* 病気そのものがもたらす苦しみ
* その苦しみを家族にも友人にもわかってもらえない苦しみ
* しかも家族や友人を含む他者に伝えられない苦しみ
* そして社会的な差別や偏見に晒されて生きなくてはいけない苦しみ

周りにうつや統合失調症の方がいらっしゃる方、
覚えておいて下さると、嬉しいです。
とある精神科の医師ブログより引用

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精神科病院に入院したことがある人はわかると思うが、このブログを見ているほとんどの人は、精神科の閉鎖病棟がどんなものか知らないと思う。閉鎖 病棟はその広い病棟の入口のドアに鍵がかかっているだけで、その中に入ってしまえば、普通の病棟とはなんらかわりがない。個々の部屋には全く鍵はかけられ ていないのである(保護室を除く)。閉鎖病棟はかなり重度の人ばかり入院しているように見えるが、実際はそれほどではない人もいる。


閉鎖病棟で処遇せざるを得ない人たち

①病識がなく入院の必要性も理解できず、開放病棟では外に出て行きかねない人。(入院に同意していない統合失調症患者や認知症の人)

②入院の必要性は理解できるが、開放病棟だと衝動が抑えられない人。(衝動とはいろいろなものが入る。過食、飲酒、万引きなど)

③自殺企図の恐れがある人。

④閉鎖病棟に是非入院したいと言う人。

ざっと、思いつくのを挙げてみた。特に一般人に理解できないと思われるのは④。これはひょっとすると国もよくわかっていないような気がする。原 則、任意入院は開放病棟で処遇すべきとされているが、閉鎖が良いという患者さんもあんがいいる。彼らによれば、閉鎖病棟は安心できるんだと言う。なぜ安心 できるかというと、簡単に病棟に入って来れないから。誰が入ってこないかは、人により異なる。身の安全が確保できるので開放病棟より安心して過ごせるので ある。なぜ、このような感覚になるかと言うと、いわゆる自我障害症状と関係が深い。もちろん幻覚妄想も十分に関係している。同じように症状があっても、一 部の人は閉鎖を嫌いながらそこで療養し、一方、閉鎖病棟を好んで療養している人たちもいる。やはり精神科閉鎖病棟は、ちょっと不思議な空間だと思うのであ る。

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実は私も④だった。
私が入院していた病院はかなり大規模なところで(450床くらい)、さまざまなタイプの病棟があった。その中で、入院したら必ず最初に入る閉鎖病棟(ここで病気の程度やらを判断して適切な病棟へ振り分けるという役目をしている)に、1度目の入院では無条件でずっと居た。
その最初に入る病棟、「1病棟」と呼ばれる、その病棟は大体1ヶ月程度の様子見をする所で、1度目の入院はぴったり4週間の入院だったため、移動することなく終ったのだ。

ところが、2度目の入院は「しっかり治そう」ということで腰をすえて結果的には5ヶ月もいた。
当然、1ヶ月が過ぎようとするころには移動の話が医師からでてきた。
「症状も安定してきているし、開放病棟へ移ってはどうか」と。
私は断固拒んだ。
ここがいいと。
確かに開放病棟は、なんだか自由そうなイメージがあるが、私は怖かったのである。
いつどんな「訳の分からない人」が近づいてくるかもしれない場所は、とにかく怖かった。
また、開放病棟は長患いしている人が多く、平均年齢も高かった。
それらに比べ、私がいた1病棟は入れ替わりは激しいが、中にはずっとここがいいと言って残っている人もいたし、若い患者が比較的多いのが良かった。
そしてブログにもあるとおり、「身の安全を確保できる」という最高のポイントがあった。
症状が酷い人は閉鎖病棟の中の「保護室」にいて、昼間は部屋から出てくることも場合によっては(一時的に安定しているとか)あったが、夕方を過ぎると部屋の鍵をかけられていた。
私にとってはこの上ない安全地帯である。
周りに居るのは症状が保護室へ入る必要の無い程度の人ばかりである。

