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2階のパイナップルと2階の主役愛猫クー(空)ちゃん

 

私が挿し木してから5年目となったパイナップルが熟し、本日収穫してお盆の仏壇に供えました。昨年こそ花を付けませんでしたが、2年目から3個の実を収穫し、今年はもう1個実を付けているため、4個の実を付け、すでに4鉢(脇芽も2本・知人宅へ1本)の子孫を残してきましたが、今年の2個も挿し木すると大変なことになりそうです。

 

 2026年3月3日の一言

 

奇遇にも過去の2個は1月8日に花を付けましたが、今年は諦めていると3月3日のお雛様の日に花を発見しました。

 

右にも1個

本日収穫です

小ぶりですが2個目もまもなく熟します

電動ノコギリで切ります

異変にクーも反応しました

 

 

5年前にスーパーで購入したパイナップルは、完熟しておらず実の上に付いたクラウンの葉も先が枯れており、まったく美味しくなかったことから、クラウンだけでもと挿し木に挑戦した次第です。

 

2023年6月15日の一言

 

そして、2年後の1月8日に花を発見し、半年後に完熟したパイナップルを食べましたが、2年間2階の事務所を冬でも20度以上にエアコンを温度設定して育てた結果でした。これを口にしたことで、スーパーで買っていたパイナップルの不味さを実感させられました。


こんなことから、現在4鉢の植木鉢と知人宅の1鉢が残ってきました。
 

本日の仏壇

畑で採れたスイカと共に供えました

春に受章した勲章も先祖に供えました

近所の観音様も御開帳です

 
2年前の収穫は、私が四国遍路に行っている間に切られてしまいました。
 
「パイナップル切るよ」
   「まだまだ大丈夫だ」
「だって手遅れになっているから」
   「馬鹿なことを言うな」
 
上高地へ自宅の家内から電話があり、スーパーで売られているパイナップルはもっと青いうちに売られていると言う話に、「スーパーは船便で届けるため青いだけだ」と、ふざけた会話に絶対切るなと怒って電話を切りました。
 
家内は本日午前9時に訪れる僧侶の盆経に供えるつもりで、私が切ってはいけないと怒ったため、仏壇には畑で採れたスイカが置かれていましたが、供えないと身勝手に上高地や四国遍路などへ外出している私の立場も危うくなるのを危惧して、本日目覚めた直後に家内に切ってもらいました。
 
今年のお盆は、我家のご先祖様に私の育てたパイナップルと、春の叙勲で受章した旭日双光章の勲章も披露でき、これ以上の先祖供養はこれからも無いと思われます。
 

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御嶽山日の出滝

木曽町三岳 木曽御嶽山黒沢口4合目

明栄講(甚目寺御嶽神社) 霊神場

祖父(道成霊神)の石碑

津島市内 垣見さん(右・新明霊神)の石碑

岩戸山十二大権現

恵比寿様

明栄講ろ組(七宝町) 霊神場

分家大鹿家の石碑

元神守郵便局長神谷さんの石碑(左)

黒沢口弘法堂

仮の宮

仮の弘法大師尊像

明栄講 新霊場

明栄講橋本組の合同霊神碑

 
昨日まで滞在した上高地から下り、昨晩は安曇野の道の駅ほりがねの里でボランティア仲間の杉本さんと眠り、朝食後にマック安曇野インター店で珈琲を飲み、杉本さんは松本市内の果物や野菜売り場から自宅のある千葉県へ走っていきました。
 
私は上高地でお世話になっていた知人宅を訪れ、雑談に花を咲かせた後に本日の目的地である木曽町三岳の黒沢口にある御嶽山明栄講霊神場へ立ち寄りました。正式名は、あま市(旧甚目寺町)新居屋にある「木曽御嶽本教明栄分祠殿教会所」の霊神場です。
 
この霊神場には明栄講で先達をしていた私の祖父や知人の石碑が並んでおり、私は上高地の帰り道に木曽路から立ち寄って毎月参拝することにしていますが、ほとんどの信者はこの霊神場まで行っていないと聞き、ここで他の信者のお家族と出会ったこともありません。
 
