捲り時々逃げ -7ページ目

捲り時々逃げ

説明する程の話しではないが競艇と日常について徒然なるままに書いています。自分のボケ防止程度の物ですが、皆さん仲良くして下さい。

どなたか知りませんがこんにちは。




古いものは正しい、新しいものはまだ時間が経ってないから正しいか分からない。古いものは歴史が証明している。って何かで聞いた。確かに昔の言葉なんかを見てみると深い言葉が沢山あるし、真理が詰まった名言や諺(ことわざ)なんかが色々ある。アテクシは割と諺好き。




で、諺の中に風吹けば桶屋が儲かるってのがある。アテクシはコレが結構好き。ネットで意味を調べるとこんな事が書いてある。




風が吹くと土ぼこりがたって目に入り盲人が増える。盲人は三味線で生計を立てようとするから、三味線の胴を張る猫の皮の需要が増える。猫が減るとねずみが増え、ねずみが桶をかじるから桶屋がもうかって喜ぶ。




簡単に言うと意外なところに影響が出るって事。人生って結構コレなんだよなぁって思っている。似た言葉で人間万事塞翁が馬ってのもある。まあ、興味があれば調べて見て下さい。全然意味が違ったらごめんなさいなんだけどアテクシの中では似ていると判定している。





で、風吹けば桶屋が儲かるの話しなんだけど人間って単調な事の繰り返しで生きている様に見えたりするが結果は似た様に見えるがその過程は全く違ったりしている場合が多い。よく観察してみると複雑怪奇な事ばかりなんだけど何となくアウトプットが同じ様に見えるから、単調な人生だと錯覚してしまう。例えば会社の中での出来事。





ある作業者が何かを見逃して不具合が発生した。やれ、ルールはどうだ?正しい作業、判断は出来ていたか?管理監督者はどうだ、こうだ、って話しになるんだけど昨日は出来ていた事が今日出来なかったのには実は外から簡単に見えない複雑な理由がある。





昨日の夜、嫁と喧嘩した、イライラして寝れなかった、朝起きたら寝不足もあって体調悪いのに嫁もイライラしてて朝食を作ってくれず、肉体的にも精神的にもいつもと違う状況で出社して、頭の中ではずっとグルグルとその事を考えながら仕事をしていた。




こんな事は本人が言ってくれなきゃ分からない。言ってくれても何のこっちゃ?の場合もある。朝礼で何となくいつもと違うなぁ?って事くらいは顔色で分かっても本当の深さは中々知る事が出来ない。人の内側って他人から見える程単純なモノじゃない。





で、人を育て、人の力をチームとして最大化する為にはコレが何となく見えなきゃダメだとアテクシは思っている。嫁と喧嘩したくだりが見えるって意味じゃなくて朝礼で顔色が少し違う、ちょっと仕事が始まる前に声掛けしてみる、話してみて更に機微を捉えてその日は気に掛けた行動をする。




余り大の大人に対して干渉し過ぎるのは良くないが思いやりを持って接する事が出来るかどうか。コレをアテクシは大切にしたい。自分の事で精一杯になるとどんどん人を見る力が弱ってしまう気がする。その為には先ずは自分の安全安心、余った力で人に親切、コレ。




これは自分よがりって意味ではなくて、自分が不安定で余裕がないのに他人へ正しい接触が出来る筈がない。コレ。なので先ずは自分を律する、心をいつもニュートラルに保つ、だからこそ、人に優しく出来る。このスタイル。





風吹けば桶屋が儲かる。を逆の意味で捉えると風吹けば桶屋が潰れるってのがある。コレはアテクシが勝手に言ってるだけなんだけど、まあ、逆も当然あるわね、って意味。ある出来事をきっかけに巡り巡ってマイナスの結果が出るパターン。 




人は目に見えることだけでは語れない。しかし見えなりことばり語ればスピリチュアルだと怪しまれる。要はバランス。今日吹いた風のせいで桶屋が儲かるか潰れるかは中々分かるものじゃないが、それが見える人間になる為に、今日も心をニュートラルにして心眼を鍛えて行きたい。




では、又。

どなたか知りませんがこんにちは。




最近インフルエンザが流行っている。アテクシの理論の1つに「手をちゃんと洗ったから今日は風邪をひかなかった理論」と言うのがあるので紹介する。





これは風邪をひいてしまった時はやれ手を洗わなかったからだ、とか、ちゃんと睡眠が取れず免疫が下がっていたからだ、とか風邪になった後は色々理由を考えるが風邪をひかなかった日々の理由は誰も意識しないって理論。





