モータウン創生期を支えた大御所 ウィリアム ”スモーキー” ロビンソン の

ミラクルズとして70年に初のポップス部門全米1位に輝いた曲です。

シンガーとしてだけではなく、コンポーザー、プロデューサーとしても目覚ましい活躍をし、

まさにモータウンの屋台骨を背負っていたこの時期の スモーキー は超多忙でした。






$PIPPAPのブログ




ちょっとコミカルなフルート(ピッコロ?)のイントロと、ピエロの化粧をした スモーキー の

ジャケットが印象的なこの曲ですが、実は67年のアルバム 「MAKE IT HAPPEN」 用に

65年に録音されていました。

ところが、70年にイギリスでシングルカットされて全英1位になったことから

アメリカでもシングル化され大ヒットにつながりました。

「MAKE IT HAPPEN」 は、この曲の原題の 「THE TEARS OF A CLOWN」 と改題されて再発される程でした。



イタリアン・オペラ 「ちがう!俺はパリアッチョじゃない」で人気の ”道化師(パリアッチ)”を

モチーフに書かれ、妻に裏切られた道化師の悲哀を、悲しくも陽気に歌いあげています。



しかし、当時はイントロの面白さだけで聴いていましたがホント 

スモーキー は スモーキー たる所以のちょっとハスキーな霞がかった良い声してるわ  (・∀・)

最近になってその良さが判ってきました。

ロビンソンとスティーヴィー・ワンダーとヘンリー・コスビー(モータウンのプロデューサー)の共作で、

日本では71年にトップ10に入るスマッシュ・ヒットとなっています。











$PIPPAPのブログ




やはり 「涙のフィーリング」 といえばこの曲の方が有名でしょうか。

68年に米イリノイ州で大学の仲間を中心に結成されたバンドですが、

71年のデビュー・アルバム 「REOスピードワゴン」 発表以来

メンバーの変遷は、ありましたが78年まで7枚のアルバムをリリースしています。

しかしトップ100あたりをウロウロするだけで、鳴かず飛ばずでした。そのため付いた名前が



 ”最も売れていないが長続きしているバンド”

 ”永遠のオープニング・アクト・バンド”



とかいう情けないものでした。

確かに70年半ばまでは、元気のいいロック・バンドだなという印象しかありません。

ところが、78年の8作目の 「ツナ・フィッシュ」 が29位

次の 「ナイン・ライヴス」 も33位とヒットの兆しが見えてきて、

80年の 「禁じられた夜」 は遂に全米1位の快挙を達成します。

それまでブームだったパンク・ロックやディスコ・ミュージックが一段落すると共に

旋律の美しいバラードが再び脚光を浴びたのがブレイクの要因だったのでしょうか。

それまで培ってきたエネルギッシュなロック・スタイルと

ケヴィン・クローニン のハイ・トーンなヴォーカルが紡ぎ出すドラマチックなメロディーが

うまく噛み合う様になったのも成功の要素だったでしょう。



苦節12年、涙なしには語れない REOスピードワゴン の出世話でした。

(実際、この曲はじめ 「涙のレター」「涙のドリーム」「涙のルーズ・ユー」など涙、涙であります)



85年の「涙のフィーリング」 は彼等2曲目の全米1位となるビッグ・ヒットで

作者はもちろん、 ”ケヴィン・苦労人” です。









70年に日本でトップ10に1曲だけヒット曲を送り込んで突然姿を消したグループがありました。

”ハイ・ヌーン” という名のバンドで、 「涙のフィーリング」 という

ノリのよいブリティッシュ・ポップ調の佳曲です。




$PIPPAPのブログ





長らく謎のままでしたが、ここ数年でその正体も判ってきました。

66年にイギリスで結成された ”サンズ” というバンドがありましたが、

ビートルズのマネージャーとして有名な ブライアン・エプスタイン がマネージメントを務め

66~67年にかけてナイト・クラブなどで活躍してシングル・ヒットを何枚かリリースしています。

ところが エプスタイン が亡くなったことでバンドは分裂して、そのメンバーであった

ロバート・フリーマン (G,Vo) イアン・マクリントック (B,Vo) の二人が

”サン・ドラゴン” というデュオを結成する事となります。






$PIPPAPのブログ

   フリーマン  (左)   マクリントック  (右)

   そして、”サン・ドラゴン” 名義で ”レモン・パイパーズ” の 

   全米1位のヒット曲 「グリーン・タンバリン」 をカバーして

   68年に全英50位のマイナー・ヒットを記録して

   同名のアルバムもリリースしています。





注目は、このアルバムにはバック・セッションとしてまだ ”ディープ・パープル” を結成する以前の

リッチー・ブラックモア、ジョン・ロード、イアン・ペイス が参加しています。

そして、このアルバムから後2枚シングル・カットするのですが、ヒットには至らず

フリーマン と マクリントック は、変名のスタジオ・プロジェクトで何曲か録音しています。

それが、 ”クルーザース” であり ”マクリントック” であり この ”ハイ・ヌーン” だったのです。



ハイ・ヌーン としてのデビュー曲 「涙のフィーリング」 は日本で大ヒットとなり、

セカンド・シングル 「DRAGON FLY」 サード・シングル 「LIVING IS A LOVING THING」 を

英ではリリースしているのですが、不思議なことに日本では発売されていません。(版権の問題か?)

発売されていればヒット確実な良い曲なんですよ。

ああ、モッタイナイ   o(_ _*)o    という事で一発屋になってしまいましたとさ。




涙のフィーリング






DRAGON FLY