自家用車で母子を牽き殺した後も、禁固5年の実刑が確定するまで 事故の原因を自身の操作ミスではなく「車両の欠陥」であると主張 し続けていた 飯塚幸三 受刑者

元通産省技官、工学博士という肩書きと 瑞宝重光章 という勲章を受勲した経歴を持つことから、事故当初は、しばらく 逮捕・拘留が見送られており、





加えて、飯塚幸三 に関するWikipedia の記事 に於いて「池袋暴走事故」に関する記事が不記載 となっていたことも相まって、

同様の事件・事故を起こした一般人とは異なる特権的かつ不公平な扱いから、

「上級国民」という言葉が 飯塚受刑者 の代名詞 となりました。


ですが、令和5年に刑が確定してからは、勲章も全ての地位・栄誉も剥奪され、

刑務所のなかで「受刑者」「服役囚」として最期を迎えることとなりました。



東京・池袋で乗用車が暴走し11人が死傷した事故で、車を運転していた飯塚幸三受刑者が老衰のため死亡したことがわかりました。93歳でした。

2019年、豊島区池袋で乗用車が暴走し、松永真菜さん(31)と娘の莉子ちゃん(3)が死亡したほか、9人が重軽傷を負いました。

車を運転していた飯塚幸三受刑者は、法廷で「暴走の原因は車の故障」と主張しましたが、禁錮5年の実刑判決を言い渡され、刑務所で服役していました。

関係者によりますと、飯塚氏は先月26日、老衰のため、死亡したということです。93歳でした。

真菜さんの夫、拓也さんは。

松永拓也さん
「(飯塚氏は)刑務所に入った。自分自身それを望んでいたけれど、彼が人生の最期を刑務所で迎えることになった。やっぱり無念だろうなと思うと、すごく複雑な気持ち」

拓也さんが今年2月に受け取った飯塚氏の謝罪の手紙には、ブレーキとアクセルの踏み間違いだったことを認める内容が書かれていました。その後の5月、飯塚氏との面会が実現し、飯塚氏は「高齢ドライバーに早く免許を返すよう伝えてほしい」などと話していました。

松永拓也さん
「彼が亡くなる前に、面と向かって話ができてよかった。彼が僕の再発防止に対する思いに応えてくれたから、怒りとか憎しみだけじゃない感情で生きていけるきっかけを作ってくれた。そういう意味では感謝はしている」

松永さんは、妻や娘だけでなく、飯塚氏の死も無駄にしたくないといいます。

松永拓也さん
「彼の後悔とか経験とか、言葉を託してもらったと思っている。彼の後悔を無駄にしないように。交通事故の現実を知って、多くの人にこの現実を知ってもらう。これが僕にできること。それを続けていく、自分の命があるうちは」