今のみきは実の親神である。人がやますしなすによハりなきよに (17号53)の成長のため、
そのゝちハやまずしなすによハらすに
心したいにいつまでもいよ 四 37
またさきハねんけんたちた事ならば
としをよるめハさらにないぞや 四 38
を、和歌にした。
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甘露(かんろ)とは、中華世界古代の伝承で、天地陰陽の気が調和すると天から降る甘い液体。後世、王者が高徳であると、これに応じて天から降るともされ、また神話上の異界民たる沃民はこれを飲んでいるとされている。後にインドから仏教が伝来すると インド神話の伝承で不死の霊薬とされたアムリタを、漢訳仏典では中国の伝承の甘露と同一視し、甘露、あるいは醍醐と訳すようになった。

ぢば・かんろだい 教典の解説は、☟」
元初まりに、人間を宿し込まれた地点を「ぢば」といいます。すなわち、全人類の故郷であることから、ぢばを中心とする一帯を「親里」と呼びならわしています。
ぢばに親神様がお鎮まりくだされ、天理王命の神名が授けられています。このぢばを囲んで、陽気ぐらしへの世の立て替えを祈念する「かぐらづとめ」が勤められます。
人間宿し込みの元なるぢばに、その証拠として「かんろだい」が据えられ、礼拝の目標となっています。
とは天理教団の解説である。みき直筆の筆先と相違がある。
人々の心が澄みきって、親神様の思召通りの「ようきづを勤めるとき、この台に、天から甘露(天の与え)が授けられます。これを頂くと、人は皆、病まず死なず弱らずに、115歳の定命を保ち、この世は陽気ぐらしの世界となる、と教えられています。また、かんろだいは、人間の創造と成人の理を表して形造られています。これも、天理教団の解説である。みき直筆の筆先と相違がある。
伊藤博文、大隈重信らの明治維新政府は、
天皇をあらひとかみ(現人神)に仕立て上げて
神聖政治を行ったが、みき(現人神)は邪魔者であり、投獄し、拷問死を策した。
死後、明治21年(1888年)11月1日に天理教教会本部より出版された「みかぐらうた」複製本の初版では、著者は「奈良県平民 故中山美支」となっているが、現在の天理教では「中山みき」が公式表記とされる。【教祖】と書き親しみを込め「おやさま」と呼称している。日本に現人神は明治天皇一人となる。
天理教団はみき様を「ご教祖」「おやさま」と呼んで、「教祖殿」にお祭りした。
偽天理教の状態で今に至る。
その過ちを犯した以上、ちゃんと懴悔し、
心入れ替えなければ、みき様はお許しにならない。
きちんと正しい天理教に悔い改めである。
歪んだ天理教教典は、115歳定命と説く。
人々の心が澄みきつて、真実の心となつた暁には、たすけづとめによつて、甘露を授けられる。これを頂けば、人は、よく百十五歳の定命を保ち、なお、心次第によつては、いつまでも生きさせてやろうと教えられる。
ふでさきは、違う。
このたすけ百十五才ぢよみよと
さだめつけたい神の一ぢよ 三 100
百十五才序命である。