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ザ・戯言

第5章 ~社畜街道まっしぐら~

タイトルの「心の時代」っていうのは一昨年の終わりか昨年の初めくらいから自分の中で感じている流れ。

上手く言語化できないんだけどそう感じる機会が多く、自分の中では確信めいたものがある。

これまではお金儲けを目指しての成功が最短であったのに対して、正しい心の持ち方をし、善き行いをする、そして努力を継続することで成功へつながるというようなイメージ。

平成から令和へ変わり時代も新たになり、金儲けの追求から豊かな心の追求へとパラダイムシフトが起きてるような感覚。

自分自身もお金への執着を捨て、心の持ち方を正し、日々の行いを見直し続ける必要がある。

誰かを喜ばせたり、感動させたり、困っている人を助けることに人生を捧げ、喜びを見出すようなイメージ?

その結果として求めずとも経済的な成功にも繋がるような気がしてる。

コミットするのは売上や利益に対してではなく、顧客など相手の幸せ・喜びに対してである、という発想の転換をすべきなのかなと。

もちろんビジネス上はバランスが大事ではあるし、顧客のためにってそんなことは昔からそうではあるんだけど、なんというか今の時代はその傾向がより顕著になってきているしこれからさらにそれが加速するように感じて仕方ない。

うーん、まとまらないけどすごく大事なことだと思うのでブログにいつものごとく備忘録として投稿。
いつものごとく自分用の備忘録の書き殴り。

タイトルの通り、「知っている」と「できる」の違いについて。

これはもともと天と地ほども差があると耳が腐るほど聞いているけれども、"走る"ことに置き換えると分かりやすいと思った。

早く走るための方法とは、「早く足を動かすこと」と「遠くまで足を動かすこと」である。
※短距離走の話

それは単純明快であり、かなり抽象化された方法論。

これを知っていたからといって、誰もが早く走れるわけではない。

じゃあ、「早く足を動かす」ためには何が必要か、どういう筋肉が重要か、そのためにはどんなトレーニングが効果的か、どんな食事が望ましいか…考えられることは山ほどある。

でも、1ヶ月かけてそれを学んだからといって早く走れるわけではない。

一方、早く走りたくて1ヶ月実際に走り続けてみて、その上で、もっと早く走れるようになるには自分のどこを直したらいいかなぁと考えた人がいたとする。

この人の場合、もっと効率的なやり方もあったように思う。

でも、実際に1ヶ月後により早く走れるのはどっちかと聞かれれば、もちろん後者の方に違いない。

これは何事にも言えることで、ノウハウを集めるよりも最低限できるようになったら、後はやりながら考えるべきということ。

何も考えずやるべきではないけど、知識を集めるだけで実際に行動に移せないくらいなら、何も考えずにやる方がまだマシ。

行動することで自分に足りないもの、自分に合う練習方法=やり方とかが見えてくる。

やり方よりもやってみた振り返りの方が尊い。

つまり、できなくてもやってみる、やってみた結果をみて考えるようにしようという話。

行動継続のための習慣化の方法に具体的に落とし込めれば良い循環は徐々に作り出されていく。

はず。

自分用の備忘録として久々にブログ更新。

 

今自分ががんばろうと思ってる分野で成功してる先人のブログとかを見てふと思い立ったので書いてみることにした。

 

成果を上げるためにはとにかく行動を起こすことが重要なのは間違いない。

 

自分の場合は腰が重いので行動力がほしいというのが一つ悩みでもあるんだけど、始めてからは色々とがんばって相対的な成果は出せる方だと自負してた。

 

けどなんとなく考えてはいるものの、感覚的に取り組む部分が大きいから、成果を出すまでに時間がかかったり、一定の成果を上げても爆発的な成果までは残すのが難しいのが現状かもしれない。

 

そこで(先人のブログを読み漁ってて)ふと思ったけど、行動を始める前に仮説を立てて始めるべきだな、と。

 

PDCAって言葉はもちろん知ってるけど、仮説・実行・検証・改善ってひどく小難しい感じで実はあまりちゃんとできてなかった(たぶん感覚的・部分的にやってはいた)

 

でもそこまで難しく考えなくてもやれそうな気がしてきた。

 

仮説立ててから始めた方が軌道修正もしやすそうだし成果が出るまでの時間が短縮できそう。

 

何も考えずに始めてがむしゃらに頑張る中で気付きを得ることも大いにあるだろうし尊いとは思うけど、やっぱ効率的とは言えないし30代半ばにして何者にもなれていない自分ごときが何も考えず悠長にやっている場合ではない。

 

というわけでそのためにどうするか、というざっくり方法論を自分なりに今の考えとして記録。

 

①成果地点(目標)をはっきりさせる

 ⇒目指すべき成果(目標)がはっきりしないことには検証のしようがない。

  目標設定って難しくて苦手なんだけど、その取り組む分野において、自分がなりたい最終形の姿を想像して、それを大目標としたうえでそうなるためにはどんな要素が必要なのか、中目標、小目標へと落とし込んでいく感じなのかなー。

