知識と経験
知っているを「1」とすれば、
経験は「99」 ほどの違いがある
と言うのは、言い過ぎだろうか
教育者を誰にするか
知識の教育者は、学校や塾の先生
一方、経験の教育者を誰にするか?
ほとんどの場合、親、祖父母がしている
親や祖父母が、
教えられるだけの経験をしてきたのか
子供の未来を左右する とても大事なメチャクチャ重要なコーチングです
私の考えば、一貫してます。
経験してきた専門家に 「師をあおげ」
見渡して 、地域のNO.1ではダメでした。
日本一、世界一なら見える景色も違ってきます。
だからって、本人が一流になったわけではなく
自分は「亜流」であることを認識する事です。
※第一流の人に追随し、それを真似、独創的でなく劣っていること。
亜流とか難しい言葉を使うとわかりにくい
大きな壁(日本一、世界一)から得られるものは
「(あー自分とは(持っているものが)違う)」
というネガティブとも取れるショックです。
これをたくさん経験すると、
必ずとは言い切れませんが、自分に合った道を探求
本能的(DNA)か、知識と経験がミックスされオリジナルブレンド化した特異性が出てくるんじゃないかと思います。
よって 私の教育を図式にすると
経験 ≥ 知識
子育ては「事業」である と認識するです。
放っておいても、才能ある子は大きく羽ばたきますが
多くは、小者になっちゃいます。
お金をかけずに経験させるには、
お手伝いしなければ、食事をさせない
家族全員の靴磨き、風呂掃除、洗い物、洗濯の取り込み&たたむ、アイロン、掃除機、買い物、荷物持ち
そんなことをさせられている友達はひとりもいないぐらいの事をさせる。
私は、そうやって育ちました。なのに我が子にはさせなかった。だって私がしちゃうから(今でも)させておけば良かったなぁと後悔してます。
家事手伝いをして、何が得られるのか?
探究心です。例えば、もっと早く済ませるには?
もっと上手にするにはどうしたら良いのか?
買い物にいって目当ての商品がないと大人(店員)に聞くしかありませんが、うまく伝える方法を学びます。母の荷物持ち、洗濯物の取り入れをしていたら同級生や保護者、近所のおばさんに出会します。恥ずかしいと思ったら褒められる。その経験から、重そうな買い物袋を持ってる知り合いを見かけたら「持ちます」と率先して行動できるようになる。そういう人を見て私が気がつかなかったらケツを目一杯叩かれて叱られました。
間一髪危なかった、パニックになった
これらを多く経験することで器が大きくなります。
喉元過ぎれば熱さを忘れる
その続きがあって、思い出に変わる
可愛い子には旅をさせよ
獅子は我が子を千尋の谷に落とす
そんな風に育てたら どうなるのか
率先して歩める人間になっていきます。