膀胱炎は治ったものの、それまでの癖なのか、夜中2時間おきくらいに目が覚める。
目が覚めるとしばらく眠気がこないのでなんだかベッドの中にいるのも窮屈だ。
結局目が覚めるとリビングのソファへ行き、気づいたらそのまま寝ていたということが何度も続いた。

そのことを診察のときに話すと
レスリン
が眠前に追加された。
それでもだめだったのでデパケンも。

そして、気づいてみたらデプロメールはMAXの150ミリになっていたのである。

幸いなことに入眠障害はなかった。
普通はここが一番つらいところだろうに、珍しい例かもしれない。
なぜこの病院を選んだのか。答えは簡単で、夫からの勧めだった。
夫も私より前から似たような病を抱えていたのだ。
その際に、何軒かみたところのひとつで夫のところとは違うこのKクリニックにしたのだ。

前回の病院同様、医師の診察前に看護士さんらしき人の問診があり
それはかなり時間をかけて多分1時間くらいあれこれ話した。終わったときにはどっと疲れが出たくらいである。

医師はなんだか若くて(同年代)ちょっと頼りない感じだったが、前の医師よりはよさそうだった。
初診時の薬は
パキシル10ミリが処方されて10日後に来るように言われた。

実はパキシルは夫も飲んでいる薬で、「夫婦揃ってパキシルのお世話に…」
とがっくりきた。
飲み始めるときに夫が「最初の何日かはふらついたりするかも」
と言ったが、全然何日過ぎてもよくならない。

10日後、医師にそのことを言うとあっさり中止。
だって、10日間二日酔状態だったんだもん、辛いよ~。
で、「デプロメール25ミリ」が処方された。

ここでは頓服は一切出なかった。
そして、不思議なことに(前の病院で治療がスタートしているから2週間以上経っている)
膀胱炎はピタッと治り、涙も出なくなっていたし、食事もなんとか取れるようになっていた。
すぐみてくれるという病院へ行ってみた。
静かで、ソファが並んでいて、結構若い人が沢山いる。
今は平日の昼間だぞって思いつつ、これほどにも病んでいる人がいるのねと思う。

最初の病院では看護士さんの事前問診があって、その後医師の診察。
診察は15分か20分くらいだったろうか。
年配の体格のいい医師だったような気がするが、正直あまり覚えていない。
なんせ、すぐに別の病院へかかったわけだし。

そこでの処方は
・レキソタン
・テトラミド
・ソラナックス
くらいだったろうか、もうちょっとあったような気もするが忘れた。

ソラナックスは頓服で、だいたい会社の終業時間前の泣きそうになる時間のちょっと前に飲むと
泣かずに帰ってこられた。
忘れると泣いちゃったので、効いていたんだと思う。
忙しく仕事をしつつ、同棲していた彼と入籍をした。
本当に入籍だけで、式もパーティーも何にもしなかった。
あえていうと互いの家族を招いて温泉旅行をしたくらいだ。

いそがしいまま苗字が変わり、でも職場では旧姓でとおしていたので何にも変わることなく毎日が過ぎていた。

システムの小さな修正や、別のプロジェクトの手伝いなど、完全に「何でも屋」になりきり
願わくばわが社へ発注を…な精神で。

ところが結婚して1年と少し経ったころ、強烈な膀胱炎に襲われたのである。
耐性菌に感染したらしく治るのに時間はかかったが、またすぐに膀胱炎になるんである。
抗生剤を飲む→治る→膀胱炎→抗生剤
の繰り返し。
トイレは近いし、夜もトイレで目が覚める。
なんだか落ち着かなくて眠れない日々が始まったのである。

そして、仕事はというと、たった一人の相方さん(社員さん)が入院してしまい、
指示系統がめちゃくちゃになり、私へ仕事の指図をする人がいなくなってしまった。
そういう人は他にもいたんだけど、開き直って1日PCで遊んでいた。
私はそういうところだけは真面目で、特に客先だからというのもあって遊べなかった。
何か勉強をしようとか、新しい技術が出たらすぐに試してみたりと時間を使おうとした。
実際、MCP(マイクロソフトの資格)も受験して合格している。

だが、毎日会社に出勤しても何にもすることがない日が増えていくごとに、私の精神状態はおかしくなり始めたのかもしれない。

終業時間の2時間くらい前になると突然涙が止まらなくなる。
あ~今日も何にもしなかった、申し訳ないと。

食欲もがくんと落ちた。
朝は吐き気で食べられず、昼はヨーグルト1カップ、夜は普通の8分くらい

それで膀胱炎は相変わらずなのでもう、自分が自分じゃなくなってると自覚していた。
インターネット上の「うつ病チェック」なんかやると「すぐに医師に相談!」がでていた。

