I’ve overcome my complexes such an english ability, living by myself(doing housework) and seeing real other cultures. Therefore now I've got confident to what I want to do and can say what I think, so honestly. Otherwise I would say just “I or people should do~” and go round inferiority. Sometimes I've regretted why I came here, but I go my way because of coming here. Even if something big lost happen, I won't, never, regret studying and coming abroad.
この話前にしたかもしれないけど
留学に来る前に父親に
「留学に行く理由を明確にしなさい」
って言われたから
チラシの裏紙に3つぐらい「これをしにいくんだ」って言う目標のようなものを書いた。
お母さんは呆れてたけど
高額なお金出してもらうんだしそりゃそれぐらいの覚悟は見せてほしいよなと察してそれなりにちゃんと書いた気がする
その時の項目は①英語力の向上→難しい話題も深くまで話せるレベルになる②他人の意見を受け入れられるようになる③は忘れた
これらは父の心を落ち着かせるために書いたのであって
留学中私が常に意識していたわけではない
それでも良くも悪くも目標は「期待以上」に達成されたと個人的には思っている
この留学は「してよかった」というよりは「しなきゃいけなかった」ことのような気がする
私が私でいるために必要なことだった
留学前私は既に自分自身に満足していた
だから別に自分に不満たらたらだったわけじゃない
自分探しとやらに来たわけでもない
でも結局は「自分探し」になっていたのかもなあと今にしてみれば思う
何より一番よかったことは頭の中がシンプルになったことだ
日本にいた頃は「こうしなければいけない」「こういう人間でいなければいけない」とばかり思っていた
私は割りと良い家庭環境に生まれて頭も割りかし良くて五体満足で健康体なのだから果たさなければいけない役割があると思っていたし
それは「したい」ということよりは「すべき」ことを積み重ねることで達成されるとどことなく信じていた
私が友人に投票に行けといったり、社会規範に従わなければいけないと強く思うのはきっとその一部
でもイギリスに来て、何がその要因かはわからないけれど、そのshouldの呪縛からは解き放たれたような気がしている
私のなにかをしたいという気持ちはひっぺ返してみればとても率直で素直だ。
別に英語が他の国の人よりできなくても、仕方ないよだって日常で必要ないんだもん
おまけに同じ潮流から来た言葉でもないから全く似ていないしおまけにめちゃくちゃ地理的距離が遠いからなかなかそういう人と関わらないもん
若い人が投票に行かないのは当たり前だよ、だって別に関心持たなくても暮らしていけるし、自分の生活とどう関係があるのか実感できないんだもの
ボランティアとかサークルとか、やらなきゃいけないことを放置してしまう逃げてしまうことがあるのも当たり前じゃないか、だってやりたいことじゃないんだから
10年後の自分が見えなくても当たり前、だって2年先も見えないのにそんな先の見通し立てられないよ
「海外の人」っていう偏見があるのも当たり前、だってそれしか情報が入ってこないんだもの、興味もないのよ知り合いもいないから
「韓国と日本て仲悪いんでしょ?」って言われても実感わかないよ、だってそれは「政治」の話であって私たちに関係ないもの
友達も知り合いもいないのにどうやって嫌えばいいの?
寧ろいたずらばっかりしてくるイギリスのguysの方がよっぽど腹立つよ?
そりゃそうだ、体験に基づいているんだから
別にそれは恥ずかしがることじゃない
人に迷惑かけるのは良くないことだけど、できないことはできないことだし、やりたくないことはやりたくないこと
ずっと、政治に関わる仕事につくんだ!とか、日本の政治の仕組みを変えるんだ!と思っていたけれど、仕事につけなくても自分のやりたい範囲でのことでもいいんだろう
仕事に就かなきゃとか、そのために資格が必要で。。とか
やりたくないことを「やらなければいけないこと」にすり替える必要はない
こうやってみると考え方がとても自由だ
「自由」は「自分勝手」とは違って
社会的規範から鑑みて、「これぐらい別にいいだろう」っていう妥協点が見つかるのに近い
日本に来て本当に感じるのは「こうしなければいけない」って言う恐怖心がとても強いこと
仕事中に同僚と話すのは悪いこと?
お客さんがいなくて暇な時にもせかせか働かなきゃいけないことはしなきゃいけないこと?
10分の遅れはそんなに悪いこと?
「心からお詫び申し上げます」ってもっと大事なときに使う言葉ではないの?