 

②仮説を立てる

 ⇒①で立てた目標に対して、どういう手法を用いることでその目標が達成できるのかを考える。

  もし企業の新商品とかだとここでリサーチとかが重要になってくると思うけど、個人的な場合にはそこまでする必要ないと(今のところは)思ってて、こうやったら達成できんじゃねえかなーってことを仮説として設定する。

 「こうやったら…」の部分が思いつかない場合にリサーチしたらいい。あ、でもやっぱ軽ーくくらいはリサーチした方がいいかな。しすぎないくらいで。リサーチが足りないということで実行に移せないのは本末転倒。

 

③実行する

 ⇒②で立てた仮説が合ってるかどうかを確かめるべく実行あるのみ!

  変なプライドとか恥も外聞もぜんぶ捨てて仮説検証のためだけに愚直に取り組むのがいい。

 

④検証する

 ⇒実行してから検証までの期間は取り組む分野によって違うと思う。

  自分が今やろうとしていることの場合は1か月~3か月区切りくらいのイメージ。

  仮説の通りにやって成果が出てないなら仮説の見直しが必要だし、そもそも仮説通りに実行できてないなら行動計画に無理があったということで見直しを図る。

 

⑤改善する

 ⇒検証の結果を受けて、再度仮説を立てる。

  どこが効果的だったか、どこが効果が薄かったのか、それもまた仮説として考えたうえで効果的な施策を伸ばして、効果の薄い施策を削ることでさらに仮説の振り返りの精度を高めていく。

 

 

ざっくりこんな感じ。

 

とはいえ実行なしには何も起こらないので、実行の妨げに繋がる部分は容赦なく切り捨てる。

 

考える力はあとからいくらでも養えるからやっぱ行動力ある人は最強だわ。

Nulbarichのライブに行ってきたけどすごく痺れた。

JQのMCは独特で天才肌を滲ませる感じがあるけど、すごく真っ直ぐで勇気づけられる。

結成わずか2年で11月には日本武道館でワンマン。

みんなと一緒に突っ走っていきたいってMCで言ってたけど、なんだろう、すごく本心で言ってる感じがして響いた。

11月まで突っ走って今やってることをスケールさせて武道館でまたJQを見たいな。

よし、突っ走る。

色々あって過去のブログを読んで懐かしんでいたんだけど、アメーバピグで知り合ってブログのコメント欄でも絡んだりしてたウリたんとかumettはんとか元気にしてるんだろうか・・・

 

久々にブログのぞいてみたけど二人とももう何年もブログ更新してないしなー。

 

おーい!ウリたん、umett、見てるー?元気にしてるかー?

 

てか不定期とはいえ何気に8年くらいブログ続けてるのってすごい気がしてきた。

 

この労力を何か別のことに費やしてれば今頃もっと大きな何かを得られてたかもしれない・・・

 

いやいや、いつだって“今”こそが最善の手を打てる一番早いとき!