そんなこともあり特例というほど珍しくは無かったが、5ヶ月もの間、閉鎖病棟に居たのである。

今度、入院するとしたら…やっぱり閉鎖がいいと思うのだろうか。
だいぶ病状は安定してきている今、ふとそんなことを考えてしまった。

ちなみに、どのくらい安定してきたかというと「薬の整理ができる程度になってきた」くらい。
複数錠飲んでいた薬を減らしてきている。
まあ、実際にはその薬が効いていない(耐性がついてしまったらしい)から減らして、別の薬を増やしているということなのだが。
え?それはまだ安定してない(笑)?
ふと、久しぶりに大好きな川村結花のHPをみた。
ブログをながめてふと止まった。

タイトルは「もうすぐ桜」
日付は2008/3/20
全文引用させてもらう。
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いつまでも悲しんでいてはいけない、
なんて、少しも思わない。
いつまでもわたしは悲しむと思う。

けれど、
そのことと、
今ここに自分が立っていることとは別。
ーそう思おうとしながら歩いている、
というのが実情です。

あれから、悲しみが深まるほどに
それと同時に
心が透明になって行く感覚があり
自分の曲からの引用ではありますが
丁寧に生きて行こう、という思いに
ずっと包まれています。とても静かな思いです。

しかしながら、
聴くもの見るもの触れるものによって
時に、心がさらわれてしまい
そんなときはもう涙に暮れてしまうのですが
泣きながらもその後しばらくすると
先述の静かな思いに到達し
そうすると、また、落ち着きを取り戻します。

また、誰もがこんな思いを経て、抱いて、
日々暮らしているのかと思うとき、
人へのいとおしさのようなものが込み上げます。

よしなし書きでごめんなさい。

冒頭にも書きましたが、
今の気持ちを越えて行こうとは思いません。
けれどわたしはそんな思いを抱きしめつつ
緩やかながらも歩いています。
いつまでも更新しないのは気懸かりでもありー。
だから、もう次からは普段通りに書いて行くつもりです。
春分の日を境に。もう春なんだなぁ。
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この文章が書かれた前、彼女のお父様が亡くなり、
親交のあった上田現さん(ミュージシャン)が亡くなった。
そして、この文章が書かれた頃、私は精神病院の閉鎖病棟にいた。

悲しい気持ち。
いろんな種類があると思う。
私の場合ここ数年は病的な悲しさばかりだけれど、
彼女の曲(歌詞)に共感したり励まさりしてきたところもある。

いつか私の親も亡くなるだろうし、大切な人を亡くすこともあるだろう。
そのとき、どんな種類の悲しみが襲ってくるのか分からないけれども
残された私は「丁寧に生きていこう」と思いたい。
昨日3軒目を受診。
その後、どのクリニックにするかを夫と相談するために近くの喫茶店へ入る。

3軒目のところは、かなり積極的な薬物治療をするようだった。
うつ暦2年を超えていて、いわゆる「遷延」状態なので、現在服用している抗うつ剤をSSRIから3環系に変更するとか、そんな話も出た。

薬の変更については異議なしなのだが(それでよくなるのなら)、
その医師は紙のカルテではなくPCで、
キーボードの入力がめちゃめちゃ遅い。
見ていていらいらする(笑)。

結局3軒巡って、特別いい!というところはなかったのだけど
まあまあなところということで2軒目のクリニックへ決定。

前の医師と知り合いというのも、なんとなくプラスに働いたかな。
あとは同じフロアに婦人科が入っていてピルの処方をしてくれるので、
1度の外出で2つのクリニックをはしごできるというところがいいかなと。

薬の変更は、おいおい様子を見て、場合によってはこちらから医師に相談すればいいわけだしね。
今日は2軒目の病院受診。
いままでかかっていたクリニックの先生と同じ大学出身なのは知っていたが、
年も近いようで、一時期一緒に働いていたという。

「○○先生の診療はどんな感じでしたか?」と聞かれ
「持ち時間が15分なのに、調子が悪いときは30分とか話を聞いてくれて、受付から催促がよくきていました」
というと、
「あ~、あの先生はそうなんですよ」と。