霊神場の正面に鎮座する講祖の座像に般若心経を唱え、祖父の師匠にあたる霊神碑に挨拶してから、祖父の石碑前で参拝して、ここでは身内としてのお願いもした後、近くに立つ津島市の先達で祖父が亡くなってから、我家の御嶽様のお世話をしてもらっていた垣見さんの碑にお参りして石段を下ります。
 
車を停めた正面にある十二大権現様に般若心経を唱え、車を停めた横にある恵比寿様に手を合わせた後に、今度は隣に位置する明栄講ろ組の霊神場へ歩いて移動します。
 
この霊神場はあま市(旧七宝町)の徳開霊神を請祖とし、我家の分家となる大鹿家と元神守町の郵便局長であった同級生の父親の碑に参拝して、今度は少し離れた田中旅館の横に建つ弘法大師堂へ、今度は神教ではなく弘法大師へ参拝に訪れます。
 
上高地へ行った帰り道に毎月参拝するとは決めてはいても、雪のある冬季は必ず行くわけにもいかず、家族とともに御嶽山山頂へ登拝した先月は、両脚を痛めて弘法大師堂以外は家内が参拝し、私は車中からの参拝になりました。
 
さて、先月の御嶽山登拝で8合目と9合目の中間にある弘法大師座像と、7合目に新しく鎮座された役行者の石像に参拝できなかったため、今年度中に参拝したいと思っているため、再度のロープウェイ登山に挑戦することになります。
 
帰宅後に昨晩の台風の心配するお声を寄せていただきましたが、幸いにして安曇野にはわずかな雨しか降らず、本日の御嶽山も傘を必要とせず参拝ができました。次は来月の上高地行きの前に四国遍路を画策することになってきます。
 

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最後のテント撤収を終えたボランティア仲間で記念撮影
朝は閑散としたバスターミナル駐車場へマイカー(タクシー)で乗り入れました

トランスジャパン内田選手
前田選手と黒田選手です
頑張って下さい😊
バスの行列ではありません
五千尺ホテルの売店です(笑)
辻本選手
多くのファンが囲みます
私も(笑)
小梨平食堂の隣

御年91歳になられる川口さんはライチョウの人形作りを指導されており、ここ2年ほどお顔を見ていませんでしたが、今年は元気な御姿で再会できました。

ここでもツーショット(笑)
ビジターセンター前のサルを囲む観光客です
ボランティアによる紙芝居
お客様がお一人でも上演します
終了後の記念撮影

人相の悪い私は役に立ちませんが、観光客に呼びかけてお客様を集めてくるのが仕事です。泣いていた子も家族で笑って帰る熱演でした(笑)

私の担当は山の解説です(笑)

本日まで3日間のボランティアは、望遠鏡から穂高連峰の奥穂高岳と西穂独標の解説をしながら、紙芝居とクラフト教室へお客さんを一人でも多くお連れする事も任務でした(笑)

望遠鏡も大人気の行列です(笑)
2カ所の望遠鏡に行列ができました
本日は2日間雲に隠れていた山頂が見渡せました
本日の清水川

山の日か制定されてから毎年上高地のイベントに参加していますが、昔からの山仲間や小梨平の常連横丁のメンバーが姿を消した寂しさは否めませんが、新たに出会った多くの顔なじみの方々や、環境省のボランティア仲間に恵まれて、無愛想で人相の悪い私でも自然と笑みがこぼれてきます。

明日は安曇野の知人宅を訪れてから、木曽路を通って御嶽山の霊神場へ参拝した後に愛知県の自宅で待つ愛犬と愛猫のもとに帰ります。

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トランスジャパン第1位の選手
石尾選手
上高地小梨平中継点
第2位湯谷選手
観光客の中を駆け抜けて行きました
第3位の選手
伊東選手
軽快です
明日の午前8時が最終リミット
朝の河童橋
山の日のイベント
インフォメーション2階
環境省ビジターセンター前
望遠鏡で山の解説です
有難いお客様です
帰りのバスまでの行列
河童橋前
やっとバスターミナルへ

山の日の前日でありながら超満員の上高地は、観光客の行列でバスは2時間待ちとなりました。

富山県の海岸から、静岡県の海岸まで山の稜線を駆け抜けるトランスジャパンが開催されており、中継点となっている上高地小梨平で、1位から3位の選手を見送りました。

タイムリミットは明日朝の8時で、今晩の上高地を選手たちが走り抜けていきます。

明日は山の日の各種のイベントがありますが、私は相変わらず環境省ビジターセンター前で穂高連峰の解説となります。

それよりも今日の夕食は何時になるのでしょうか(笑)


