こんばんは
愛知県三河地区初!
ICU/SFC英語難関大対策専門予備校 リベラルアーツアカデミー
主宰の杉浦直樹です。
今日は第21章に入ります。
それでは、さっそく物語に入りましょう!
誰にでもできる! 受験を通して幸せになる23の鉄則
~あるICU合格者の受験人生~
【21.「滑走路」は合格への一本道か? ~ある冬のマクリーン通り~ 】
ICUの受験も終わり、残るは第二志望のSFCと慶應の法学部です。
ICUの受験状況が芳しくなかったため、慶應の直前の対策は気が気ではありませんでした。
それでも今度は無事に慶應の受験が終わります。
次の日がたまたまICUの合格発表だったため、横浜でもう一泊し次の日ICUに向かいます。
当日はどんよりとした曇り空。
路線を調べた結果、横浜から三鷹へ行くルートは大きく迂回するしかないと知りました。
当時はまだガラケーの時代で路線検索サービスがなかったため当日それを知りました。
そんなことを考える余裕すらなかったんです。
朝一の合格発表の張り出しの時間帯は諦め、ICUに着いたのは昼過ぎでした。
受験生の姿はまばらで胴上げをしてくれるはずのアメフト部やラグビー部の学生ももうほとんどいず、ラグビー部の学生が一人とそのマネージャーらしき女性が一人いるぐらいでした。
緊張した面持ちで掲示板に向かいます。
掲示板はICU教会の前、「滑走路」(マクリーン通り)の先にあったので、かなり遠くから目視できます。
冬の寒空の下、カラスの鳴き声しか聞こえない不気味なキャンパス。
夏の緑の豊かなキャンパスからは想像もできないほど、不気味なキャンパスに感じました。
そんな中、掲示板へ一歩一歩近づいてきます。
心臓の鼓動は高鳴るばかりです。
そして、掲示板にたどり着きました。
呼吸を整え、掲示板を眺めます。
自分の番号を見落とさないように、一つ一つ丁寧に受験番号を確認していきます。
!!
あった!
自分の受験番号を見つけた瞬間涙がこみ上げてきました。
あまりの涙で声がでません。
涙でかすんだ視界の中、もう一度確認します。
ある!
まだ、信じられずもう一度確認します。
やっぱりある!
その場で泣きながら立ちすくみます。
自分でもその時の気持ちは言い表せないものでした。
しかし、はっきり言えることはホッとしたということでした。
そして、やっと周りの状況がつかめるようになってきます。
その場には、心配そうに私の事を見つめるラグビー部の学生とマネージャーさんがいました。
「どうだった…?」
「受かってました…」
まだ泣いている私の背中をその「先輩」は抱いてくれました。
「てっきり、ダメだったかと思ったよ。全然うれしそうじゃないし」
そう言われて、初めてはにかみの笑顔で「うれしいですよ」と一言。
そして、親に電話です。
「受かったよ」
「なかなか連絡がないからてっきり落ちて意気消沈して、東京をフラフラしてるんじゃないかと思ったよ。だけど…、おめでとう!」
短い会話でしたが、電話を切るとまた泣いてました。
そのまま「先輩」に学キへ連れられ昼ご飯をごちそうしてもらいました。
初対面でしたが、自分の受験の苦労話を聞いてもらいました。
同郷ということもあり、意気投合し、かなりの時間話し合ったことを覚えています。
久しぶりに心が解放された気分でした。
ちなみに、その先輩は入学後、違う寮ではあるものの寮生の先輩であることがわかります。
入学式の日に再開し、初日から3時間もダベることになります。
話した内容は、「古代ケルト人の文化について」
マネージャーの先輩が永遠と語ります。
2回あっただけの新入生に3時間もこんな話をするなんて、ICU生はなんてクレージーなんだ(笑)
その後、慶應の合格発表も終わり、結果見事SFC・法とも3つ合格。
最高の結果となりました。