二はただ呆然としているが、ライダーが危機を察し、ついに自らの意思で動く。この極限状況において尚、その速度は異常を認識できるほど。もう目の前には、凶風の如き殺意の刃が迫っている。
さらにカット。
魔力を解放する。足りない分は宝石から捻出する。瞬間放出の量が限界を突破し、肉体が軋む。
エーテル乱舞は暴風と化し、世界は歪んで正体を無くす。
痛みも焦りもあったものではない。そんな暇は集中に回せ。
ただ、言葉にならない魂ばかりが、ただ一身に叫んでいた。
「――遅い遅い遅い遅い!!抑止の輪よりとっとと来たれ!天秤の護り手よ―――!!!!」
手応え無し、感覚無し、手順無し。
全てが無茶苦茶で、全てが混沌としたこの召還。しかし、その成功を信じることすら生温い、真実既に成功していなければ嘘だ。
だって、そんな可能性の問題に思考が行き渡ったとき既に、目の前では竜の咆哮が展開されていたのだから。
――最強たる剣の騎士が、月光に濡れてこちらを見下ろしていたのだから――
今のところ発見した呪刻はアレだけだ。
結界が完成していないのか、よほど精緻に隠匿されているのか。自分が性質の悪い胃袋の中に居るなんて、昼に屋上で起点を見つけるまで全く気付かなかった。
ただ、どちらにしたって、こんな真似をするマスターとは相容れない。
魔術師だとかそうじゃないとかの問題以前、人間として腐っている。学校の人間を丸ごと食べる結界を平然と張るなど――
「…私の領地内で、随分と勝手なコトしてくれるわ。必ず、思い知らせてやらなくちゃ」
先ず、結界の妨害をする。
今日はそれだけで即退散。然る後サーヴァントを呼び、本格的に敵を探る。
少なくとも、妨害によるリアクションがあるか無いかだけでも、十分相手を測る目安にはなるはずだ。
そんなことを思いながら、暗い階段を登る。
そして、重々しい音を立てて、屋上の扉を開き――
「――え?」
その存在を目の当たりにした。
闇色の夜に融けるように、黒の女が立っている。
距離にして十メートルほど離れているのに、極大の蛇に絡まれるイメージが身を侵食する。それほどの威圧、それほどの存在。
殺意など微塵も感じないのに、ただ『死ぬ』とだけ確信する。
即ち、ソレは人の規格を超えたモノ。
「――サーヴァント…!?」
「やれやれ、見つかっちゃったな、ライダー」
「!?」
黒の女の背後から、ゆらりと現れた男に、凛は再び驚愕した。
それは魔術師であるハズの無い男、サーヴァントを従え得ない男だったのだから。
「慎二…!?」
「ははっ、お前のそんな顔が見れるなんて、得した気分だよ」
両手を広げ、芝居掛かった口調で言う間桐慎二。
魔術回路が枯渇した、間桐家の後継者…魔術師ではない、マスターには成れないハズなのに。
「慎二…あんた、なんで」
「なんで僕がマスターになれたのかって?嫌だな、別に驚くことじゃないだろ?間桐の秘儀をもってすれば、魔術回路が無い僕でもサーヴァントくらい持てるさ。
――つまり、これで僕も遠坂と同じってことだ。いや、今ばかりは僕の方が上だね、遠坂はまだ召還してないようだから」
「…!」
そうだ、と思い至る。
慎二の妄言はともかく、今の自分はただの魔術師。聖杯戦争のマスターでは無い。目の前に人の上位に立つ英霊がいるこの状況は、なるほど、確かに『死』を感じるのも止む無しだ。
「いや、しかし困ったな。今はマスターで無いと言っても、遠坂は絶対マスターになるだろ?……僕がマスターだと知られてしまったんだから、このままサヨナラってわけには行かなくなった。悪いけど、ちょっと自由を奪わせてもらうよ」
口の端を大きく歪め、間桐慎二は哂った。
絶対的優位に自分が立つ状況を楽しんでいるのか。
サーヴァントに一般人を襲わせるコトも否定出来ない聖杯戦争だ、サーヴァントに魔術師を襲わせるくらい、この男なら気兼ねなくやるだろう。
そうなったら、勝ち目は無い。そうなったら、だが。
――馬鹿な男だ。
凛は思う。
そう、こちらを襲う意思があると言うのなら。サーヴァントをさっさとけしかければ、遠坂凛は反撃の暇も無く地に付しただろうに!