謝りすぎ
気を使いすぎ
別にそんなことで私は気分を害したりしないわ
もちろん時間ギリギリの時に電車が遅れる時とかは
かんべんしてくれ、とは思う
でもそれはいつだって起こり得ることだし
人が風邪を引くように機械だって壊れる時もあるし
それってそんなに許容できないこと?
もちろん「他人の目を意識すること」は大切で
だからこそ「日本人は親切」とか犯罪が少ないことにも影響しているんだと思う
でもその大切さが「できるといいこと」から「できないのは悪いこと」に置き換えられている気がするんだ
私は、今現在の気持ちとして、バリバリ働くより
働いてイライラするより
休みの日をただの休息の日にしてしまうより
大事な人を大事にするための時間にしたい
大事な人っていうのは自分も含めて。
小さなことを、なんだそれぐらい大したことじゃない、って言えるようになりたい
それが今の私の「やりたいこと」
宇宙も政治も私の「興味」
「すべきこと」は、今のところまだ見つかっていないのが本音
私の使命は、まだわからない
それでいい
それが自然だから
そう思えてよかった
本当はそう思っていることに気づけてよかった
もう一つ留学でよかったことは、
他にも言語の面白さや、英語が話せるようになったこととか色々あるけれど、
自信を持てたことが大きい
もちろんお金の面で自立はできていないけれど
一人暮らし出来るだけの能力がある自身がついた
スタジオではなくフラットだったけど一人で洗濯掃除料理をこなすことができたから。
今まで英語にもコンプレックスがあった
一つでもわからない単語があると劣等感を感じていたけど
今は「なんだこれ」って辞書を引ける
普段使っていないことだから英語を忘れてしまうのは仕方のないことだからって思える
自身があるからできること
それは多分妥協ではなくて、「事実」。
きっとここで大切なのは「わからないことを認めて勉強し直す姿勢」だと思う。
知ったかぶりをしてしまうのはきっと前進につながらない
わからないことは、悪いことではないはず
そう思えてよかった
そもそも「留学をしていないコンプレックス」から解放されてよかった
「私は生身の他国の文化を知らない」「憶測でしか話せない」とずっと感じてた。言葉には出さなかったけどおそらく感じてた。深いところで。
他国の様子を伝えるテレビ番組は昔から好きだったけれど
結局「テレビの中のこと」であって、ファンタジー映画を見るのとあまり変わらない。
どこかの国を考えるときに、クラスメイトの顔が思い浮かぶ
国の名前ではなく、人の名前が先に国と関連して思いつく
それはきっと「英語を話せるようになること」よりずっとずっと貴重な体験なんだと思うんだ
不思議だ
私は留学する前から、今の自分は一番幸せで一番いい、と思っていた。
「ここが私の限界」という意味ではなくて「今までの自分史上一番いい」と感じていた
それなのに、やっぱり「今」の自分の方がいい
つまり、留学前より今の自分の方が好きだ
「好きだ」というより「しっくりきている」が近い
自分らしくいられる、呼吸をするのが楽という意味。
私は前の私とは違う
それは、私にとっては嬉しいことというより、悲しいこと
もちろん今の私のほうが前より好きだ
しっくりくる
優しく、柔らかく、しなやかな人になりたい
前言っていた「本音」より、ずっと「本当の」本音。
それでも、昔から、小学生の頃の私が思っていた、目指していた「私」は、「変わる前の私」だったんだ
もう私は昔見たいい走れない
全力疾走で何mも走るのが目標だったけれど
今は歩くのでもいいから周りの人を見ながら先に進みたい
全力で走ろうって思えない
それは結局裏を返せば、見方を変えれば「諦めた」になってしまうんだろう
走っていたかった
全力でいたかった
気持ちいいから
でももう、それを「気持ちいい」とは言えない
そうやって感じることができない
それは悲しいことだ
何かを取ったから、何かを捨てたんだ
全部持ちきれないことに気づいてしまったから
それでも今の私のほうがいいんだ
今まで頑張っていた「すべきこと」は
これからは「嘘」になってしまうから続けることはできない
嘘をつき続けないくてよかった
私は運が良い
こんな自分でいられて、いさせてくれる人々に囲まれて、彼らに出会えて私はluckyだ。
留学に行かせてもらえてラッキーだ
いい歌に巡りあえるのは幸せだ
よかった
とても良い留学だった
ありがとう
2016/01/02