忙しくてだいぶサボってしまいました。これ人名ですよね・・・もう言うのも、めんどくせ



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72年突然現れた ”シンデレラ・ボーイ” ニール・リード が歌い日本でもベスト3に入る

大ヒットになりました。ボーイ・ソプラノの美しい響きが印象的な曲で

当時の日本の歌手も大ぜいカバーしていました。



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  リード君(といっても私と同世代)は、スコットランド生まれで

  9歳の時にクリスマス・パーティーで歌ったのがきっかけで

  クラブに招かれて歌うようになり、各方面から歌手として

  誘いが殺到するようになり、デッカ・レコードが目をつけ

  11歳の時に、この曲でデビューしたのです。




この曲の大ヒットにより、将来のスターを約束させられたかに見えましたが、

2年後に変声期と共に歌手をやめています。



      ボクのママ、どんなわがままも聞いてくれたママ

      ママありがとう、ボクの大好きなママ



以下ウンヌンカンヌン、ママをこれ以上ないほど持ち上げている歌詞ですが、

こんなに褒められたママって誰かいなと思って調べましたら、

作者の ビル・パーキンソン は、コンポーザーでギタリストでもあり、

いろんなセッションに参加しており、ビートルズ の 「アクロス・ジ・ユニヴァース」 や

「ロング・アンド・ワインディング・ロード」 などで、リズム・ギターを弾いてたんですね。

パパは健在で、看護士だったママは、3人の子供が生まれると共に仕事を辞めたという

ごく普通のママだった様でして・・・   σ(^_^;)





ニール・リード







ビル・パーキンソン





ウエスト・コースト・ジャズを代表するミュージシャンといえば

アート・ペッパー (as) と チェット・ベイカー (tp,Vo) が想い浮かびますが

この二人が56年に共同でリリースしたアルバムがあります。




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「ピクチャー・オブ・ヒース」 と名付けられたこのアルバムは、この二人に

フィル・アーソ (ts) カール・パーキンス (p) カーティス・カウンス (B) ローレンス・マラブル (Ds)

のセクステットで演奏されていますが、 ジミー・ヒース (ts) のオリジナルが5曲と

ペッパー の作品が2曲という構成で、このタイトルが付いたのでしょう。



ところが当時 ペッパー は人気絶頂期であり、 ベイカー も売り出し中で昇竜の如きの勢いで

二人ともハンサムなこともあり、女性に絶大な人気を誇っていました (羨)

そこに目を付けたレコード会社は、A面とB面を差し替えてこのレコードをリリースしました。






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タイトルもズバリ 「プレイボーイズ」

内容が同じならどちらを選びますか?        私は当然こっちです。




この少し前にも、この二人はもう一枚 「ザ・ルート」 というアルバムを共同でリリースしています。

11曲のうち共演は5曲で、後はそれぞれのバンドの演奏で統一感に欠けるのですが、

80年末に東芝EMI が再発しました。これのジャケットも 「プレイボーイズ」 を

そのまま使っていて 「チェット・ベイカー・ミーツ・アート・ペッパー」 と題され、

この2枚を揃えれば言う事なしです    (≧▽≦)




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長い間、私勘違いしておりました。この曲の ”ナナ” は人の名前だとばかり思っておりました。

しかし、思い込んだらこっちのものと言う事で、ほな行きまひょか  にひひ



レモン・パイパーズ や ペパーミント・レインボウ のプロデュースで有名な ポール・レカ ご存知でしょうか?

彼は、60年頃に ゲイリー・デ・カルト(ギャレット・スコット) や デイル・フラッシャー と

シャトウズ というバンドで活動していましたが、その後作曲家に転向します。

ブッダ・レコードで レモン・パイパーズ の 「グリーン・タンバリン」 を68年に全米1位に送り込んで有名になります。

(これも面白い話がありますが、また後日書きます)



そしてマーキュリー・レコードに旧友である ギャレット と共に契約を結び曲作りを始めるのです。

4曲程書きあげたところ、その全てがA面でいけると認められ、彼等はB面の曲作りを始めるのですが、

そこにひょっこり現れたのが、これも旧友の デイル でした。

デイル が昔から沢山の曲を書いていたのを知っていた二人は、わざわざB面の曲を作ることはないと

デイル の作品から選んだのが、この 「キス・ヒム・グッバイ」 でした。

ところが、この曲には ”短すぎる” という致命的な欠点があり、苦肉の策で

 音譜 ナナナ~ナ~ の印象的なコーラス部分を挿入して引き延ばしたのです。





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この曲が出来上がってみると予想外の良さに ポール はA面で使う事にしたのです。

しかし、ソロ・アーティストとして売り出す予定だった ギャレット は穴うめ用の曲をリリースできないと

大変怒り、結局最初の4曲は ギャレット・スコット 名義でマーキュリーから

この曲は、 スティーム 名義で子会社のフォンタナからリリースする事となったのでした。

ところが、アメリカのリスナーはこの曲を支持して69年全米1位の快挙を成し遂げるのです。



このヒットに慌てた ポール は実態のあるバンドを作ろうとしたのですが、 ギャレット は拒否して

急遽ブリッジ・ポートを拠点にしていたバンドに声をかけアルバム製作とライヴを行ったのでした。

こんな訳で 「ナナ・ヘイ・ヘイ・キス・ヒム・グッバイ」 のみ ギャレット がヴォーカルをとって、

ナナは、単なる時間稼ぎの掛け声にすぎなかった   というお粗末でございました  m(_ _ )m




どうでも良い様なもんですけどメンバー名載せておきますね。

Bill Steer(Vo) Joy Babina(G) Tom Zuke(G) Hank Schorz(Key) Mike Daniels(B) Ray Corries(Ds)

よって、この動画も例によってクチパクで~す。