「さあ、いけライ――」
解放、 一斉射撃
「Es last frei.EileSalve――!!」
「!?」
既にポケットの中で掴んでいた宝石を取り出すや否や一気に解放する。
サーヴァントも揃いつつある冬木の街を、丸腰で歩き回るわけが無い。十年分の魔力を込めた宝石を十個と、父の遺した切り札のペンダント一つは常に身につけているのだ。
凄まじい暴風が慎二とサーヴァントを飲み込む。しかしそれを最後まで確かめず、凛は身を翻した。
敵――慎二の言葉通りならば、ライダー――は、おそらく回避は出来なかったはず。何故なら彼女が受け止めなければ、慎二が風の藻屑と消えるだけだからだ。サーヴァントならマスターを護らねばならない。
そう、慎二は全く素人だった。
彼が一緒にいたお陰でこっちはこうして逃げを打てる。
屋敷まで――或いは人気の多い場所まで逃げればこちらの勝ちだ。生憎、宝石は相当な威力を自負しているが、サーヴァントと真っ向勝負など無理がありすぎる。
もちろん、逃げ切るのは至難の業だろう。しかし敵のマスターが慎二であるという一点において、勝算は無くも無い。さっきの相対だけでも、彼がサーヴァントの実力を十分に発揮するのは無理だと直感できた。
(そう、サーヴァント、か。魔術師でない慎二がサーヴァントを持っている。そしてこの学校に仕掛けられた魂を奪う結界。魔力不足と魔力吸収。魔術師どころか人として逸脱…なるほど、犯人は――ほぼ断定できたわね)
思考も程ほどに、百メートルを七秒台で駆け抜けた。
階段など呑気に使っている場合では無い。屋上の縁まで移動し、重量を制御してフェンスを超え、一気に飛び降りる。加速したいところだが、生憎そうするとサーヴァントではなく地面に殺されてしまうので無理。宝石を呑んで防御能力を向上させ、同時に自由落下を着地直前に再制御、勢いを殺して着地に成功、そして、
「――!?」
続く殺気に咄嗟に飛びのくのと、釘に似た刃が腕をかすって地面に突き立てられるのは紙一重だった。遅れてじゃらり、と鎖の音が響く。
直後、その場所に黒い女が疾駆して現れた。あろうことかこのサーヴァント、壁を『走って』追って来たらしい。
しかも、風の宝石の直撃を食らったはずなのだが、見た目に傷は全く見当たらない。無傷というわけでもないだろうが、それにしたって、とんでもない。
なんというデタラメ。だがそれでこそのサーヴァントだ。
しかもこの速度、どうやら敏捷性に優れた英霊らしい、全く、なんて運の悪い。
なんとか退路を確保しようと、ライダーの動きを全霊でもって監視する。
「――」
ライダーは無言。黒いマスクの奥からは何も読み取ることは出来ない。
次の瞬間、黒い『何か』がしなるのを辛うじて視認した。無意識のうちに、それから身を護るように腕を上げた。
幸いだった。ソレは鞭のようにしなったライダーの蹴脚であり、腕の骨を粉砕せんばかりの衝撃と共に凛をもろに吹っ飛ばしたのだから。
「がっ…!!」
盛大な破砕音と共にガラスが砕け、校舎内へと吹っ飛ばされた。勢いは止まらず、廊下を跳ねて扉をぶちやぶり、一階の使われていない教室へ転がり込む。衝撃は机をなぎ倒し椅子を粉砕し、ようやく終わった。
高さにして一メートル以上、飛距離は十メートルはあったか。しかも数々の障害をぶち壊してそれなのだから、一般人なら一撃でミンチだろう。自分も、腕のガードと、宝石の防御が無ければ今頃死していたのだろうが――
「こふっ……」
お陰さまで、何とか膝をついて半身を起こせる。口の端から血が漏れるが、内臓に損傷は無さそうだ。
脳は加速度に付いていけなかったのかフラフラで思考は一定せず、脚は言うことを聞かないので立ち上がるには至らない。ガラスだのなんだので制服はズタズタになり、血に濡れて再起不能の様子だ。ガードに使った左腕に至っては感覚が皆無。ぼんやりした頭で確認すると、変な方向に曲がっていた。良かった、ちゃんと付いててくれて。
――つまり、もう反撃は愚か、退却も不可能、ということらしい。
なんてこと。
月光の漏れる、闇色の教室。埃の溜まったこの予備教室が、遠坂凛の終焉なのか。
聖杯戦争に参加することさえ無く、ここで潰えるというのか?
