捲り時々逃げ -10ページ目

捲り時々逃げ

説明する程の話しではないが競艇と日常について徒然なるままに書いています。自分のボケ防止程度の物ですが、皆さん仲良くして下さい。

どなたか知りませんがこんにちは。






同じ情報を持った人間が同じ会議室に集まって議論をしたらまあ当たり障りのない答えが出て来る。会社なんかだとそれぞれ役職が違う人が集まり、様々な役割を担う人が集まって議論する場もあるんだけどその人達は元々持っている情報が違ったりする。するとどうなるか。






当然個々の能力や知識量、経験の違いがあってその凸凹の凸から凹へそれが流れてある一定の高さに揃って行く。異様に高い凸の人が居るとひたすらその凸を凹へ流し続けて凹が埋まって行って凸の人の知識や経験が出尽くした所で収束して会議が終わる。






会議の目的によるんだけど基本的に情報を多く持ってて経験豊富な人が中心となり、時折凹側が斬新な事を発すると凸の経験豊富な情報を多く持ってる人がその斬新な意見を解釈してその人なりの言葉や形に修正してその人の言葉に変換され議論の中に組み込まれて収束する。







凸だの凹だの訳の分からない事を言ってるが、何が言いたいかと言うと、基本的にその会議の意思決定はその中の1番偉い人がほぼ決めている節がある。末端が言ったアイデアが最後に大上段として決まる事はクリエイティブな事を決める場でない限り殆どない。






アテクシは年が年なんでそれなりにレイヤーの上層部側の立ち位置で会議に臨む事はあるので時々最上段へ食い込む意見も言えるが末端席の人がズバズバ意見を言ってそれが最上段の結論として収束することは先ず見たことがない。言ったとしても終わってみればいつの間にやら上位者の意見にすり替わって終わっている。






でも、それはある程度仕方のない面もある。元々情報量も知識経験も違うんだから冷静に意見を評価すれば凸側の意見に収束して然るべきなんだけど敢えてこの部分に疑問を呈したい。別にどうでも良いっちゃぁどうでも良い話し。なら言うなって話しだけどしれっと進める。






何故こんな事を思ったのか?についてだけど役職が上の人の意見は単に目的に対して最善の答えを求めている場合と、役職が上の人がその場に居ない更にその上の役職の人に対して⚪︎を貰える方向に忖度して纏めようとしてる可能性がないか?って事を思った。





つまり、何のために、誰のために、有益になるのかちゃんと見極めないと最大多数の最大幸福に繋がらないんじゃないか?と。会社組織ってのは基本的にヒエラルキーの形をしていて上に行くほど人は少ない。社長は1人だけど一般ピーポーは多数いる。






その多数の人達の事を本当に考えた結論になってないと不幸な人が増えるんじゃないか?ってこと。企業はそもそも働く人より企業が作り出す価値を提供するお客様の事を最優先に考えなければいけないが、その価値を作り出す為に働く人の中で1番付加価値が高い事をしてるのは多分一般ピーポー。






付加価値を殆ど産み出してない意思決定者が自分達の満足度を高める為の仕事をしてると長い目で見ると良い事はないんだろうなぁ?と、思っちゃったりなんかした訳である。ハッキリ言って本日書いてる事は自分でも整理出来てない。






だからって改めて整理したり書き直したりする気もない。垂れ流して会社へ向かう。偶然これを最後まで読んでしまった人が使った時間は無駄になるが、どなたか知らない以上謝る事もできないので勝手に許して貰う。






では、又。

どなたか知りませんがこんにちは。





LINEなんかで文章の最後に「。」を付けると冷たく感じるってんで一切「。」を付けないって人が居た。なるほど、そんなもんか。その人のLINEを改めて見返して見ると「。」のタイミングで行を変えてて確かに「。」は付いてない。





じゃあ、温かい文に感じるかと言うと言われて初めてそんな気がしただけでコレまでそんな風に感じたことは無かった。アテクシの感性が弱いだけなのかも知れないがある種そうゆう前提が自分の中に無いと気付かないことは往々にしてある。





一種のカラーバス効果みたいなもの。ある車を買おうと思った途端にその車とすれ違う度に気付きやすくなっり、今度買おうかな、と思ったモノは途端にやたら目に付きやすくなる。






