古いものは正しい、新しいものはまだ時間が経ってないから正しいか分からない。古いものは歴史が証明している。って何かで聞いた。確かに昔の言葉なんかを見てみると深い言葉が沢山あるし、真理が詰まった名言や諺(ことわざ)なんかが色々ある。アテクシは割と諺好き。
で、諺の中に風吹けば桶屋が儲かるってのがある。アテクシはコレが結構好き。ネットで意味を調べるとこんな事が書いてある。
風が吹くと土ぼこりがたって目に入り盲人が増える。盲人は三味線で生計を立てようとするから、三味線の胴を張る猫の皮の需要が増える。猫が減るとねずみが増え、ねずみが桶をかじるから桶屋がもうかって喜ぶ。
簡単に言うと意外なところに影響が出るって事。人生って結構コレなんだよなぁって思っている。似た言葉で人間万事塞翁が馬ってのもある。まあ、興味があれば調べて見て下さい。全然意味が違ったらごめんなさいなんだけどアテクシの中では似ていると判定している。
で、風吹けば桶屋が儲かるの話しなんだけど人間って単調な事の繰り返しで生きている様に見えたりするが結果は似た様に見えるがその過程は全く違ったりしている場合が多い。よく観察してみると複雑怪奇な事ばかりなんだけど何となくアウトプットが同じ様に見えるから、単調な人生だと錯覚してしまう。例えば会社の中での出来事。
ある作業者が何かを見逃して不具合が発生した。やれ、ルールはどうだ?正しい作業、判断は出来ていたか?管理監督者はどうだ、こうだ、って話しになるんだけど昨日は出来ていた事が今日出来なかったのには実は外から簡単に見えない複雑な理由がある。
昨日の夜、嫁と喧嘩した、イライラして寝れなかった、朝起きたら寝不足もあって体調悪いのに嫁もイライラしてて朝食を作ってくれず、肉体的にも精神的にもいつもと違う状況で出社して、頭の中ではずっとグルグルとその事を考えながら仕事をしていた。
こんな事は本人が言ってくれなきゃ分からない。言ってくれても何のこっちゃ?の場合もある。朝礼で何となくいつもと違うなぁ?って事くらいは顔色で分かっても本当の深さは中々知る事が出来ない。人の内側って他人から見える程単純なモノじゃない。
で、人を育て、人の力をチームとして最大化する為にはコレが何となく見えなきゃダメだとアテクシは思っている。嫁と喧嘩したくだりが見えるって意味じゃなくて朝礼で顔色が少し違う、ちょっと仕事が始まる前に声掛けしてみる、話してみて更に機微を捉えてその日は気に掛けた行動をする。
余り大の大人に対して干渉し過ぎるのは良くないが思いやりを持って接する事が出来るかどうか。コレをアテクシは大切にしたい。自分の事で精一杯になるとどんどん人を見る力が弱ってしまう気がする。その為には先ずは自分の安全安心、余った力で人に親切、コレ。
これは自分よがりって意味ではなくて、自分が不安定で余裕がないのに他人へ正しい接触が出来る筈がない。コレ。なので先ずは自分を律する、心をいつもニュートラルに保つ、だからこそ、人に優しく出来る。このスタイル。
風吹けば桶屋が儲かる。を逆の意味で捉えると風吹けば桶屋が潰れるってのがある。コレはアテクシが勝手に言ってるだけなんだけど、まあ、逆も当然あるわね、って意味。ある出来事をきっかけに巡り巡ってマイナスの結果が出るパターン。
人は目に見えることだけでは語れない。しかし見えなりことばり語ればスピリチュアルだと怪しまれる。要はバランス。今日吹いた風のせいで桶屋が儲かるか潰れるかは中々分かるものじゃないが、それが見える人間になる為に、今日も心をニュートラルにして心眼を鍛えて行きたい。
では、又。