この十年の誓いも叶えずに。在りし日の父の背中を追ったまま。家で静かに眠る古びたリボンの片割れを見送ることも出来ないままで!
「冗…談……!」
まだだ。諦めなど、魔術師を目指した日に捨てた。足掻かない人生に何の価値があり、意地汚く進むことにどんな恥があるのだ。
死ぬわけには行かないなんて陳腐な言葉は要らないだろう。
――ただ、まだ沢山果たしたいユメが残っている。それだけのことだ。
敵はサーヴァント、ライダー。
上等だ、こうなれば、やってやろう。
闘う?否。自殺する気はない。だが、勝利しよう。
魔力のピークも霊的加護も、全て関係ない。この遠坂凛という全存在を賭けて、ここに最後の意地を見せてやる!
「――まだやる気かい、遠坂」
勝ち誇った声が入口から響いていた。
見上げれば、教室の入口に慎二がいた。気付かなかったが、ライダーは彼を抱えて屋上から飛び降りたのかも知れない。
慎二がゆっくり教室の中へ歩いて来る。それを護るように、半歩前にライダーが立つ。
こちらとの距離は、もうライダーなら瞬きほどの時間でゼロに出来るほど。
知らず、身をよじって距離を取ろうと動いていた。
「諦めなよ。はは、何、別に殺さないでやってもいいんだぜ」
肩を竦め、慎二はいよいよその本件を告げる。
「お前が僕のものになりさえすればいいんだ。そうしたら、敵じゃない。だから殺すことも無い」
なんと、陳腐なことか。
サーヴァントという、これ以上無い神秘の後ろで囀る言葉が、そんなものとは。
ああ、全く。
ますますもって、闘志が湧いた。
「――間桐君」
「なんだい?」
「夢はね、寝て見るものよ」
一瞬だけきょとんとした少年は、次の瞬間、怒りに顔を赤く染めた。
「ちっ…ああそうかい!うちの蟲倉に入っても同じ台詞が言えるか試してやるよ!行け、ライダー!!」
「――」
全く口を開かず、ただ主の命に従って黒のサーヴァントが飛び出す。
その刹那。
「止めろ――!!」
「!?」
誰も予想しなかった、第三者が現れた。
らしくない、と自分でも思うのだが。
その瞬間だけは、全く体が動かなかった。
飛び込んで来た少年がいて、慎二が何かしら叫んで、ライダーが動きを変えた。
教室の入口なんていう狭い空間で、一瞬だけ三つの人影が交差した。
そして、こんなにも暗いのに、不思議なくらい鮮明に見えた。
少年が、ライダーにその胸を貫かれた瞬間が。
「あ――」
それは誰の声だったろう。
まあライダーじゃないだろう。彼女だけは冷静に、鮮血に塗れた胸から釘剣を抜いて、少年の身体を思いっきりにこちらに投げ飛ばして来たのだから。
「っ、え、衛宮か…!?」
返り血を浴びて青褪めた慎二が、ようやく声を絞り出す。
暗闇の中では、満足に相手を確かめることもできなかったのか。それでも、慎二の行動が間違っていた、とは言えない。神秘は隠匿されねばならず、不運にもその場に居合わせたモノは、記憶か、存在かどちらかを始末されるのだ。
慎二と同時に、遠坂凛の隣にまで飛ばされた衛宮士郎もまた、その声帯を絞っていた。目はほとんど何も映しておらず、そこに生気などカケラも無い。有り体に言って、もう死んでいるも同然だ。
「――ぐ、遠坂……?」
「――」
らしくない、と自分でも思うのだが。
この瞬間だけは、全く声が出なかった。
なんで、アンタが、ここにいるのよ。
なんで、アンタが、刺されてるのよ。
そんな疑問ばっかりが頭を占めていて、目の前の状況に置いて行かれてる。
血に塗れた少年が、必死に口を動かして、
「に、げ、ろ」
――そんな、恐ろしいことを言って、その活動を停止した。
なんで。
明らかに致命傷なのに、自分のことを無視してそんなことが言えるのだろう。
叫べばいいのに。死にたくないと。助けてくれと。
いや、そもそも逃げるべきだった。ライダーはどうか知らないが、少なくとも慎二は彼の存在に気付いていなかった。そしてライダーは、マスターの命令が無ければ全く動かないタイプだと見て取れる。
だから、逃げればよかったのに。
何処でどうして、ここの騒ぎを知ったのか。どうして今迄学校に残っていたのか。そして何より、どうして危険を察して逃げなかったのか。こんなにも、彼が巻き込まれるには条件が必要だったのに、なんで全部備えてしまったのだろう、彼は。
他の誰でもない、アンタだけは、あの子の為に死んじゃいけなかったのに。
どうしてよりにもよって、私の責任で死んでくれたのだ…!