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朝の河童橋
行列の沢渡バスターミナル
まだまだ続きます
上高地バスターミナル

ほとんどの観光客は大正池で降車して散策路を歩くため、バスターミナルからは静かな環境で散策できます。

朝から人で溢れる河童橋
ホテル五千尺のスィーツの行列
清水川の定点写真

本日は環境省ビジターセンターで、私は望遠鏡を立て定点解説となる山の案内ですが、それ以上に大きな任務は、クラフト教室と紙芝居へ参加する家族連れを誘うことにもあります。

これだけは絶妙な見分けが必要になり、これから明神池まで歩こうとしている人に声をかけても迷惑なだけで、帰りに乗るバスの時間まで余裕がないと参加してもらえません。

大正池から1時間以上歩いてきて、これ以上は歩けないが時間を持て余した人や、上高地へ宿泊しているご家族を見つけて声をかけると気持ちよく参加してもらえます。

これが営業マンなら成功報酬もありますが、無償のボランティアですからこんな事でストレスを貯めないのは私の性分に合うとしか思えません。

クラフト教室のテント設営
ビジターセンター前から見る会場
テント下の様子
お盆だけの紙芝居上演
一人から上演します
ボランティアの熱演です

本日は曇り空で穂高連峰の山頂が見られませんでしたが、明日からは快晴の予報からボランティアの本領発揮となりそうです。

午後4時10分の河童橋

かつては、一週間家族と共に訪れていた上高地も、最近は私一人環境省のボランティアだけの上高地と化してきましたが、自宅で待つ10歳の小鳥と、昨年から家族となった愛犬リキと愛猫クーの存在から帰宅を急ぐ上高地となってきました(笑)

今回は12日に安曇野の知人宅を訪れてから、木曽路経由での帰宅となります。

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元日本兵・横井庄一さんのお墓

行雲寺墓地 名古屋市中川区富田町千音寺

久々のお供えと参拝です

母親つるさんが残したお墓です

 

本日は朝から上高地の予定でしたが、上高地の天気予報を見ると雨模様であり、12日の夜まで帰ってこないとお盆の花が供えられないため、お盆前に家内とともにお墓のある名古屋市中川区まで走ることにしました。
 
もっとも、一週間前に小鳥のムーが旅立ってから、1羽だけになったヒーちゃんが寂しがり、私を呼んで鳴き続けるだけでなく、明らかに体調不良に陥っているため、夜まで見届けてから出発することにした次第です。
 

千音寺霊園

誰かが花を供えていました

私の父親の遺したマサキを足しました

私の月桂樹です

小動物の慰霊碑へも

こちらは夫人の建てたお墓です

 

横井家代々のお墓 つるさんが眠っています

 

横井庄一さんは血を分けた後継者が無く、夫人が横井家に反目して2つ目となる新たなお墓まで残してしまったものの、お彼岸や盆暮れにお墓の掃除をする親族も無くなり、私が生きている間は我家で大鹿庄一として育ったお先祖様としてお墓を護っていくことにしました。

 

毎年お盆前に花を供えてから上高地へ行きますが、今年は11日の山の日で環境省のイベントが終わるため、例年より早い上高地行きとなり、あやうくお墓掃除を家内任せにしてしまうところでした。

 

私の留守中には、私の曾祖母や父親の眠る先祖代々のお墓と、家内の在所も後継者が不在となるため、家内は2ヵ所のお墓掃除とお供えに走ることになり、私が上高地から帰った13日には自宅へ旦那寺の僧侶が訪れ、15日にはお寺の施餓鬼供養へ参拝する慌ただしいお盆となります。

 

大鹿家の当主として横井庄一さんと上高地を天秤にかけるわけにはいきません。

 

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細川さんからいただいた法螺貝

入門書

この部分で滞っています

 

 2026年1月9日の一言

 

今年の1月に発信した法螺貝の記事ですが、今年の秋には四国遍路で法螺貝デビューを果たそうと考えていたものの、昨年11月を最後に豊川市の財賀寺で開催されている法螺貝講習会にも参加できず、慌ただしい日程から練習も疎かになっていました。

