突然ですが、私は「エゴ」の意味があまり分かっていません。

何度かググってみたけどやっぱりよく分からない。

でも大概悪い意味にしか使われないのは知っている。

「機能不全家族」「毒親」関連の記事で、被害者側の『エゴ』について書いてあるのも結構多い。(特にスピリチュアル系に多い気がする)

それが凄く気に入らなかった。なぜ傷ついた方がエゴ扱いされるのか。

全く理解出来ないししたくも無い。その理不尽さで頭に血が上る。

 

 

 

ただ全て否定する気も無く。

私の理解が進めばいつかその「エゴ」の使われ方も理解できるようになるかもしれない程度には受け止めていた。

 

 

 

それが最近、初めて「これが私のエゴか‼」と分かった出来事があった。

その出来事自体は説明が難しいので端折るけど

まずAさんのあるやり方を「自分の好きに人を動かそうとしている」とイラついていた私。

「ここはみんな公平が一番良い方法でしょ」と考え違う案を提案した。

その結果周りの人たちに余計な迷惑をかけてしまった。

 

 

 

この件でAさんが私にムカついたのも分かった。

私は私で「Aさんの方が間違ってるんだから知ったことか」と思おうとしていた。

でも何かが引っかかってずっと考えていたら気が付いた。

 

 

 

私はAさんの身勝手さからみんなを守る体で動いていた。

でもAさんも、自分の考えの方がみんな喜ぶだろうと思っている。

どちらも自分の正義(エゴ)の元動いていただけだったこと。

そして今回の場合、間違ったことをしていたのは私の方だった。

多分私の信念の一つに「みんな公平にするべき。そうすれば皆平和でしょ?」というエゴがある。全く無意識だった。

 

 

 

今回本当なら私は、自分の目的だけをAさんに伝えればよかったものを

「Aさんはバカ」「Aさんのことは皆嫌っている」「自分の思い通りに人を動かしたがる人」という思い込みが優先されて、

「ほらやっぱり勝手に決めてくる」

「気に入らない。正さなきゃ」

「私の『公平』の方が正しいのだから皆もありがたく思てってくれるだろう」

という都合よく解釈して余計なことに口を出していた。

 

 

 

・・・やっと、やっと自分のエゴに自分で気が付けた…

しょせんどちらも「自分の思うように人を動かしたい」と思うタイプ。

だから私は誰よりもAさんが嫌いだったんだ。(そしてAさんも機能不全家族育ち)

 

 

 

今回知った私のエゴは氷山の一角でしかないと思う。

多分、こんなことを今までも何度もやってきた。だから私は嫌われてきた。

「無意識でした」なんて通用しない。

「『公平』は良い事だし皆もそれが好きでしょ?」と何度押し付けたんだろう。

 

 

 

黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花

 

 

 

ただね。ここでは少し言い訳したい。

私にとっての人生の軸の一つになっている「公平が正義」は、

私が自分から取り入れたものでは無くて母から教え込まれたものだということ。

 

 

 

気が付いた頃には母の道徳的矯正は始まっていた。

「世の中をよくするために誰かが始めなきゃ。そしたら誰かが付いてくるでしょう?」

「ともこが世の中をよくする最初の一歩を始めればいいじゃない」

「みんながバカになったらまた戦争がはじまるよ?」

「若い人たちがこれからの日本を作っていくんだよ?」「やらなきゃ」等など。

一度じゃない。幼稚園の頃から小学校低学年のころまで折に触れて何度も聞かされてきた。

私にお説教する時の常套句だった。

 

 

 

で小さい私は思った。

「これが出来るようになったらママに気に入られるかも」

「そしたらみんなからも好かれる」

「これが出来たら正義の味方みたいでかっこいい。これは皆にも気に入ってもらえる」

「ママの言ってることは正しい事だし」

 

 

 

そう一番厄介なのは、言葉の内容自体は何も間違っていない事。

使う場所と使う相手、使う時期はすべて間違いでしかなかったけど。

 

 

 

母に言われたこれらをいまだに実現させようとしていたなんて…。

でも無意識にそれ程根深く染みついていたということ。

そりゃそうだよな。生き残るための手段になっていたはずだから。

そしてやっぱりいまだに母に気に入られたいんだと改めて思い知らされた。

 

 

 

やっぱり毒親はダメなのよ!人の人生をぶち壊し過ぎる。

自分の問題は自分で解決しなければ。