これを聴覚で言うとカクテルパーティー効果と言うらしい。ガヤガヤしてるパーティーでも自分の名前が聞こえたりすると何故か聞き取れたりする。人間は中々複雑に出来ている。






アテクシなんかは綺麗な女性なんかが居た日にゃあ気になって気になってキョロキョロしちゃう感受性高い男なんで人の多い街なんかを歩くとキョロキョロし過ぎて首が疲れてしまう。





関係するひとかけらの「何か」があるからソコに関連付いて初めて感じる事が出来る、気付く事が出来る。






最初のLINEの話しに戻ると句点の「。」で文を区切ると一旦話しがココで終わり、って事になる気がして会話風の流れが断ち切られる感じがして何となく冷たく感じる、って事なんじゃないかと推測している。





仮にここでのひとかけらの「何か」を考えてみると、過去に誰かからメールを貰った時にやたら「。」が多くてそう感じた事があっただとか、誰かにそんな話しを聞いた事があるからそれを思い出してそうする事にしただとか、具体的には何もないんだけどこれまでの人生で色々蓄積して来た無意識の中のセンサーが「。」を冷たく感じさせたから「。」を付けるのをやめた、だとか。






だとか、だとか、うるさいが何が言いたいかと言うとアテクシもこの話しを聞いてから割と「。」を付ける事が減った。絶対付けないって訳じゃないけど何となく冷たい気がしてきて「。」を減らした。実に流されやすいタイプ。






人生の句点がいつやってくるのか分からないが、それまでは心の中にたくさんのひとかけらの「何か」を作って、読点「、」と感嘆符「!」を繰り返しながら細々と生きていきたいと思う。






本日は疑問符「?」が多くてごめんなさい。







では、また。

どなたか知りませんがこんにちは。








アテクシの尊敬してる人で落合博満と言う人が居る。元プロ野球選手で三冠王を3度取った凄い人。更に引退後に監督になって何度も優勝に導いた稀有な人。野球好きなら好みは分かれるにしてもほぼ皆さんが知ってる人。








最初に監督になった時、選手の補強なしで今居る選手を10%底上げして優勝する、と超カッコいい事を言ってそれを達成した。ふとコレって凄い事だよな〜って改めて思ったんでその理由を書いてみる。








先ず何が凄いって今までの常識では組織のレベルを上げるには弱さを補う為に他所からお金を出して人を連れてくるってのが定番だった。ジャイアンツは資金豊富だから有名選手を集めて来る。お金がなければトレードで全体の力を上げる。





落合さんは今あるモノを底上げして優勝出来ると言った。凄いですよ、コレは。何が凄いって先ずは分析力。今のチームが10%底上げ出来たら優勝出来るという的確な分析力。何が強みで何が弱みか自分のチームと戦う相手を冷静に的確に判断出来るからこの様な事が言えるんだろうと思う。







で、10%の底上げを実践するには過酷な努力が要るのは火を見るより明らかなんで選手に覚悟を持たせる効果もある。更には心理的安全性も上がる。一旦全員を認めたと同じ事なんで他所から自分に取って変わるヤツを連れて来て変えられる事もない。







ただ、プロの世界の人達なんだからそもそも人並み以上にセンスもあって努力もしてるんだからそこからの10%はかなり果てしない。強烈な努力がいるのは容易に想像出来る。しかしそれをやった。キャンプでは地獄の練習に次ぐ練習で失神寸前の選手も多数いた。







ペナントが始まってからの競争のさせ方も上手く、チャンスは皆に与え、個々の力を最大限に発揮させた。内心は分からないがシーズンを通して変に浮かれずいつも冷静に見せ、選手の悪口は言わず責任は全て自分にあると言ってそれを貫いた。







歴史に名を残す名将。アテクシはそう評価している。俺流。そう呼ばれていたのは恐らく人と違うからであり、誰にも真似出来ないからなんだろうと思う。うーん、色々思う事を書いてみたがヤッパリかっこいい。







嫌われても良いじゃない、きっとその数と同じくらい好きな人もいる。俺流と呼ばれてもいいじゃない、そもそも人は皆違うんだから。








さて、昨日のボーツレースは10%底上げ出来たのかしら?










出来てますな。ただ、昼は外食、夜飲み会だったんで大赤字ですけどね。









では、また。