 

現在のレベルは、乙音(低音)は安定して出せるようになり、甲音(高音)は時々不安定ながらも出るものの、さらに高音となる揺りの揺り止めと別揺りに挑戦し始めた状態で、揺りの音が出せないため四国デビューの大きな壁になっています。

 

そんな訳で、お寺から帰る時に吹く宿出の螺は吹けるものの、お寺に入る宿入の螺は揺りの音が出せないため吹くことができません。明日から上高地へ出かけてしまうと練習もできないため、元々才能が無い法螺貝だけに上達しません。

 

 2023年3月25日の一言

 

そもそもが、法螺貝の音が出せないと自覚しており、私とは無縁と思っていたものの、三年前のお遍路で当時三重県四日市市に住んでおられた細川さんと出会い、固辞したものの「どうしても」と立派な法螺貝を頂いてしまったことが始まりでした。

 
2024年3月20日の一言

 

四国遍路では多くのお遍路さんと出会いますが、何度も再会し、会えるはずのない環境下で再会したり、奇跡としか言えない出会いがあり、そんな出会いや再会からお遍路仲間が増えていきますが、縁がない人とは何度再会しても行き交うだけとなります。

 

2024年4月21日の左足

 

法螺貝を手にしたものの、一年が経過しても満足な音が出ないため、愛知県豊川市で法螺貝講習会が開催されていることを知り、2年前の春から参加するようになりましたが、進歩が遅く初心者のグループのまま現在に至りました。


2025年2月3日の一言

 

それでも法螺貝への興味は尽きず、知多半島の漁師さんが水揚げした法螺貝を入手し、自分で法螺貝作りにも挑戦したものの、よくよく考えてみると、私は魚や小動物の殺生ができず、法螺貝の中身を取り出すことも苦痛となり、機会があれば作るものの積極的には作れないことを自覚しました。全くの笑い話でした。

 

 2025年5月9日の一言

 

さて、満足に音も出せない法螺貝ですが、私が法螺貝を始めたと聞いた知多半島のお寺から、和尚さんが3個もの法螺貝をわざわざ自宅まで届けてくださり、江戸時代からの年代物と判ったため、吹き口を代えずに所有されていた修験者の当時の音を知多半島で出したいと思っています。

 

 2025年6月13日の一言

 

そして、法螺貝の世界では有名人の山本さんとも横峰寺で出会い、その後に偶然とは思えないような再会時に、素人同然の私に手ほどきをしていただき、持参していた私が手作りした小さな法螺貝も吹いていただきました。

 

細川さんにいただいた法螺貝によって、多くの人たちと知遇を得て、四国遍路だけでなく、祖父が先達をしていた御嶽山でも吹きたいと思うだけでなく、セカンドライフの上高地でも熊よけと奥穂高岳の山頂の祠に鎮座する大神に向けても吹いてみたいと考えています。

 

それまでは元気で生きておられるとしたら、平均寿命までは安心ですが、人前で法螺貝を吹ける(立螺・りゅうら)ようになってすぐにお陀仏では堪らないため長生きの欲望が募ってきます(笑)

 

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ふるさとアサヒ31号の戸別配達が本日の早朝をもって終了したため、久しぶりに自宅でゆっくりする一日となりました。今日と明日の2日間の静養で、明後日からの上高地へ万全の体調で臨めそうです。
 

唱電特機

エアコンの整備です

 
上高地行きを前にして、16日まで外出が続くため、私の車のエアコンを整備に出しましたが、上高地の宿が満杯のため私にとっては貴重な家ともなり、ずいぶんと使い古してきたことで長距離を走るたびに整備が必要になりました。
 
上高地では環境省のビジターセンター前へ望遠鏡を立てて、穂高連峰の山の解説が仕事となりますが、先月24年ぶりに御嶽山山頂(3067m)まで登頂した体験は、上高地の山のガイドにも大きく影響し、西穂高の独標に「一般の人でも挑戦できる」と解説してきたものの、若い頃の体験だけで語るのは止めることにしました。
 
上高地から見ると簡単に手が届くように見える山々も、現実には3千メートル級の北アルプスであり、万全な体調とともに無理のない計画が必要となり、パンフレットの工程表どおりには老体はついていけません。
 
