オーストラリアで働くソーシャルワーカーの重要な役割としてAdvocacyがありますが、特にAboriginal and Torres Strait Islander(先住民)バックグラウンドの患者さんについてはしっかりと歴史的背景を理解し、彼らに寄り添い、意思を尊重した支援が求められます。なぜなら西洋人がこの大地に降り立った時から開始した植民地化政策から1970年代まで続いた児童隔離政策まで、先住民の声は無視され続けたからです。ちなみに余談ではありますが私がアボリジニと書かないのはAboriginieは差別用語に当たるためです。

 

1910-1970年まで白人社会への同化政策の一環として、アボリジナルの子どもたちを強制的に親元から引き離し、教会などの施設に収容したり、白人家庭の養子にするなどの隔離政策が取られました。(あ、ちなみにこれ以前は先住民は草木動物と同じ区分でカウントされてました。唖然。)こうした子どもたちは数万人に上り、「ストールン・ジェネレーション(盗まれた世代)」と呼ばれます。多くの子どもたちは強制労働や性的搾取を強いられ暴力を受けたため、トラウマや精神疾患を抱えるに至り、そのトラウマをアルコールやドラッグを使って症状を和らげようとする人が今日に至るまで多く見られます。また家庭内暴力の割合も高く、その家庭内暴力を目撃した、あるいはその被害に遭った子どもは大人になると家庭内暴力をする側にまわり、アルコール&ドラッグに溺れるという負の連鎖(transgenerational traumaと呼ばれます)が続いています。

 

私が病院で会う患者さんには正に隔離政策時代に親元から引き離された世代の人々も多く、またその子供・孫世代ももちろんいます。このtransgenerational traumaによる健康・精神面の影響を日々目の当たりにしている訳です。

 

病院には大抵Aboriginal Health Liaison Officer (AHLO)と呼ばれる人たちがおり、アボリジナルバックグラウンドの患者さんに対して文化的・精神的サポートを行います。ソーシャルワーカーはこの人たちと協力して患者さんに適切な支援を提供することが求められます。ちなみに私が働く病院は恐らくWAで最も高度な医療を提供している公立病院のひとつであるため、患者さんの中には英語が第2言語の人(第一言語はアボリジナル言語)の人も少なくありません。

 

例えばこんなケースがありました…Broomeから車で約8時間、砂漠のど真ん中のコミュニティからヘリで運ばれてきたアボリジナルバックグラウンドのおっちゃんですが、腎機能が低下してしまい、もう暫くすると透析を受ける必要が出てくるかもしれないということになりました。しかしおっちゃんのコミュニティの近くには透析できるところがなく、一番近くても車で往復で12時間かけて行く必要があり、これを週3回しなくてはいけません。これは現実問題かなり厳しいです。そもそもこの往復12時間かけていけるところもベッドに空きが出るまで数カ月から1年かかる可能性があり、おっちゃんはそれまでパースにいないといけません。

OTの認知アセスメント(実はアボリジナルバックグラウンドの方向けのものがあり、KICAと呼ばれます)によるとおっちゃんの認知はそこそこ良いです。臨床心理士はこのおっちゃんは自分で自分の健康について決定する判断能力はないとの決断を下しました。おっちゃんはある時点で透析をしなければ「自分は死ぬ」ことを分かっていますが、医療従事者たちはおっちゃんに判断能力がない可能性があることを危惧して家族に判断を促します。家族はおっちゃんに透析を受けて欲しいと思っていますが、おっちゃんは自分の故郷へ帰りたいと言います。家族はおっちゃんの意志を尊重することは「死」を選ぶことと同義のため、選択ができずに頭を抱えています。

 

さて、このケースが行きつく先は…正直分かりません!(えっ?)

しかしソーシャルワーカーにできることはおっちゃんと関係を築いて話をし(Yarnとアボリジナルの言葉で言います、私は大抵AHLOに同席してもらいます)AHLOのアドバイスを聞き入れ、それをしっかりと医療従事者にフィードバックすることです。医者と看護師は特に医学的見地から話を進めがちなのですが人によって健康の定義は異なります。特にremote communityで生まれ育ったアボリジナルバックグラウンドの方々は下記のSocial and Emotional Wellbeingというホリスティックな健康の定義の方が俄然しっくりくることが多いです。

おっちゃんにとって透析を受けるために故郷(country)を離れることは「死」と同義です。(ちなみに都市にはbad spiritsがいると言っていました)だったら故郷に帰って残り少ない人生を全うし、住み慣れた土地で気の知れた人たちと一緒に時間を過ごすほうが良いに違いないのです。そういったことをミーティングで積極的に発信するのです。

 

とまぁ話は長くなりましたが、最後にタイトルの「怒り」は誰に対してかって?臨床心理士ですよ!!まじでちょろちょろっと過去の資料読んで患者と話して「こいつに自分の事は自分で決定する能力はない」って決めつけるのってすごく乱暴だし失礼じゃないですか?大体病棟に来ることも殆どないのに!臨床心理士がどういうアセスメントをしてこういった判断を下すのか良く分からないのですが、ぶっちゃけ「ツラ貸せや!どうやってそういう結論にしたか私に1から10まではなしてみぃ!オラオラ」という感じでした。

あと透析を押す医者!AHLOも「この患者に透析を強制することは言うなればStolen generationの繰り返しじゃん?」と心の中では激おこでしたよ。

 

という訳で本日もソーシャルワーカーの戦いは続くのでした…チャンチャン。