春、4月。
関東では、例年より早く桜が開花した。
しかし、寒の戻りで気温が下がり、満開を迎えた桜は、まだ悠然と咲き誇っている。
いちうら にな
市浦 仁菜は、真新しい制服に身を包んで、校門から続く桜並木に魅入っていた。
横浜を一望できる丘陵に佇む緑豊かな県立M高校。
桜を見上げている横を、同じ制服に身を包んだ生徒が追い越していく。
心地よい風と桜の花びらが舞うこの景色は何度見ても飽きない。
それでもまさか入学したてで遅刻するわけにもいかず、ゆっくりと歩き出した。
中学での仲のよい友達はみんなそれぞれ違う高校へ行き、
ここで新しい日々が始まるのだ。
期待と不安とが入り交じった不思議な感情が心を満たしている。
きっと、同じような思いを抱いている人はいるはずだ。
どんな人と出会えるのか、楽しみでたまらない。
仁菜は始業式まで、校舎の周りを散策することにした。
やわらかい桜の絨毯を踏むたびに高校生になった実感が沸いてきて自然と顔がほころぶ。
県立M高校は、昨今の少子化の影響を受け、近隣のS高校と統廃合した生徒数1000人を越える県内有数のマンモス校だ。普通科の他に特進コース、音楽科、芸術科、英語科などがあり個性豊かな校風である。
校舎は、生徒増によって元々のT高校の洋風の木造校舎の前に改築によってコンクリート打ちっぱなしの近代的なガラス張りの校舎を建てた。中庭をはさんだ廊下で2つの校舎を結んでいる。敷地内だけでも結構な広さがある。相対する校舎だが違和感なく融合しており、新校舎の方は天井が高く常に気持ちいい光が降り注いでいる。
仁菜がこの高校が気に入った理由のひとつだった。
たくさんの緑に囲まれた構内は、仁菜の気持ちを癒してくれる。
ここで3年間を過ごせることに喜びを感じていた。
早めに登校したので、構内を一周するつもりでいたが、左腕の時計を見ると、もうすぐで始業式が始まる時間だ。
「やば。体育館どこだっけ。」
仁菜はひとりごちて、頭の中の構内図を思い浮かべる。
校門から続く桜並木の途中を右手だ。
仁菜は桜並木から木造校舎に沿って左手に歩いてきたので――、
「結局一周する感じじゃん。」
腕時計を見ながら早足で中庭を通り抜けた。
戻るよりもう一度校門を目指したほうが早いと判断したのだ。
いつも時間には余裕をもって行動する仁菜だったが、余裕ゆえに道草をしてしまい、時間的配分を間違えてしまうことが時々ある。
今度は、悠長に桜を眺めているわけにはいかなかった。
が――、
「……。」
足早に向かう数人の新入生の中で、立ち止まって桜色に染まった空を仰ぎ見る人がひとり。
桜吹雪をつかもうとしているのか、左手を伸ばしていた。
こちらからは逆光で横向きの彼の素顔ははっきりとは見て取れなかったが、仁菜は目が離せなかった。
切り取られたその光景が、一枚の絵葉書のように綺麗だったからだ――……。
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