グダグダ言ってねーでやることやれっつー話。

いつもの自分用備忘録。

評価は常に2軸で捉える必要がある。

自己評価と周囲からの第三者評価。

自己評価については意思決定までのプロセス、行動、結果、そのすべてを踏まえて決定される。

評価対象が広い分、結果に対しての重要度は下がるし、過程に対しての重要度も高くなる。

それに対して、第三者評価というのは、結果の重要度が非常に高い。

その第三者と自分との関係性が離れるほど結果の重要度は上がるため、関係性次第では過程は全く評価されない。

それを理解した上で、自己評価することがやっぱり大事。

人からは結果でしか評価されないと割り切り、自分の満足行く第三者評価を得られていないなら結果を得るための改善が必要である。
今話題の法名・千眼美子こと清水富美加。

前々からテレビで観てる時になんとなく違和感を覚えてて、もしかしてこの子ヤバい薬でもやってんじゃねえかなと思ってたんだけど…

やってたのは薬とは別の方向でヤバいやつだったね。

でも幸福の科学からしたら広報・宣伝効果よりメディアの取り上げ方によるマイナスイメージの方が強くて損してる気がするけど。

ま、どうでもいいわ。
つい今しがた久しぶりにできた彼女に一月足らずでフラれて傷心中。

まぁそれはいいんですよ、別に。

将来を見据えた付き合いができない縁なら早めに終わりにすべきだったと思うし、時間とお金の無駄にならなくてよかった。

もちろん落ち込んでるしすぐに相手を嫌いになったりするわけじゃないからやっぱ辛いのは辛いけど…

そして恋愛に関して新たなトラウマが刻まれてしまった。

今回も前回も旅行に行く話をして計画立てた後で破局してホテルとか色々キャンセルすることになってる。

もうこれ旅行が失恋フラグみたいになってて今度彼女できても旅行とか怖くて行きたくないんだけど…

そんな不安も吹き飛ばせるようなしっかりした関係を築ける相手を探そう。

あと備忘録的に今回の恋愛で得られた気付き。

・自分がどう思うかばかりじゃなく相手を楽しませることを意識すべき

・遠慮、気兼ね、卑屈は別れをもたらす原因

・本音で話して継続できない関係はもともと結婚には繋がらない縁、早めに見切りをつけるべき

・愛を知り、愛を他人に与えられる人を目指す

スナップマートCOOの木村優紀子さんがWantedlyに寄稿した『普通の一般的な26歳女性COOが持つ、ただ1つの”才能”とは』というエントリーを読んで感じたこと。

この方は東北大学の理学部を卒業してWEB専業広告代理店のオプトに新卒で入社し、その後転職活動をする中で2016年にスナップマートの代表の方と出会い、弱冠26歳ながら会社の立ち上げに参画されたとのこと。

投稿されたエントリー自体はまあまあ面白かったんだけど、違和感があったのはご自身の経歴を語る中の一部分。

同じ学部の95%の同期が大学院へ進学するという環境、そして地方の国立大学生の中ではメジャーな選択肢ではない、東京のベンチャー企業の広告代理店に入社した。」
と書かれているんだけど、ちょっと待って。

ここで書かれてる「東京のベンチャー企業の広告代理店」とはつまりオプトのこと。

オプトといえば日本有数のWEB専業代理店で、そりゃインターネット広告黎明期にはベンチャー企業扱いだったろうけど、彼女が入社した2013年4月の時点で既にかなりの大企業でJASDAQ上場済み、同じ2013年10月には東証一部に上場している。

「東北大学の理系からベンチャー企業に新卒入社」の方が経歴の聞こえ方はドラマチックだろうが、さすがにオプトをベンチャー企業扱いするのはめちゃくちゃ違和感がある。

自分は5年以上前にWEB広告界隈で働いてたけど、その頃には既にオプトは大手の位置付けでベンチャーと呼べるかどうか微妙なくらいだった。

とはいえベンチャー企業って明確な定義がないから、内部にいた本人がベンチャー企業だと言うなら間違ってないのかもしれない。

けど業界関係者がハタから聞くと「オプトがベンチャー…?」って違和感は少なからずあると思う。

何でもそうだけど細部が気になると本筋が頭に入って来ないからそういうのって気をつけないといけないなーって思ってる。

だから彼女のエントリーのこともオプトのこと以外あんまり覚えてない。

そんな深夜の与太話。
こないだの週末に神宮外苑で行われていた東京デザインウィークの展示作品から出火し、5歳の男の子が亡くなった件。

出火したのは学生作品で、木組みのジャングルジムのようなものの中におがくずを敷き詰めており、中で遊べるようになっていた。

作品の内側に設置されていた白熱電球が出火元と見られている。


散々言われてるけどさ、おがくず敷き詰めた木枠に裸の白熱電球ぶら下げとくなんて何かしらイベント運営したことある人からしたらまずあり得ないからね。

屋外イベントはあんまり関わったことないから知らないけど、通常はイベント実施前に消防に届け出を出して火の元になりそうな部分とかそれに対しての防火対策とか全部チェックしないといけない。

もし仮に同じもの屋内でやる場合に、これって普通に申請したら絶対NG出ると思うんだけど…

屋外だったからOKだったのかな?

いやー、いくら屋外でもおがくずに白熱電球はOK出ないわ。

たぶんだけど、これ虚偽申請してた可能性高いと思うんだよね。

ちなみに作品を制作したのは日本工業大学の工学部建築学科。

偏差値は37.5。

普通なら工学部建築学科であれば学生とは言え火事の危険性を考えないわけないと思うんだけど、偏差値37.5の世界が未知数すぎて何とも言えない…

偏差値30台って白紙回答でもしない限り取れないイメージだから、冗談抜きに名前書ければこの大学受かるんじゃね?

うーん、煽りじゃなくそんな大学に行く意味も存在意義も分からないからそこの学生とかも世界が違っててまったく想像つかない。

話の方向がずれたけど、まぁいずれにしても運営の責任が一番重いのはたしか。

イベントを運営する立場として安全への配慮が完全に欠けていたし杜撰としか言いようがない。

最終日の今日は当然中止になったけど、事故原因が運営の杜撰さにあるだけに来年はおそらく開催できないだろうし、それどころか今後東京デザインウィークの開催はもう無理かもね。

亡くなられた男の子は本当に可哀相だし、お父さんも気の毒でならないね…

細心の配慮どころではなく、普通の配慮さえあれば起きなかった事故なだけに悔やまれる。

今回の事故を省みて糞なイベント運営管理者が少しでも減ってくれることを祈るばかりです。