さて、今回の上高地行きは個人的に製作した「上高地散策マップ」を持参して、親しい知人にも手渡す予定ですが、マイカー規制の上高地へ自由に出入りするため、タクシー会社まで開業した物好きには、GGでもまだまだできることがあると実感です。
 
ただし、ボランティアとは言え、山の日のイベント用のテント設営も手伝い、一日中立ちっぱなしの解説となるため、おしゃべり好きの私でも足腰が悲鳴をあげるようになり、最終日には安曇野の知人宅へ立ち寄って夏休みにしたいと思っています。
 
不思議なことに、上高地や四国遍路へ旅立つ前には、疲弊して体調不良の老体が何とかなっていくのも、好きなことに勝る健康法はありません。

 

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午前5時16分

クローバーテレビ前

 
昨年5月から5年間は続けたいとして再刊した「ふるさとアサヒ」ですが、4年後には76歳になるため、私自身が歩いて配達できるかどうかを考えると、ボランティアで配布してもらえる人があれば幸いですが、地域にある公共施設や人の集まるお店に置いてもらって欲しい人に持ち帰ってもらうようにしたいと思っています。
 

そぶえ整形外科 愛知県弥富市中山町北脇

昨日までの展示

新しいケースです

左はこれまでのケース

 本日のそぶえ整形外科のInstagram

 
弥富市にある「そぶえ整形外科」は、私が4年前に発症した膠原病の主治医で、名古屋市にある中村日赤の整形外科の医師ですが、昨年4月からは親が開業していたそぶえ整形の院長となり、現在は日赤には週2日間勤務する主治医の医院です。
 
幸いというか、不幸と言うべきかは判りませんが、数軒の整形外科を受診しても病名が判明しなかった知人に主治医を紹介したところ病名が確定し、現在は中村日赤とそぶえ整形へ通院することになったため、発行するたびに届けてくれるようになりました。いって
 
「ふるさとアサヒ」は、津島市と愛西市に、あま市の一部と蟹江町の朝日新聞に折り込まれて配布されていますが、院長から気持ちよく「いいよ」と快諾して置いてもらうようになったので、これからは弥富市も取材エリアとして発行していきます。
 
膠原病はまれに寛解(かんかい・症状が消えた状態)することもあるものの、死ぬまで病院のお世話になる可能性が高く、主治医のもとに何年先まで届けられるかは判りませんが、4年後には戸別配布ではなく欲しい人が持って行ってもらえるようにしたいと思います。

 

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「大鹿さん、予約は明日ですよ」
 
かかりつけの歯科医院の待合室に座っていると、受付の女性から予約日を間違えていたことを指摘され、今日に限ってずいぶんと早くから来院して間違って座っていた事が判りましたが、本日は本調子とは思えない体調から午前中は内科医院の診察も受けてきました。
 
登山疲れだった足腰の動きは復活したものの、身体の脱力感や無気力状態が続いていたため、今まではこんなことでは通院しませんが、週末に訪れる上高地には万全な体調で出かけたいので診察を受けました。
 
もっとも、こんな体調でも好きなことをやっておれば不調も感じない可能性も高く、これまでは市販の風邪薬かロキソニンで乗り切ってきました。
 
さて、本日のフェースブックには
 

個人的には膠原病に罹患していることと、血圧も高いことから病院とのご縁を切ることはできませんが、日常的に歩くことと、規則正しい食事と生活に心がけ、間食を避けて温かい風呂に入り、早く寝る(午後10時には)ことを心がけたいと思います。

 

もっとも、かつて津島市看護専門学校の名誉校長を務めておられた医師は、「医療費にお金をかける人は長生きする」と常々発言されていたことから、不調時に自己判断で放置せず、専門医の診察を受けられる環境は重要です。

 

 

 

早朝のミニコミ紙「ふるさとアサヒ」の配達も、あと2日で完結できそうになっており、雑用は多いものの上高地へ行く前に済ませて、お盆を過ぎたら四国遍路も考え、御嶽山8合目と9合目の中間地点にある弘法大師像まで登りたい。

 

自分の好きな上高地と四国遍路を中心とした生活にはストレスは無く、近所や町内から嫌われても嫌なことは全てを断って、好きなことと自分でやりたい事しかしないことが、私の健康法になりそうです。