昨日から落ち込んでる。
昼間ではまあまあだったのに。

原因として思い当たるのは昨日、今日とワイドショーでやっている東京の保育園児(のどに器具をつけている)の通園許可ネタ。

未来があるから(可能性が広がって)良かった→私にはもう可能性なんてないし、何の役にも立たない→生きているのは地球環境のためにも良くない(水の消費やらCO2出すし)→じゃあ答えは1つ

という、論理展開でぐったり。
昨日はそこまで明確な展開ではなくて、じわじわぼんやりと悲しい気持ちがいっぱいになってきて、それがしんどくて9時前には薬の力を借りて寝てしまった。

でも今日ははっきりと上に書いた発想が自分に向かってきている。逃げるのか、立ち向かうのか、負けるのか。

明日はクリニックだし、あさっては結婚パーティーで東京。
あさってまでには復活しないとまずいんだけど大丈夫かなぁ。
金曜はメンタルクリニック第二回目。

初回は1時間くらい取ってもらえたけど、2回目からは15分という話を前回聞いていた。それでも15分って長いよな~と。
今まで何分くらいの診察だったんだろうと振り返っても、たいていは5分~10分くらいだったような。
だから、そんなに長い時間、医師と何を話したらいいんだ?とか考えながらも、微調整分(前の人が長かったから次の私は短めとか)で実際は10分くらいかな?なんてぼんやりと出かけていった。

実際は次の時間帯に予約が入っていなかったのか30分近く診察。
話も、私:医師=4:6くらい。
ポンポンと話す人間が入れ替わる訳ではないけど、私が数分話して、医師がそれに対して私の言ったことについての私の話した内容を確認し、それからアドバイスや意見をくれるというパターン。
そういえば大学で受けた教職免許用の講義(心理系の講義だったかは不明)で、カウンセリングの基本みたいなのをちょっと聞いた記憶があって、それに似てるな~と、今頃気づいたり。

この2週間で落ち込みが一番ひどかったのは、母から手紙がきて、その内容が・・・とか話した。
そもそも私と母は長いこと一緒に住んでない(15で私は実家を離れた)訳で・・・とか、母が私に言ってくることが私が期待していることと違っていたりずれた言動があっても、今までほとんど指摘することなく来てしまったことを話す。
今までは、そういうときには私が折れたり、聞き流していて、指摘して修正してもらう事はあまり無かったと。

それについて医師は
「今は結婚して別世帯な訳だからご主人と信頼関係が出来ていて、ちゃんと自分の思っていることを伝えられているようだから大丈夫。
ただし、母親に自分の本当の気持ちを伝えられないことがあることで、ストレスになったり、あるいはそれ以外の人にも同様に伝えられなくて余計にストレスを抱えてしまうかもしれない。」と。
そして、
「人に自分の本当の気持ちを伝えるというのは、まあ限られた相手にしかできないし、また伝えたことで自分も傷つくことがあるけれども、ここであれば少なくともあなたが傷つくことはありませんので、遠慮なく話してください。」
と言われて終了。

クリニックを出て、近くのスタバでホットミルクを飲みながらじんわりと、「4件目にして当たり?」とか思ったわけです。
インターネットで検索して探してみた。
なるべく評判のいいところ。

一番よさそうなところは新患は受け付けていないと言われてしまった。
2番目によさそうなところへかけると、ちょうど空きができたから10日後くらいにみてもらえることに。
受付のTEL対応だけでもなんだかとっても落ち着いていて、ここならきっと大丈夫と思えた。

実際に行ってみると。
普通は予備問診があるのに、いきなりの診察。
それもいろいろ聞いてくれて、聞き上手というか、そんな感じで。
もちろん夫も診察室へ入れてくれた。
夫からみてどうかなども質問されたり。

最初に言われてはいたけれども本当に1時間の診察でした。
でも全然時間の長さは感じなかった。
必要なことを必要なだけ話したらそうなったって感じ。
昨日、メンタルクリニックの診察日でした。
前回の診察時に感じた違和感や院の方針に対する疑問が
さらにふくらみ、精神状態も限界になってしまいました。

