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本日の写真です。   叔父が生活したお寺と、最後となった施設周辺です
 
 平成26年夏から管理栄養士さんの指導を受けるようになり、その年の秋から月・水・金の週3日間を目標にして、市内葉苅町にある珈琲屋さんまでウォーキングを始めましたが、昨年秋からほとんど歩いていなかったものの、道中には先週末亡くなった叔父の最後となった老人施設や、叔父が幼少時から生活したお寺もあるため久しぶりに歩きました。
 
 叔父は3歳で母親を亡くし、養子の父親が家を捨てて失踪してしまったため、我家の犠牲になってお寺に出されましたが、幼いため何度も家に逃げ帰ってきたそうで、その度に60歳を越えた祖母とともに、兄である2才違いの私の父親と妹の叔母が一緒にお寺まで連れ帰ったそうです。
 
 その日の生活にも困るどん底生活で、祖母しか働けない家庭環境のため、お寺を追い出されると大変なため、その夜は祖母と兄弟が一緒の布団で眠り、翌日にお寺から500メートルほど離れている千引の橋まで送り、叔父がお寺に入っていくのを確認してから家に帰っていたそうです。
 
 我家からお寺まで3キロ強ありますが、今から80年前にここを六十を越えた祖母と子供たち4人が歩いたと考えると随分遠く感じられ、私は健康のため珈琲屋へ行くために歩いていましたが、我家の曾祖母や叔父たちは生活のために歩いていたと考えると胃が痛みます。
 
 横井庄一さんが生まれたのが大正4年のため、記念館で陸軍へ出征前の家庭環境を問われますが、横井さんが大鹿庄一として生活した我家では、庄一さんが養子として横井家に出た後も祖母を中心として同じように戦後まで耐乏生活を続けていました。
 
 叔父の訃報によって我家の過去へ想いをめぐらせる日々となりました。
 
                                      1月20日の一言