黄色い花長文です

 

 

私が母との事について延々っと悩み続けるのは

『母が私に何をしたから私がこうなったのか』を言語化して

頭の中をスッキリさせたいからなのもあると思う

 

 

 

 

 

例えば夫のことなら

「夫は自分さえ気分良くいられたらそれでいい

自分の気分が良ければ他人も気分が良いはずだと思い込んでるから

まずいことが起きた時、それを全部他人のせいにする思考に持って行ける」

要は「自分は悪くないとする状況を作るのが目的」の為のモラハラだろうなと

私勝手な想像で頭をスッキリさせ腹落ちもする

 

 

 

 

 

 

他にも私にマウントとってくる友達や知り合いだったら

「この人は私を蹴落としていないと立っていられないんだろうな

常にバカにできる対象が必要な人なんだな」と

これも勝手な想像だけどスッキリ腹落ちする

 

 

 

 

 

 

でも母だけは何をどうしても腹落ちしない。

なんなら父と姉の考え方も(私の勝手な想像だとしても)

私の想像通りで大体間違っていない自信もあるし

腹落ちも出来ている(相手が自覚出来ているかは別として)

 

 

 

 

 

腹落ち出来ないのは母だけ

なんで?

 

 

 

 

 

 

母の目的を挙げていくと

・不安から解放されたい

・自分が底辺だと感じずに済むように誰かを足蹴にしていたい

・周りからちやほやされたい 常に誰かに守られていたい

・自分の有能さを世間に認めさせたい バカじゃないと証明したい

・天使の様に慈悲深い人だと思われたい

(上から、強いだろうと思う順番で挙げてみた)
こんな感じかな。これでもかなり大雑把にまとめてみた

 

 

 

 

 

 

 

多分母の目的もそれなりには理解できるて気もする

…でもなー だから何なの⁈

ってどうしてもそんな感情が湧いてくる

 

 

 

 

 

しつこいようだけど、母以外の父・姉・夫・その他他人の事は

腹落ち出来て「ケッ」って思う事もできて

対処もしようと思えば出来なくもないとこまでこれた

でも母だけは何をどう考えてもムリ。

どうしても納得できない

 

 

 

 

 

ということは。

あ~多分私は母について

そもそも納得する気がないんだな

と、昨日思いついた

 

 

 

 

黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花

 

 

 

 

私にとって腹落ちするということは

『自分も相手と同じ気持ちになってみて

あ~これだったら私も同じ行動するなとわかること』な気がする

 

 

 

 

 

 

だから母の「自分を守る為に私をいじめる」という気持ちに

同調して同じ様に感じてそれを納得したかったのけど

どうしても同調できなかった(当たり前か)

 

 

 

 

 

でもせめて何か他に

「私にはわからないけど母にとっては正当」な理由があるはず

でなきゃ私がこんな理不尽な目に合うはずないでしょ…って気持ちから

昔を何度も思い出しては『正当な理由探し』をしているんじゃないかと思えて来た

 

 

 

 

 

 

だとしてら

腹落ち出来ない理由・グチグチ悩み続ける理由は

「母親からの愛が欲しい」ってことになる。

ここまできたらいや~なんて健気な私。とまで思えて来たわ

なら「よしよしいい子いい子」ってしとったらな

いかんってことか

 

 

 

 

 

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話はごっそり変わりますが

最近母とのことで以前より言語化できたものがあるので

書いておこうと思います

 

 

 

 

 

今は大分改善されてるように見えるけど

私が小学生の頃はとにかく身内は貶めるのが美徳とされていて

「愚妻」やら「愚息」やら平気で口にしてなんなら

人前で身内をほめるのは「常識の無い恥ずかしい人」とみられてしまう時代だったと思う

 

 

 

 

 

そんな時代に母は「この子は本当は優しい子なのよ~」と

人前で言える人だった

しかも相手に「マウント」と感じさず

逆に相手に「お母さん優しい人じゃない 大事にしなきゃダメよ~」と

言わせることが出来る人だった

(今思うと『本当は』と付けるところがポイントだったからなのか⁈)

 

 

 

 

 

細かいことは覚えてないけど、こんな会話に遭遇うすることは何度かあった

でそんな大人達の会話を端で聞かされている私は

「私は好きで優しい人間になろうとしてない。

お母さんが『じゃなきゃ人間のクズになる』って脅すから優しくなろうとしてるだけ

お母さんは家ではあんなにも私をバカにして

『ともこが勝手にそんな風に生まれて来たんじゃない』と怒りまくっているくせに

どうして外では『この子が自分で天使の様に優しい子に生まれて来たの

だから私の努力ではないのよ~』みたいに言うんだろう」と感じていた

(今書くといろいろ辻褄あってないけど当時はとにかくそう思っていた

その場の空気ってものだと思う

基本母はその場の空気を自分の思うよう動かすのが上手かった)

 

 

 

 

 

 

この感じ。子どもながらに母の何かが怖かったのを憶えている

この、一見褒められていそうでも貶されてもいそう

全く嬉しくないどころかモヤモヤしかしない

母といるとそんな目に遭わされることが本当に多かった

 

 

 

 

 

この時のこれは多分、母の目的が

『自分を天使の様に優しい母親に見せる』ことが目的だったから

私は混乱し続けたのかもしれない

 

 

 

 

 

私は母から『天使の様に優しい人間になれ』と強要されてきた

もし私が天使の様に優しい人間になれたら

私に母自身を守らせることが出来る

母のワガママも失敗も不安も全部優しく受け止められるように私を作り上げる

それが母の目的なことは高校生の頃には気が付いていた

 

 

 

 

 

でも母自身が人から「天使の様に優しい人」と思われたかったから

私に「天使になれ」と強要していたことには今の今まで気が付かなかったな

これが「鏡の法則」?「投影」?…ちょっと分からんけど。

 

 

 

 

 

そもそも「天使の様になれ」って言われても

天使って死んでからなるもんじゃないの?

 

 

 

 

 

母から「〇ね」と言われ続けて来たという感覚があるのは

「そんな性格じゃダメだ 変わりなさい!」以外に

「天使の様に」と体感的に言われ続けたのも理由だったりする