「僕のところではそういうことできないですが(持ち時間は15分)」
と言われ、全体的に早口な感じだった。

それでも、薬の話は、しっかりアドバイスしてもらったし、
最近は精神的に安定傾向にあるので、15分でもいいかと思ったり。
ひどく不安定になったら、多少は融通してくれるかもしれない…
まあ、最低限の時間のプラスアルファだろうけど。

夫は割りといい評価を下したが、私はどうも医師の顔(口ひげ)が嫌いなのと、
駅からの距離が(徒歩8分程度)ひっかかり、まだ決断ならず。

明日は今のところの最終候補、駅の近くのクリニック。
さて、どうなることやら。
めぼしをつけておいたクリニック3軒のうち、
今日とりあえず1軒目行ってみた。
う~ん、いまいち。
軽めの人にはいいんだろうけど、ちょっと私の紹介状にあった病歴をみてひきぎみだったし。

明日も別のところへ行ってきます。
いい先生だといいなぁ。
(今までの医師と比べてしまうのは良くないのか?)
今度は転職です。わが夫。
勤務地は都内。なので関東へ逆戻りです。
病院さがさないと。
GW前の4/24に無事退院しました。
心配してくださっていた皆様、私は無事です!(笑)

まだ退院した実感がない(外泊中な気分)ですが、退院時にいろんな方にいわれた
・がんばらない
・決まりごとはつくらない
ように、のんびりといこうかと思っています。

1日違いで退院した、仲良しになったKさん(48歳)とは連絡先も交換して、彼女から先日早速TELがあって嬉しかったです。
なんであんなに嬉しかったのかなと考えたら、あの特殊な環境を共有した「戦友」のように思えるのです。

そうだな、あそこは戦場だったな。
そう今思います
何が違うって、担当の看護士。
今度は当たりだった。男性ペア。
不安や心配なことをきちんと聞いてくれる。
前の看護士はそんなこと聞いてくれなかったからね。
ちなみに前回の担当は産休でいないの、それもうれしい。

今度はとことんやりつくして治して退院しようと誓ったので
OTにも行くし、何でもやるぞ~。だった。
でも夜とか暇だからポータブルDVDプレーヤー買ってもらっちゃった。
それで「水曜どうでしょう」とかみてる精神科入院患者。

部屋は一度自分から移動させてもらった以外はずっと同じ真ん中らへんの2人部屋。
同室の人は何度か変わったけどどの人とも交流は持たないようにしていた。
向こうからきたら別だけど。

入院中はそれでも暇だったのでしょっちゅう外出してたな。
歩いて20分くらいかかる最寄のスーパーとか、1時間くらいかかるジャスコとか。
寒いのに、雪道をひたすら歩くんだ。

退院した後ぶり返したら怖いことを看護士さんに相談したら
調子がいいときに「調子が悪くなった自分への手紙」をノートに書くといいと言われてやってみた。
あまり沢山のことはかけなかったけど、今でも時々みてしまう。
役に立ってるな~。
かれこれ入院してから4ヶ月になろうとしている今日この頃。
月曜から明日までの予定でリハビリ外泊中。
昼間、一人ですごしても平気かどうか(具合悪くならないか)を何度か試している訳です。

前回ぶり返したときには一人で家にいることが辛くなったからね。

今の私は、担当医からの「具合が悪くなったら帰って来ていいからね」という言葉がお守りになっていて、正直今退院したらまた具合悪くならないかなとか考えてしまうレベルなのです。


という病状もあって、会社を辞めることになりました。
退職の挨拶に行くことなく、会社への返却物は郵送し、会社にあった私物は自宅に送ってもらうという形で。
とうとう無職になってしまいました。

あと、4月からスポーツクラブに入会しました。
多分退院までそう遠くないし、リハビリで週に数日外泊で戻って来ているし、入会金無料キャンペーン中だったので。
入院で増えた体重約20kgを減らすべく、足腰への負担を考えてプールでのエクササイズやら泳ぎ(かなづちなのでレッスン受ける)でどこまで戻せるのかまずはチャレンジ。
戻さないと健康上にもよろしくないからねぇ。


今日会社へ返却物を郵送したので、しがらみが取れて安心したような、でも悲しいような、だけどもこれが一番私にとってよい選択肢だと信じて、まずは体重を落とすことに集中(笑)していこうかなと思ってます。