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日光川河口排水機場

施設の全景

1階ロビー

日光川の全体図

排水機の説明

排水機

防水対策の説明

動画での説明

昭和51年9月目比川決壊のパネル

丸印が決壊場所 右側が津島市葉苅町

勝幡地区の冠水の空中写真

全国屈指の巨大ポンプ

巨大エンジン

広大な日光川河口部

 

本日は民生児童委員を対象とした行政視察が行われ、我々の住む津島市を流れる日光川(二級河川)河口部にある日光川河口排水機場と、三重県四日市市の防災教育センターを訪れました。

 

昭和34年に東海地方を襲った伊勢湾台風は、我々の住む愛知県津島市や海部地区はもちろんですが、名古屋市や尾張地区全体を冠水させ、多くの犠牲者を出したことで先人たちが国を動かし、全国屈指の防水対策を繰り返してきました。

 

昭和51年にも日光川に合流する目比側が決壊し、津島市と愛西市の多く地域を水没させましたが、海抜ゼロメートル地帯にとって排水対策は永遠の課題となり、本日訪れた排水機場は伊勢湾台風以後に伊勢湾と日光川を遮断する施設として建設されました。

 

場所としてはラムサール条約で有名な名古屋市の藤前干潟の西に位置し、日光川と名古屋市を流れる新川と庄内川が合流する付近にあたり、この排水機場(ポンプ)の存在によって尾張西部地域の水害のリスクが大幅に減りました。

 

さて、私の子供の頃には、我が家の縁側の下や、道路の石垣の中から海に生息する蟹(カニ)が時々現れましたが、最近は全くカニの姿を見ないため、海の海水の遡上する位置を確認すると、伊勢湾台風後に国道23号線を伊勢湾の防波堤と位置づけ、本日訪れた排水機場で川の水を海に排水するだけで、海水の流入は完全に阻止しているとの話しでした。

 

我々は今でも日光川に潮の満ち引きがあると思っていましたが、伊勢湾台風後に完全に海とは遮断され、隣町の蟹江町があたかもカニが居るようなイベントを発信していましたが、今は日光川流域の尾張部には海のカニは遡上していないことを知らされました。ざんねーん。

 

四日市防災センターの視察については明日に貼付します。