渉と響子、周平と響子母が
退出したパーティー会場は、途端にしんとなった。
そんな所に智大が上気した顔で戻ってきた。
そして、先ほどから石田特製の
チョコレートケーキをホールごと
頬張る亜依の元に駆け寄った。

「亜依。俺、石田先生の元で

 修行できることになったぞ」

たった今ケーキを口に入れたばかりの亜依が、
もごもごしている間に麻里が聞いた。

「まさかローズで?」

「えっあ‥違います。ここで‥

 こちらのお屋敷でお世話になります。

 あの‥よろしくお願いします」

智大がぺこりと頭を下げる。

「ほんと!大歓迎よ。

 でも、いいの?お店はどうするの」

とは麦子。

「はい。どうも師匠が俺のこと心配して、

 石田先生に頼んでくれたんです。

 だから、大学もちゃんと卒業したら

 正式にって」

「それまでは見習いってこと?」

亜依が聞いた。

「ああ」

麻里が言う。

「紫堂家にいるシェフはパティシエも含めて

 皆、ローズで経験を積んだ一流ばかりよ。

 経験もない、どこかのコンクールで賞を取った

 訳でもないあなたがどうして?

 しかも正式って、そんなこと‥」

こう言いながら麻里は麦子を見る。
困惑ぎみの麦子。
しばらく屋敷を留守にしていた麦子より、
俄然麻里の方が屋敷の内情には詳しかった。

「すみません‥見栄を張りました」

「智‥」

亜依は智大を心配そうに見つめる。

「何も決まってなんかいません。

 心配してくれた師匠のためにも、

 大学はちゃんと卒業して、

 こちらには試験を受けて必ず受かります」

智大はふたりに宣言するように、
真っすぐ麦子と麻里を見てきた。
それをうけて、顔を見合わせるふたり。
麦子が言った。

「じゃあこれからは大学でも会えるのね。

 よかったわね、亜依」

「はい‥」

亜依は何か言いたそうだと、麦子には映った。

「亜依、どうかした?」

「えっどうって‥何でもないです」

慌てて下を向いた亜依。
ここで麻里。

「彼が羨ましいんじゃない?

 屋敷に来る理由ができて」

さらに俯いた亜依。
後頭部まで赤くなっていく。

「えっそうなの?」

驚いて麻里を見た麦子。

「亜依、悪い。

 おまえ、お屋敷に憧れてたもんな。

 俺、今日教わって分かったんだ。

 石田先生の元で学びたいって」

「智‥いいのよ」

そして、亜依は麦子と麻里を見た。

「今日、お屋敷に来て本当によかったです。

 憧れのお屋敷で、

 有名な先生に教えてもらって、

 あんな可愛いエプロンも貰えて‥」

「亜依、また遊びに来てね」

と麦子。

「そうね。また来れば」

とは麻里。

「えっ」

驚いた麦子と亜依が麻里を見る。
麻里は何よという顔をする。
それが合図だったかのように、
自然と四人、
顔を見合わせて笑い合う。

この時、
まだ何も知らない麦子は、
春になったら亜依とテニスでもしようと
楽しみに思っていた。




~~
☆今回もお読みくださり感謝です。。
その夜、紫堂家では
バレンタインパーティーが行われた。

「はい、おじいちゃん」

先陣を切って、
麦子が手作りチョコを雄三郎に手渡す。
すると雄三郎は、

「いいのか?」

と、今にも涙を流さんばかりに喜んだ。
次に渡そうとした麻里は、
麦子のチョコを取られまいと抱える雄三郎を見て、

「私達は森川に預けますね」

と、後ろに控える森川に
今日のチョコ教室に参加した全員が、
次々と綺麗にラッピングされたチョコレートを
積み上げていく。
チョコの山にあたふたする森川をほっておいて、
麦子はにこにこ顔で言った。

「おじいちゃん、今日は特別よ。

 バレンタインだからね。

 おじいちゃん仕様だから安心して食べてね。

 でも、食べすぎはダメよ」

「麦子や‥わしはなんて幸せなんじゃ。

 こないに・・・」

落とさないようにと必死な森川の持つ
チョコの山を見て、雄三郎の顔は緩みっぱなしだ。
雄三郎は杖を手にし立ち上がるとこう言った。

「皆に礼を言う。今夜は楽しんでってくれ」

「おじいちゃん」

麦子は歩き出した雄三郎を追いかける。

「麦子や。年寄りは早よう眠くなってかなわん。

 おまえも今宵はバレンタインとやらを

 楽しむがいい。

 そのうち由基も帰ってくるじゃろ」

「おじいちゃん‥おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

麦子は雄三郎の後ろに続く森川に声を掛ける。

「森川さん。おじいちゃんをお願いね。

 今夜はちょっと食べ過ぎてるから、

 もう何も口にしないよう見張っててね。

 おじいちゃんのためなんだからね」

最後の一言は、前を行く雄三郎に向かって
言った麦子。
雄三郎は片方の手を軽く上げ、部屋から出ていった。
この場を早々に退散する雄三郎の思惑は、
バレバレだった。
今だチョコの山と格闘中の森川は
何とか笑みを麦子に返し、
雄三郎に続いて部屋を出ていった。森川ファイト!!


