最近、よく思うことがある。
それは、ネットとリアルの境界がなくなっている人が多いんじゃないかということだ。
ネットで悪口を言っている人が、必ずしもリアルでも人の悪口ばかり言っているとは限らない。
むしろ、ネットではかなり攻撃的なことを書いているのに、リアルでは普通に人と接している人も案外多いと思う。
そもそも、僕たちは場所によって少しずつ振る舞いが変わる。
家族と話しているときの自分。
友達と話しているときの自分。
公共の場にいるときの自分。
そして、ネットにいるときの自分。
全部「自分」ではあるけれど、全部が同じ性格というわけではない。
だから、「ネットで悪口を言っている=リアルでも同じ人間」と決めつけるのは少し違うんじゃないかと思う。
これはネットとリアルを完全に切り離せという話ではない。
どちらにも、それぞれの「場所に合った振る舞い」があることを理解する必要があるという話だ。
ネットのノリをリアルに持ち込んでいいのか
最近あった出来事を見ていても、そう感じることがある。
8月10日で大勢でカウントダウンをして近所に迷惑をかけたり、某先輩の真似をして大声で叫んだりする。
ネットでは「面白いノリ」で済んでいたものが、リアルに持ち込まれた瞬間、周りの人にとってはただの迷惑になってしまうことがある。
ネットでは、画面の向こう側にいる人たちだけで共有されていた空気がある。
でも、リアルにはその空気を共有していない人もいる。
だからこそ、ネットのノリをそのまま現実へ持ってくるのではなく、場所に合わせて考える必要があると思う。
これはVTuberにも少し当てはまると思っている。
VTuberがリアルのイベントやスポーツなどに出演すること自体が悪いと言いたいわけではない。
ただ、VTuberは「バーチャルYouTuber」であり、ネットという場所があって初めて成立した文化でもある。
だからこそ、ネット上にある独特の空気感と、現実世界の空気感には違いがあると思う。
WBCや始球式など、リアルの大きな舞台にVTuberが登場することについて、ファンの中にも少し戸惑いを感じた人はいたと思う。
もしかすると、これは僕たち見る側の理解が足りないだけなのかもしれない。
それでも、僕はVTuberという文化には、ネットだからこそ成立している部分があると思っている。
ネットの文化をリアルに持っていくのであれば、そこにはネットとは違うルールや空気があることを理解する必要があるんじゃないだろうか。
ネットはリアルほど「綺麗」な世界ではない
そして、もう一つ大きな違いがある。
ネットは、リアルよりもずっと多くの人の本音や悪意が見えてしまう場所だ。
誹謗中傷、馬鹿にする投稿、陰口だってある。
もちろん、誹謗中傷はしてはいけない。
そこは間違いない。
ただ、ネットにはそういうものが当たり前にあるという現実も理解しておく必要があると思う。
リアルでも悪口はある。
でも、悪口は本人に届かないことが多い。
一方でネットでは、本人が検索したり、偶然目に入ったりすることで、その言葉が直接本人に届いてしまうことがある。
だからネットでは、リアルより危険な部分がある。
ネット上の誹謗中傷や炎上などをきっかけに、深く傷つき、命を失ってしまった人もいる。
それなのに、ネットがリアルと似たような場所だと思ったまま、自分のことを発信し、誹謗中傷されてしまう人もいる。
これは、ネットとリアルの境界が曖昧になっていることにも原因があるのではないだろうか。
しっかりネットとリアルの境界があれば、救えた命もあったかもしれない。
例えば、スリが多い国に行って財布を盗まれたとしても、盗んだ人が悪い。
しかし同時に、「そこはスリが多い場所だった」という現実を知っておくことも大切だ。
ネットもそれに近い部分があると思う。
ネットとリアルは、同じ世界ではない
これから先、ネットはもっと当たり前のものになっていく。
学校でも、仕事でも、娯楽でも、ネットとリアルが関わる場面はさらに増えていくだろう。
だからこそ、ネットとリアルの境界は今まで以上に曖昧になっていくと思う。
でも、だからといって、二つが完全に同じ世界になるわけではない。
ネットにはネットの文化があり、リアルにはリアルの文化がある。
ネットで許容されているノリが、リアルでも許容されるとは限らない。
リアルでの常識が、ネットでもそのまま通用するとも限らない。
僕は、これから必要なのは「ネットとリアルを完全に分けること」ではなく、「ネットとリアルにはそれぞれ違う場所としてのルールや空気がある」と理解することなんだと思う。
ネットとリアルの境界がなくなっていく時代だからこそ、その境界を意識する。
ネットとリアルは、どちらも自分が生きている場所ではある。
でも、同じ世界ではない。
そのことを忘れてしまったとき、世界は少しずつ壊れていくのかもしれないと思っている。