クリニックへ付き添ってくれたダンナと診療後、
デパートのレストラン街のイタ飯屋(結構お洒落だった)
でランチを食べながら、作戦会議。
私は食欲も無く、めそめそ泣いている。
ダンナは私の話を聞いて、医師に対して怒っている

この図、傍から見たら別れ話だよな
とダンナが笑った。
そうだね、と私もつられて笑う。

忘れられないランチになりそうだ。
元気になったら、またあのお店に行こう。


ちなみに、このとき不安感や、悲しさが強いって言ったらデプロメール1日200ミリにされました。
さすがに200飲むと一瞬くらっとくるね。
3日目で150ミリに自主的に戻したけど。
今日もダンナの出勤後、ベッドへ戻りうつうつしていました。
昼頃ドアのチャイムが鳴ったけど、
一度は条件反射的に起き上がって出ようとしたけど
ひどい顔だし、格好だし、無理して対応すること無いかな
と思い直して、無視することに。

お昼はバナナとパンで。

その後もネットでニュースを見て
そうしているうちにまたうつうつしてきて
午前の行動に戻る。

で、今ようやく活動開始しようかなと
考え始めているところです。
やらないといけないことは

・魚焼きグリルを洗う
・ゴミ箱を水洗いする
・ダンナに頼まれた荷物をコンビニから発送する
・今後の食事の材料を購入する

です。
こんな日記書いているなら、さっさとやれよ
と思ってしまいますが、その通りですね、はい。

明日はメンタルクリニック。
今から憂鬱だ。
病院へ行く時のメモに使えたら楽かもと思って
暗いネタもそのまま書いていこうと思います。
引越し前はちゃんと手帳にメモしてたんだけどなぁ。

今日は札幌支社へ顔出し(上司と軽い面談)してきました。
15~20分くらいかな。
唯一事務を担当している女性(Tさん)が急遽お休みしてしまった
そうで、事務手続きは郵送になりそうです。

昨日から支社へ顔出しするのはすごく怖くて
(思ったより元気そうね→さっさと復帰しろよ とか悪い解釈をしてしまうため)
夜は眠剤を飲んで寝たくらい。

朝も6時には緊張から目が覚めてしまい、
ぼーっとしていると余計なことを考えるのでダンナの弁当つくりをする。
そうこうしているうち、ダンナが起きてきたので朝食にして
私もつられて少し食べる。

ダンナが出勤した後、不安と頭痛で支社へ行くまでの1時間強を横になって過ごす。
でも全然よくならない。

ブルーな気分満タンで、約束時間より10分以上遅れて支社到着。

世間話(「引越しは片付いた?」とか「こっちでもう病院かかってるの?」とか)の後、復職プランの話になる。
うちの会社では復職時の勤務時間の決まりみたいなものが無いそうなので、医者から提案してもらえると助かるとのこと。
数時間勤務からはじめるのがいいんじゃないかと言われました。

いよいよ10月の復帰が迫ってきて、
そのプレッシャーに押しつぶされそうです。
今週は特に調子が悪いせいもあり、
「毎日同じ時間に会社へ行くこと」は自分には不可能に思えてくるくらいです。

帰宅後、相変わらず「死」について考え、
このままでは本当にまずいと、かろうじて残っていた理性によって
不眠時の頓服(睡眠導入剤)を飲み、
先ほどまで寝ていました。

一番ひどかった頃よりは良くなってる?
今は回復の何合目?
考えて見ますが、ここ2日は休職前の辛さに匹敵するくらい
不安定だと自分では感じています。
ダンナが今日から出勤し、また以前のように一人っきりの時間
が増えました。
今日は初出社日だからと、私も気合を入れて朝おきて
朝食を作り一緒に食べ
玄関でお見送りをするという完璧な妻をやってみました。

気が張っていたのかその後も、洗濯機をまわしたり。

でもなんとなく、洗濯物を干しているあたりから
気分が悪くなってきて
干し終わると同時にベッドへ戻ってしまいました。

いやな夢をたくさんみて、新聞屋さんの訪問で目が覚めました。
契約の景品(商品券とゴミ袋)をもらい、少々ネットをチェック。

その後、強烈な絶望感と、
そこから逃れる方法を考えているうちにますます悲しくなり
これはもう寝るしかないとあきらめ
途中、通販が届いたので対応した以外はつい先ほどまで
ベッドの中で過ごしました。

