日本国憲法の条文は、他国の憲法と比較して非常に簡素に作られていることからも解釈の余地があり、
戦後、長らく憲法改正を行わないまま政府は解釈を変更することによって追認(※解釈改憲)してきました。

そのため、功利主義・経済至上主義の立場から憲法改正の必要性を疑問視する意見もあり、
「改憲にかけるコストや労力を、もっと他のものに利用せよ」と放言する者もいるくらいです。

しかし、これから先も政府の解釈改憲のみで乗り切っていけるかといえば、非常に疑問であります。

今回の新型コロナウイルスに対する日本の対応を見る限りにおいて、明らかに海外のそれと比較して思い切った行動がとれていないのは、
政府から国民に至るまでが、こういった非常事態が起こったときの対処方法、マニュアルを用意してこなかったことが原因であり、一言で言えば怠慢だったからであります。

個人の自由や権利を尊重し過ぎたあまり、命令による感染封じ込めを躊躇った結果、ズルズルと感染者を増やし続けた挙げ句に出された日本の緊急事態宣言は、
こう言っては何ですが『盗人を見て縄を綯う』状況そのものであります。

しかも、責任の所在も曖昧なままで、要請を受け入れたとしても『自己責任』で充分な補償も得られない。

私自身、非常に不安な気持ちで毎日を過ごしています。

日本でも、ロックダウンをやろうと思えば可能だと思います。

第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

感染拡大を防ぐことは即ち『公共の福祉』を守ることであり、国民の移動に一定の制限を加える命令を政府が下すことは可能な筈ですが、
公共の福祉は、あくまで個人の権利同士が衝突した際の調整の基準であり、それ自体が目的ではないとする解釈から、個人の自由や権利に国家権力が制限を加えてはならないと主張する憲法解釈もあり、実際にはそれが支配的な解釈のようです。

確かに、非常事態を理由に国民の権利にいくらでも制限を加えられてはたまったものではありませんが、
憲法に非常事態に関する規定がないばかりに適切な対処が行われないのも、それはそれで困った話です。

そして、解釈の余地があるということは、
政府が恣意的な解釈改憲をすることによって、国民の権利が不当に抑圧される可能性だってないとはいえないのです。

憲法が国家権力を縛る為に課せられたものだというならば、尚更、
権力者に都合の良く解釈する余地を与えたり、守らなくても罰せられなければ補償も行われないような『ザル法』であってはならない筈です!!

護憲派の間にも「現実はどうあれ、憲法9条の条文さえ残れば満足」という、根拠のない信仰というか、ある種の敗北主義が蔓延しているようですが、
結局、それは憲法を蔑ろにしていることに変わりはありませんからね?

我々の安全を確保し、我々の権利を守らせる為のルールは、頻繁に見直して、しっかりと煮詰めておかなければならないと思いませんか!?

守れない憲法、守られない憲法なら、そんなものは必要ありません!

即刻、憲法改正すべきです!