「は、ははは」
虚ろな笑いが、一瞬だけ響いた。
「ははははははははははははは!!」
次の瞬間には哄笑に変わっていた。
高らかに、詠うように、間桐慎二が大きく口をあけて哂っている。
「なんだよ…馬鹿なやつだ、衛宮。別にお前は殺さなくても良かったのに。よりによってこんな場面に遭遇するなんて。運の無いやつ。だから、偽善者ぶるなって言ってやったのに!あはははははははははははははは!!こいつは傑作だ、桜が何て言うかな、僕が衛宮を殺したって知ったらなんて言うかな!」
額に手を当て、ひとしきり哂う。
ライダーは無言でこちらを睨み続ける。
私はただ、衛宮君の作る血溜りに膝を付き、まともに動く右手で胸元の宝石を握り締めて、ただ震えている。
震えている?
そうだ。
衛宮士郎が殺された。
それはもうどうしようも無いことだ。私に責任があり、私が悪いのだろう。それを受け入れ、その先にある現状を見つめよう。
するとどうだ。
慎二は笑い、命令が無いのでライダーは動かない。
はは――なんて、好機。
歓喜に身が打ち震えるのも無理は無い。
怒りも不甲斐なさも情けなさも全て、今ばかりは捨て置いて。ただ、感謝する。この、一人の犠牲者に心の底から礼を言おう!
「告げる!!!!」
瞬間、胸の宝石が輝いた。魔力が渦を巻き、教室は一瞬で異界に変わる。肉体は一瞬で作り変えられ、満たされたと感じる間も無く変貌する。エーテルは乱舞し、瞬間、教室は昼も敵わぬ光に満ちた。
慎二がその眩さに眉を顰め、攻撃を警戒してライダーがその正面に立つ。
衛宮士郎の流した血が流動し、複雑な魔法陣へ姿を変えてゆく。そこに私の流す血が入り混じり、私と衛宮君、二人を囲むようにそれは描かれてゆく。血液の大半は水だ、五大元素属性を持つ遠坂凛にかかれば、こんなものの操作は造作も無い。
だが、時間が足りない。
ああ、もう全ての工程をカットしろ。結果だけを導き出せ。
聖杯戦争の召還、それは突き詰めれば、ただコレだけで事足りる――!!
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」
駄目だ、遅い。
慎二はただ呆然としているが、ライダーが危機を察し、ついに自らの意思で動く。この極限状況において尚、その速度は異常を認識できるほど。もう目の前には、凶風の如き殺意の刃が迫っている。
さらにカット。
魔力を解放する。足りない分は宝石から捻出する。瞬間放出の量が限界を突破し、肉体が軋む。
エーテル乱舞は暴風と化し、世界は歪んで正体を無くす。
痛みも焦りもあったものではない。そんな暇は集中に回せ。
ただ、言葉にならない魂ばかりが、ただ一身に叫んでいた。
「――遅い遅い遅い遅い!!抑止の輪よりとっとと来たれ!天秤の護り手よ―――!!!!」
手応え無し、感覚無し、手順無し。
全てが無茶苦茶で、全てが混沌としたこの召還。しかし、その成功を信じることすら生温い、真実既に成功していなければ嘘だ。
だって、そんな可能性の問題に思考が行き渡ったとき既に、目の前では竜の咆哮が展開されていたのだから。
――最強たる剣の騎士が、月光に濡れてこちらを見下ろしていたのだから――