ここまで下落した理由は、自分でも不思議なんだけど
Yahooニュースで見た「おじゃる丸作者自殺」。
別に私はおじゃる丸は見ていないし
(キャラクターはかわいいと思う程度)
作者への思い入れも全然無く
ただ、「『仕事ができない』という遺書があった」
という部分に異常に反応したのだと、
あれから何時間も経って、ちょっと落ち着いた今、そう思うのです。

なんでもない人からみると、馬鹿げているように見えるだろうけど
どうにも止められないことが、こんな風にあるわけです。

明日は自社に顔出しすることになっています。
住所変更の手続きやら、近況報告になるのではないか
と思っていますが、なんとなく怖いです。
引越し前にかかっていた病院から紹介してもらったところへ
ちょっと早いけど行って来ました。

医師同士が知り合いだとは、紹介時に聞いていたけど
どのような間柄なのかは聞いていなかった。
今日、新しい医師に聞いてみると、医局の先輩後輩らしい。
ちなみに東大の医局だそうな。へぇ。

で、かかってみた感想。
この医者とは早くオサラバしたい。
絶対早く治してやる!

こんなに怒りの気持ちを感じたのは久しぶりです。
でも、怒る元気が出てきたというのはいいことです。
今は怒りのピークが過ぎて、エネルギーが切れてぼんやりしてます。

って当時の日記にはある。
ここで初めて入眠障害がでてきて、レンドルミンが処方されました。
ああ、いやなところだった
私の病気とは関係なく、夫は夫で人生の身の振り方を考えていたらしい。
現在の会社だとプロジェクトごとに客先が変わり、スキルアップできないような気がする…と、相談された。
「転職してもいいんじゃない?」の私の言葉が先か後かは分からないが転職活動を始めた。

それなりのキャリアがある夫はあっという間に本命企業の最終面接までたどりついた。
そこで、わが夫、人のいいぶりが発揮されるのだ。
「直属の上司」にそのことを告白したのである。
もちろん上司は慰留するように説得したらしい。
でも多分言葉だけではダメだと判断したのだろう、転勤という手を使ってきた。

「札幌転勤」
突然と言えば突然。
でも、夫の会社の本社は札幌で、関東にいるひとのほとんどは北海道へ帰りたいと思っているらしい。
でも仕事の量は関東の方があるのでどうしても転勤で関東へくることはあっても、逆はほとんどない。
なのに、北海道へ帰れる。会社としては精一杯の待遇な訳だ。

そこで夫は考えた(らしい)
札幌に戻ったらこの関東よりも静かだし、私の実家にも近くなるし
もし復職するなら慣れた札幌での方がいいのではないか、と。

で、転勤を引き受け、面接を断ったわけです。
ということで、急遽引越しすることになり、手伝ってくれる親も北海道だし、
なんちゃって主婦の私は具合悪いしで、らくらくパックで引っ越しました。

あれ、すごい勢いで片付いていくのね。
入れるのは早くていい。
ただ、開ける時、間取りが違う(収納関係)と「これどこに入れますか~」とか聞かれまくって疲れる(らしい)
私は引越しに関しては不用品を捨てるくらいしかしないで、あとはすべて夫任せ。
っていうかそんなパワーはうつ病患者にはありませんから。

で、休職期間は引越しで疲れるだろうからと、主治医が1ヶ月延ばしてくれました。
病院へ通いながら、仕事にも行き、でも仕事は無く…というのが
どれだけしんどいか想像するのは難しいだろう。

でもとにかく行ってもすることが無いのに会社へ行くのはもう精神的に限界だった。
医師に相談したら「休職しましょ」とあっさり。
「2ヶ月の休職」という診断書をもらう。

私の場合、立場としてはとある会社の正社員だけれども、その会社では働いておらず
客先で働いて、指示もそちらで出されているという、客からみると「派遣社員」だったので
とりあえず3ヶ月おきに更新される派遣の更新を次回はせず、それまでは有給を利用して休む。
ということに。

ということは、復帰は客先ではなく本社なわけですな…などと
ぼんや~り考えながら休職に入りました。