捲り時々逃げ -11ページ目

捲り時々逃げ

説明する程の話しではないが競艇と日常について徒然なるままに書いています。自分のボケ防止程度の物ですが、皆さん仲良くして下さい。

どなたか知りませんがこんにちは。






どこかで聞いたのか見たのか忘れたが(多分YouTube、アテクシの情報源は殆どがYouTube)F1レーサーの「何もかもうまくいっているときは、スピードが足りない」という名言がある。






マリオ・アンドレッティというF1ドライバー。アテクシはこの人の事を知らなかったが中々良い事を言う(上から目線すんません)。快適ゾーンに留まることは成長の機会を逃すことになり、自己満足に陥るリスクがあるって感じの意味。なるほど確かに。






もちろんF1レースじゃなくて日常のなかで車を運転する際は安心安全の快適運転が良いのだけれど、いざ仕事や人生での戦いとなると不安定になるくらいのスピードが出てないと成長に繋がらない。スピードが出過ぎた不安定さを必死に制御する時の緊張感と技術が人を成長させる。







逆にコマは高速で回転して安定を保つし、自転車だってある程度スピードが出てないと不安定になる。つまりスピードがなさ過ぎても安定は保てないが、ある程度のスピードで満足して安定しちゃダメ。その辺の塩梅加減を考えた時、人生に於いては手綱を必死にコントロールしないと転んでしまうくらいのスピード感で走っていかないと成長がないって話し。







のらりくらりなアテクシだけど、それはそれで良いと思ってるアテクシだけど、そもそも怠け者のアテクシだけど、時にはそうゆう意識で生きて行く必要もあるんだろうな、と思った次第。思うだけで中々行動に移せないのが残念な所ではあるが、描く未来はスピード違反で煽り運転をグイグイしている姿。まあ、暴走野郎じゃなくて妄想野郎って事です。







さて、先ずはボーツレースで全力疾走してみるか〜








そうゆう意味じゃない?

こりゃ失礼







ただ昨日は小走り程度はしまたよ。











では、又。

どなたか知りませんがこんにちは。






エンプティーって分かります?車のガソリン残量のEのこと。Fはフルって意味で満タンって事なんだけどエンプティーは空になる、中身がないって意味。アテクシのこと?まあ、それもあるが今回は本当にガソリンの残量について。





実はアテクシは小心者なんでギリギリは攻めない。定期的にガソリンを入れてるんでヤバい!ガススタまで持つか?なんて事態は滅多にない。が、例えば遠出する前に遡って計算した時、ちょっと引っ張りたい状況も出てくる訳です。






例えば旅行にイクとする、旅行中にガソリンを入れたくない、往復するには満タンにしとけばOK、じゃあ前日にガス満にしたい、でも今日は旅行の3日前、残量も微妙、こうゆう状況。複雑だけど分かるかしら?この状況。こうゆう話しをスッと理解出来る人は尊敬しちゃう。






で、まさにそんな状況になったんでちょっと引っ張ってみたんだけど無理を通せば道理が引っ込む。って事で後少しの我慢の所でいよいよ危険水域に入って入れざるを得ない状況で二千円を入れる事になったんです。で、旅立つ前に結局もう一度フル満へする羽目になっちまった。






多分勇気を持って我慢すれば持った可能性も高いとは思うんだけど一旦ガス欠になると空気が入ったりしてややこしくなる可能性もあってそこのリスクを考えたらアホらしいのでヤッパリ入れるのが正解だと思うんです。結論は普段通り入れておいて、出発前に満タンにする。コレが宜しい。







何故なら先程のリスク以外にも色々あるんですよ。例えば冬なら駐車場で寒いのにエンジン切って耐えてみるか、とか信号待ちでガソリン減らしたくないからムリに突っ込んでみたりとか。そうゆう微妙なリスクも考えた時、やはり淡々といつも通り過ごすのが1番良いってのが結論。






世の天才達が服はいつも同じにして無駄に服選びに考える時間を作らないって話しを思い出した。ニュアンスは少し違うんだけどいつもと違う事をすればそこにまつわる色々な余分な事が起きて労力を使うんです。






ソコが人生の楽しさと言う考えもあるだろうがもっと優先度の高い事に振り切る為には時間を上手く捻出する必要もあるんで極力自分にとって優先度の低い部分のコストカットを出来るかどうか。そんな学びをエンプティー理論と名付けてペンを置きたいと思う。








実際にはペンは持ってなく、指でピコピコしています。候。









では、又。

どなたか知りませんがこんにちは。





人生誰もが狭間で生きている。シラフの時は言いたい事も言えないストレスだらけの生活の中で、はたまた1人孤独に酒を飲みながら偽物の強烈な自己万能感を感じながら、その真ん中辺りで誰もがフラフラと生きている。知らんけど。





その昔、本なのかYouTubeなのか忘れたが伊集院静さんが言ってた「人はそれぞれ事情を抱え、平然と生きている」ふと、この言葉を思い出した。






皆さんもきっとそうでしょう。日々言いたいことも言えず、我慢に我慢を重ね、1人の時に「僕はこんな風とは違う」「本当の私はこうじゃない」ってな感じで現実の自分ときっと何かのキッカケでなれるはずの理想的な自分との狭間で生きているんじゃないかな?知らんけど。






まあ、この感覚は酒を飲まない人には分かりにくいだろうね。アテクシは飲むと直ぐに人生とは?って考え出して思考が路頭に迷うタイプなんでこうゆう生産性のない思考に浸ることがある。





さっきの伊集院さんの言葉に戻るがコレって実に深いと思うんだよね。見えてる部分だけで判断しちゃいけない、人は見えない部分で人知れず努力や苦労をしてる事もある。だけど日常ではそれを一切見せず、爽やかな顔して平々凡々に暮らしている様に見せている。






厳密には敢えて見せている訳じゃないかも知れない、この世の暗黙のルールでそうゆう仮面をかぶって生きる事を強制されているのかも知れない。まあ、どちらにせよ見えない部分での複雑さは誰もが持っている。知らんけど。







所でこうやって最後に「知らんけど」って付ける人居ませんか?散々能書き垂れといて最後の最後で無責任に「知らんけど」。








知らんなら適当な事を言うなって話し!








知らんけど。







では、又。