LIFE IS VERY SHORT
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就職

頭の中では輝いていたものが現実味を帯びてきたとたんにその輝きを失う。

そんな経験したことないか?

就活中はなんか輝けるものがあるはずだと思って、ひたすら前向いてやってきた。

内定がいくつかもらえて、自分の将来に確かな光が見えた気がした。

でも、今日内定者研修行って、まだスタートラインに過ぎねぇんだってのをつくづく思った。

まだフンドシもつけてねぇ関取入門者がやっと土俵見つけたってとこかな?

まぁその土俵があるだけでありがてぇってことかな?

週頭から引きずる風邪でちょっとネガティブなオレ(笑)

やっぱり

東京って本来人間が生きる環境じゃあねぇよな。

Between Jap&NZ

ニュージーから帰ってきて4ヶ月。
いい加減日本にも疲れた。
クレマ、早く帰ってこいよ!
って連絡する度に言ってくるヤツ!

俺だって早く帰りたいよ!
って思わず吐いた本音。

画面越しのそいつの変なスマイルがいちばんニュージーの魅力を語っている。


ニュージーで働こう。




八月まで(笑)

悩みについて

悩むのって面倒だよな。
でも、悩みの中心を見つけて悩みから解放された時ってすごく晴れやかな気持ちだろ?
なんだ、シンプルじゃんって。


自分の長所を活かすのか、短所を伸ばすのか、金の為に働くのか、世間体の為に働くのか、会社の為に働くのか、夢の実現の為に働くのか。
どれも言い訳には十分だったけど結局俺を納得させることはできなかった。


いま、やりたい事をする為に働く。
なりたい自分になる為に働く。

そういうことだった。
留学決めた理由もそれだったよな。

くやしくねぇのか!!

突然だが、くやしい!!って思う。
その気持ちって”ありがとう”っていう感謝の気持ちと同じぐらい大切な気持ちなんじゃないかって俺は思う。

マンガとかテレビのドラマでヤンキーや不良とか呼ばれるやつらが部活や学校生活を通して一本筋の通った人間に成長していく物語ってよくあるよな。

あんなんありえねぇ話だ!って思う?
俺も昔はそう思ってた。

でも、スクールウォーズが実話であるように、そう言うことは大いにありえることなんだ。


そのカギが  ”くやしい!!”  って気持ちだと俺は思う。


ヤンキーとか不良って言われるやつらは、もともとプライドが高くてキレやすい。
言い換えればもともと くやしい!! って思えるやつらなんだ。
ただその気持ちの矛先が暴力に向かってたりするだけで、
それをスポーツに置き換えたりするだけでたちまちスゲー成績を残すような奴らになる。

くやしい!! って気持ちが成長するのにすごく大事な気持ちだってこと。



残念ながら高校生の頃の俺は”くやしい!!”って大いに思える人間じゃなかった。
だから余計、いまはその大切さ、その気持ちで成長してこれた自分を感じている。

たまに頭の中で”くやしくねぇのか!!”ってグランドで叫んでるあいつの声が聞こえる気がするんだ。

俺の歴史

俺の珈琲との出会いについて話そう

高校3年生の秋、部活も終え進学先も決まって時間をもてあましていた俺が思い当たったのがアルバイトだった。
留学には金もかかるし、高校生の間に日本の社会を少しでも知っておきたいと思った。

スーパーの総菜屋にも目をつけたのだが、結局電話をかけたのは同じスーパーに入っている珈琲屋だった。

高校生の時にちょっとした社会の仕組みを知れた、それだけで十分多くを学ぶことができた。そう思うがそれより何より。

たった4ヶ月ほどのアルバイトだったけど、
俺はそこで働いているとき、メチャメチャ楽しかった。
だから珈琲を極めようと思ったし、こいつとずっと関わっていきたいと思った。
仕事に打ち込む人間の魅力、人間関係を大切にする人の魅力、大変な思いをしながらも試行錯誤し続ける人間の魅力、接客業の魅力、一つの店を経営する魅力、そして珈琲の魅力に魅せられた。

俺はその時の店長が作っていた様な珈琲屋をつくりたい。
接客云々もそうだが、それより同じ職場で働く人たちが気持ちよく働ける空間。
自分のこだわりをぶつけられる、自らの熱い思いを語れる場を、俺がその店長に魅せられて珈琲にはまった様に、俺も誰かにそんなことを思ってもらえるような人間になりたい。

きっとそれだけで十分に幸せだ。

店長には辞めてからも珈琲を割り引きしてもらったり、メシにつれてってもらったり、成人祝いもらったり、いろいろと世話になってる。ニュージーの土産がないのは本当に失礼だ!!

就職した暁にはこの旨をしっかりと伝えて挨拶にいきたい。


俺の原点、やっと見つけた。

虫のアイデンティティー

いま、東京駅


東京の人ゴミのなかにいると、本当にこのゴキブリの大群に埋もれている人間の一人一人にアイデンティティーなんてあるのだろうかと思うことがある。

俺はそんな集団とは異なったタイプの人間なのだと普段は思っていても、ふとした刹那に結局自分も周りと何も変わらないのではないかと思ったりする。


就職活動の末に仕事を選ぶ時だってそうだ。
会社という集団の中に身を委ねることは、その集団や社会の中に所属する安心の様なものを手に入れる事ができるが、それと同時にやはり自分はゴキブリの一人にしかなれないという、不安に襲われる。

所属する社会が大きいほどその不安は大きくなる。

アイデンティティーを主張し続けることが、自らの幸せに非常に大切な要素だってのが俺の持論だ。

どんな会社には勤めるにせよ、自己主張強えぇ人間でありたい。

資本主義社会

就活で東京に出てきて早4ヶ月。
いい加減、ゴキブリの様に動き回る人の群れに嫌気がさしてきた。

留学先、ニュージーランドの素朴な環境が懐かしい。

東京で生活していると金がいる。
町に出るのにも、バスや電車を乗り継がなきゃいけねぇし、
時簡を潰すためにも、400円ほど払って珈琲付きの1メートル四方ほどの空間を買わなきゃいけない。

変なトコw


おかげで俺の財布と銀行口座からは数字が減る一方。
どうやってこの数字を増やそうか。。。

前からちょくちょく手を出していた株か、、、

超資本主義社会、東京にて 金に悩む


クレマ

わかってたよ

某カフェチェーンの選考結果。
分かってたけど、ダメだった。

一つのテーマについて、そんなことまで聞くか!?って程掘り下げられた面接。

さすがにそんなところまで話すネタ用意してなかった。結果、スマートで熱意のこもった回答は数える程しかできず。カフェ店員の適性はほとんどアピールできなかった。


でも、それって俺にはカフェの店員は向いてないってこと?
なんとなく気づいてはいたけどね。


わかってたよ。

就職と定年

場所は八重洲地下街のカフェドクリエ。

コーヒーを飲みながら読書をする俺の隣の席に現れたのは先月定年を迎えたばかりのおじさん二人。

きっと、40年間スーツでの生活だったんだろう、私服がサマになってない。

彼ら曰く、定年の一番の喜びは帽子をかぶれること。なにもオシャレの為じゃない。40年間積み上げたストレスのせいで毛を失った頭を隠す為だ。

悲しいかな。


片方の親父がリアップを友人に勧めてる。でも、匂いがかなりキツいんだとか。さすが医薬品。

定年と同時にタバコを止めたんだとか。でも、酒はやめられないんだとか。

来年から社会人の就活生と、二人の定年オヤジ。



すげぇ面白い構図。