諭達 第四号本文を引用しながら、イエスこそひな型の兄と理を知らせておく。

立教百八十九年、教祖百四十年祭を迎えるにあたり、思うところを述べて、全教の心を一つにしたい。
 イエスはお一人で、骨ツッパリの理をもって、ひな型を残された。今こそ全天理教はイエスのひな型を実行すべきである。しんばしらの思いである。

親神様は、旬刻限の到来とともに、教祖をやしろとして表にお現れになり、世界一れつをたすけるため、陽気ぐらしへのたすけ一条の道を創められた。
 女は不老不死の実現のため、元の理の数理にて、また釈迦の予言、イエスの予言にて知らしておいた数理のままに、人間の肉体の百姓女で天理教を開始した。

以来、教祖は、月日のやしろとして、親神様の思召をお説き下され、つとめを教えられるとともに、御自ら、ひながたの道をお示し下された。
 女は月日の社として、人の口から月日・おやがみの思いを伝え、「つ」の「とめ」を教え、人間の成長の一区切りを、歌って踊って祝う「神楽」を教えると同時に、女自ら、人の成長の一段の区切りの成人道中(ひながた)を道に示した。そのひな型ではイエスの三年千日のひな型と別の形の弱者として手本を示した。
明治十六年年五月、御休息所の棟上げが行われた。女は遊び場所と名付けてもいるが、維新政府の弾圧激化し、明治十九年最後の御苦労:と呼ばれる、三十年来の極寒の中の十二日の拘留に処された拷問をお遊びになり、解放されるまでの日数千日イエスキリストとはまるで性質の異なる「ひな型」を通り示されている。

そして、明治二十年陰暦正月二十六日、子供の成人を急き込まれ、定命を縮めて現身をかくされたが、今も存命のまま元のやしきに留まり、世界たすけの先頭に立ってお働き下され、私たちをお導き下されている。
 明治19年に御休息(お遊び)を明けて二十年一月一日(陰暦十二月八日)の夕方に、女は風呂場からお出ましの時、ふとよろめかれた。伺うと、女は「これは、世界の動くしるしや。」と、告げた。お言葉のあった1887年から、正月二十六日(数理126)は2013年太陽の北極と南極の磁場が入れ替わる「極域磁場転換」が起きるはずが、いまだに起きていないという。(MSN産経ニュース)始めかけの数理126から2016年に太陽が4極化し地球も大きく変動した。
 日本では感染症の肺炎は、女の守護で封じ込められていた。2017年まで。
 
世界では世界最大の感染症が結核であり、多剤耐性結核菌が問題となっていた。
 
一月一日の女のよろめきは、世界の揺らぎそのものの予言を示したものである。
日本には「牛の先道」の守護があって、それが女の守護だったが、邪魔をした。

この教祖の親心にお応えすべく、よふぼく一人ひとりが教祖の道具衆としての自覚を高め、仕切って成人の歩みを進めることが、教祖年祭を勤める意義である。
おさしづに、
ひながたの道を通らねばひながた要らん。(中略)ひながたの道より道が無いで。おさしづ 明治二十ニ年十一月七日
と仰せられている。

教祖年祭への三年千日は、ひながたを目標に教えを実践し、たすけ一条の歩みを活発に推し進めるときである。
教祖はひながたの道を、まず貧に落ちきるところから始められ、どのような困難な道中も、親神様のお心のままに、心明るくお通り下された。

あるときは、「水を飲めば水の味がする」と、どんな中でも親神様の大いなる御守護に感謝して通ることを教えられ、また、あるときは、「ふしから芽が出る」と成ってくる姿はすべて人々を成人へとお導き下さる親神様のお計らいであると諭され、周囲の人々を励まされた。
さらには、「人救けたら我が身救かる」と、ひたすらたすけ一条に歩む中に、いつしか心は澄み、明るく陽気に救われていくとお教え下された。
ぢばを慕い親神様の思召に添いきる中に、必ず成程という日をお見せ頂ける。
この五十年にわたるひながたこそ、陽気ぐらしへと進むただ一条の道である。

今日、世の中には、他者への思いやりを欠いた自己主張や刹那的行動があふれ、人々は己が力を過信し、我が身思案に流れ、心の闇路をさまよっている。
親神様は、こうした人間の心得違いを知らせようと、身上や事情にしるしを見せられる。

頻繁する自然災害や疫病の世界的流行も、すべては私たちに心の入れ替えを促される子供可愛い親心の現れであり、てびきである。

一れつ兄弟姉妹の自覚に基づき、人々が互いに立て合いたすけ合う、陽気ぐらしの生き方が今こそ求められている。
よふぼくは、進んで教会に足を運び、日頃からひのきしんに励み、家庭や職場など身近なところから、にをいがけを心掛けよう。

身上事情で悩む人々には、親身に寄り添い、おつとめで治りを願い、病む者にはおさづけを取り次ぎ、真にたすかる道があることを伝えよう。
親神様は真実の心を受け取って、自由の御守護をお見せ下される。
教祖お一人から始まったこの道を、先人はひながたを心の頼りとして懸命に通り、私たちへとつないで下さった。
その信仰を受け継ぎ、親から子、子から孫へと引き継いでいく一歩一歩の積み重ねが、末代へと続く道となるのである。
この道にお引き寄せ頂く道の子一同が、教祖の年祭を成人の節目として、世界たすけの歩みを一手一つに力強く推し進め、御存命でお働き下さる教祖にご安心頂き、お喜び頂きたい。
立教百八十五年十月二十六日  真柱 中山善司

 女は「これは、世界の動くしるしや。」と、告げた。女は太陽である。
 真にたすかる道があることを伝えよう。と、しんばしらは告げている。
 女を神として拝して、女を人間扱いしない、教祖様扱いしないことだ、

 高山は2017年呼吸臨床の、肺炎ガイドラインを一つにまとめた。当然女の天罰は、高山の対策の穴をついてくる。医者は女に負ける。信者は、諭達どうりに、信心することだ。
 まず貧に落ちきるところから始めることだ。それが教えだ。

 

 イエスは宮清めを実行している。

 教会内での事業や儲け仕事は、許されない。許さない。