最近更年期か知らないがずっとやる気がない日が続いていた。身体も不調。なので意識して太陽の光を浴びたり、体幹を鍛える運動をしたり、風呂に入ってアロマを焚いてみたりと半鬱状態で現状を打破しようと色々模索していたんだが少し体調が戻るとゴロゴロしてYouTubeを見るだけの生活に戻っている自分への戒めで書いている。






昔から人は風邪をひくと色々言い訳するがひかなかった時は理由を考えないから結局流れ流され生きて行くんだろうと漠然と考えていた。全てが後付け。それはそれで仕方のない部分はある。人生の選択は1つしか出来ない。





2つの選択を迫られる場面があっても結局1つしか選べないんで選ばなかった方へ進んでいたらどうなったかは厳密には分からない。なので選んだ道を全てを肯定して生きて行くしかないと納得はしているがもう少し先手を打った人生の歩み方は出来ないかと思う今日この頃。





最近体調は割と良い。そこで何もしないんじゃなくて又悪くなる前に出来る事を少しでもして事前に備えておけたらきっと未来は変わるはず。分かっているんだがいざ悪い事が実際に起きないと中々行動に移せない。何故なら絶対又悪くなる可能性は100%じゃないから。




何もしなくても自分だけには不幸は訪れないだろう、最悪の状況は来ないだろう、と、どこか甘い考えで生きている。人には厳しく自分にはとろけるほど甘い男。いや、人にも結構甘いタイプ。更には甘いマスク。




かと言ってアレもコレも心配だ心配だとまだ来ない未来へ不安ばかり募らせてムダに色々やり過ぎるのはどうかとも思うがある程度まだ来ない未来への備えは必要なんじゃないかと改めて思った次第。





もしかするとその行為が人生を多少豊かにする事もあるのでは?と、思う。まだ来ない未来に対してこうゆう事が予想出来る、なのでこうゆう事をしておこう、ヨシ、やっぱりやっておいて良かった、と答え合わせが出来たら人生の満足度が上がるのかも知れない。知らんけど。




結局何が言いたいかと言うと誰に何も言われなきゃ惰性で怠慢な生き方になってしまう自分自身にもう少し喝を入れなきゃな〜って思ってるってこと。別に熱く生きて行きたい訳じゃない、欲望がそれ程ある訳でもない、ただ、何かが足りない、そんな事を考えてしまうお年頃って事なんです。




あ〜今日も気分に任せて生産性のない事をウダウダと書いてしまったが幸せって一体何だろうね?





それは刹那的な情熱の愛であったり、平凡な一瞬一瞬であったり、振り返った時の記憶の中の満足度であったりと人それぞれなのかも知れないが、こんな事を考えている時点でやっぱり鬱なのかしら?どう思います?





とは言え病院に行くほどでもない気もするし、自分だけはいつも大丈夫だと相変わらず思っているし、気付けば昨日が終わって今日も同じ様に生きているし、世界にはもっと悩みを抱えてる人もいるし。





ってな訳で今日も風邪を引かずに1日過ごせそうな予感。特に昨日何をした訳ではないがそれでも風邪をひかなかった。風邪をひかなかたった事に感謝して、会社へ行ってきますわ。





では、又。

どなたか知りませんがこんにちは。






何をやってもダメな日ってありますよね。昨日会社へ向かう車で時計を付けてない事に気付き、会社の駐車場を降りたらベルトを付けてない事に気付き、オフィスで財布を忘れた事に気付いた。







人生で初めてかも知れない、これだけ一度に色々忘れてしまうのは。考え事をしてたのは確かにあるんだけど3つも忘れるとはいよいよヤバいんじゃないかと我ながら思った。






こうゆう日は何をやってもダメだと思うから大人しくしておこう、コレが2流の考え方。こりゃきっと良い事がある前触れだから前向きに攻めてみよう!コレが一流。





そんな想いで前向きに過ごしてみたが特に良いことは何もなかった。しかしそれで良い。結局人生は自分の捉え方ひとつ。どんな状況でも思考によって幸にも不幸にもなる。寒い会社の喫煙所に居ながらハワイのビーチに居ると想像出来るかどうか。





究極触らなくてもイケるくらいの想像力があれば完璧。無精ってそれに近いよね?どーでも良いけど。








もう直ぐ25年も終わる。だから何って訳じゃないけど早いですね、時が過ぎるのは。今、この時をもっと大切に、ありきたりだけどそんな事を思った会社の駐車場。




因みに昨日のボーツレースは・・







やっぱダメな日だったわ。






では、又。