ということで、心療内科にかかることにした。
ところが、今の時代、皆病んでいるのかすぐにみてくれるといってくれたところは1軒。
本命は2週間後といわれたのでとりあえずすぐ見てくれるところへ向かった。
私が担当したのはWEBアプリケーションと呼ばれるものだ。
このアメブロもその一種。
こんなたとえばブログのようなものを部署内で立ち上げて仕事の効率化を図るという話だった。
実際はどの程度役に立ったかは分からないが、最終的には300人以上が利用する巨大サイトになり
社長賞もいただいたとか。

これに影響されたのか、似たようなシステムがわが社にも発注され、私はブリッジSE(橋渡し)兼PGの仕事もこなしたり、予算の関係で…と、納期が迫る中休日出勤を客先で一人したり…と、ハードだけど楽しい日々を送っていた。
手伝いにきたものの、作るシステムの仕様書が無い。
まあよくあることだ。
1時間程度ヒアリングをして何を作りたいのかを把握した。

デモ版があるとのことでちょっと触ってみたりもした。

たった一人の担当者は、「本番はデータベースと連結させるつもりだが、そういうのを作ったことが無いからどうしていいかわからない」という。
私はその辺は慣れている。ただ、1年前に作ったASPではなく今回はASP.NETというものでつくるので
その辺の作法のようなものや言語の違いをさっさと切り替えて対応しないといけない。
とにかく、参考になる本が1冊は必要だ。
その日はさっさと退社して本屋へ駆け込んだ。

探し、探し、やっとのことで私がやりたいことが書いてある本を見つけた。
これでシステムができる…。勝ったも同然。って何にだ?ASP.NSTにだ。
「うつ病30代さん、職務経歴書読ませてもらったんだけどWEBのこと詳しいんだって?」といきなり。
私は「まあ1年くらい前の話ですけど」と答えました。
ちょうど私が職務経歴書に書いたのは出始めのASPという動的にページを作成する技術。
お話をいただいたときにはすでに古い物になってきていました。

「うちの部署でもなんかそんなことやってる人が一人いるんだけど、パワーが足りないので
そっちを手伝ってもらえませんかね?」と。

私は、YESとしか答えられません。
「ただし、今まで作ったシステムの方で不具合が出たらそのときはそっちも手伝いますけどいいですか?」
とだけ念をおして。

そしてなぞの部署へ異動になったのです。
私が常駐したのは、大手メーカーの工場で、敷地はかなり広く、駅から遠い…
そんなところでした。
既にわが社から3名の男性が常駐しているから何か困ったら助けてくれると。

実際、行ってみると全員作業着を着用していて(中には営業さんがスーツ姿でちらほら)、
大手というだけあって大量の若い派遣さんが働いていて、女性社員が多い会社でした。
そんな中、私の仕事は当初、業務の効率化と称して単純作業を延々とこなしている派遣さんの仕事を体験し、
その中でシステム化できるところを切り出して、システムを作るということをやっていました。
あのころはとてもSEとしてやりがいがあったと思います。
遅くまで残って作っていても、「これができたらXX時間の削減だ!」と考えるだけで嬉しく
また、実際に作ったものを目の前で使ってくれて感想をもらえるので、創意工夫ができました。
こういう形態で働くSEって幸せだよな~なんて思っていました。

そうこうしているうちに、客先の上司の上司に呼ばれることになりました。
私は当時お付き合いしていた人(今の夫)と遠距離恋愛をしていました。
私が北海道で夫が関東でした。

遠距離が1年を過ぎたころ、新しいプロジェクトにアサインされることになりました。
そのプロジェクトはある意味社運をかけたもので、
技術者として、抜擢された私をよく知る先輩が私も引き抜いてくださり
北海道の支社から数名参加することになったのです。

ある程度軌道に乗るまでということで半年、都内の本社で働きました。
住居はウイークリーマンション→レオパレス21という変遷(レオパレスの方が安いという理由で)
をたどりましたが、
それらによって私は東京で仕事をする自信やら、通勤地獄の不安解消をして、
これだったら彼の元に来て本社で仕事をすることも無理じゃないと思ったのです。

ちなみに、このプロジェクトは私が参加している期間は不発に終わり
でも細々と続いていたようで4年ほど経ったころ
(これは後ほど書きますが、うつにより休職し、復職したときにアサインされたのがこのプロジェクト関係でした)
も続いていました。

ということで、私としては(本社勤務の転勤扱いで)関東へ行きたいと、上司にお願いしたのです。
ところが、上司から返ってきた言葉は「客先常駐」というものでした。
SEの方ならどなたでも分かると思いますが、ちょっと補足。

「客先常駐」とは
わが社で作ったり提案して導入してもらったシステムの面倒をみたり、
ハケンのような感じで常にいてくれるSEさん
です。
私は2006年1月から体調を崩して同年4月に心療内科へ駆け込み、うつ病と診断されました。
今でもまだ治っていません。
どうしてこんなに長引いているのか、経過はどうだったのか、治療は適切なのか?何か別の手はないのか?
など客観視するためにも、そして同病で苦しんでいる方の励ましになればと思い、
記録していこうと思います。