残った麦子達はそれぞれにパーティーの続きを
楽しんだ。
ただひとり、亜依を除いて。

亜依は、何かと響子の世話を焼く渉に
イライラし通しだった。
そんな亜依に気づいた麦子は、
何かと話しかけ気を遣った。
ことごとく麦子の気遣いも徒労に終わるほど、
渉は響子だけを見ているため、
ふたりを見る亜依の視線は鋭くなる一方だった。
そんな麦子を麻里はほっときなさいと窘めたが、
麦子は気になって仕方がなかった。
智大も亜依の異変に気づいていたが、
見て見ぬ振りをしていた。

響子は驚くほど不器用で料理に不慣れだった。
それとは逆に器用な渉は、
自分と響子に付いた助手のパティシエに
的確に指示を出しながら、
ふたりのチョコレートを同時進行で
見事な出来ばえに仕上げてしまった。
これにはショコラティエ石田も感嘆の声を上げた。

娘の不甲斐なさを
最初から承知していた響子の母は、
ただただ渉の手際の良さに感心し、
渉と助手のパティシエ達の邪魔にならないよう
見学していただけの響子の元に、
「渉さん凄いわねえ」「ほんと素敵ねえ」
と、幾度となく言いにきた。
もちろん響子の母の作った数種類のチョコレートも、
どれも完璧な出来ばえだった。


だから、
恥ずかしい思いの響子は、
来るんじゃなかった‥
早く帰りたい‥
と思い続けていた。

「食べないのか」

さっきからポテトグラタンを
ただ突いているだけの響子に渉が聞いた。

「食欲ないの」

響子は周平と楽しそうに
「どれにする?」などと言いながら、
料理を選んでいる母親を見ながら言った。

ちなみに今夜の紫堂家はビュッフェスタイルである。

帰ろうなんてとても言えないわね‥

響子の口から自然と溜め息が出る。

「行こう」

渉が響子の手首を掴みながら言った。

「ちょっと」

響子の声に皆の視線がふたりに集まる。
渉は響子の母に言った。

「屋敷を案内してきます」

「まあ‥はい。ごゆっくりと。

 響子、渉さんにご迷惑かけるんじゃないわよ」

「なっ」

文句を言おうとした響子の言葉を
周平が遮った。

「響子先生。今、お母さんに

 今夜は屋敷に泊まってってお願いしてたんだ」

「泊まるっ」

驚いた響子の声にまたしても皆の視線が集まる。
響子は声を落とした。

「周平くん。そんな‥ご迷惑だから。

 あっもうここでしつ‥」

またも周平が響子を遮る。

「迷惑なんかじゃないよ。明日の朝、

 お母さんにパンケーキ焼いてもらいたいんだ。

 明日、彩人が行っちゃうだろ。

 お母さんのパンケーキ、

 ほんと美味しかったから彩人にも

 食べてってほしくてさ。

 お母さんは響子先生がいいならって

 言うから‥響子先生いいでしょ?」

周平に悪意は全くないだろう。
それは分かっている。
だが今の響子には、周平が悪意の塊に見えた。

ここで断るなんて誰ができるの‥

響子は無意識に渉に掴まれている手元を見た。
と同時に渉が言った。

「周平、こいつにだって都合があるんだよ。

 そんなに言うなら、

 今から作ってもらえばいいだろ。

 彩人はまだなんだし・・・

 てことで、いいですか。作ってもらっても」

最後は響子の母を見据えて渉は言った。

「えっええ、そうですね。

 今から作りますね」

「すみません。俺達の分もいいですか」

渉は響子に目をやりながら響子の母にお願いした。
その眼差しは優しかった。

「ええ、構いませんよ。

 周平くんにお手伝いしてもらうので‥ね」

響子の母は周平の腕を掴み、引っ張りながら言う。
渉の様子にこれは‥と、
内心有頂天状態の響子母だった。

材料もパティシエも豊富に揃っている紫堂家。
結局、全員分のパンケーキを作った響子の母。
今夜の味は格別に甘いのだった。




~~
☆今回もお読みくださって感謝です。。
「森川か」

森川はなかなか携帯に出ず、
渉は随分と待たされた。
いつもの渉ならキレるところだが、
今日はそれを抑え話し出した。

「教授に連絡してくれないか」

「ああ、今日の‥そうだ」

「今日の分、明日以降どこかで調整できないか」

「何?じいさんと話してる。もういるのか。

 ‥じゃあ聞いてきてくれ」

「はあっ理由?」

「そんな‥いいだろ。何でも」

「はじめて?そりゃそうだろ。

 今まで真面目に受けてきたんだ」

「森川・・・

 おまえ少しは融通利かせろよ」

「だから‥たく」

「だから‥今日なんか‥チョコ・・・」

「何?聞こえない?たく‥

 だから‥今日チョコ作るだろ」

「そうだよ。

 まさかの俺が参加するんだよ。

 これでいいか」


たく‥

舌打ちする渉。


「どうしたの?」

母親に電話し終わった響子が
渉の元に戻ってきた。

「大丈夫だったか」

「えっ?」

「周平のこと話したんだろ」

「ええ、そう。パンケーキのこと話したら、

 母さんったら‥物凄く喜んじゃって。

 今から用意するわって切られちゃったわ」

響子は思い出すように笑みを浮かべた。
渉は正直面白くなかった。
周平を行かせるんじゃなかったと
今更ながらに思ってしまう。
と、携帯から森川の声が聞こえてきた。

「ああ。そうか。何?ビター?」

「はあ‥分かったよ」

「ああ。今から帰る」

渉は携帯を切った。

「ビターって?」

響子がすかさず尋ねた。
渉は一旦顔を横に向け、一息吐いてから
響子の方に向き直った。

「今日のチョコ作り‥

 俺も参加することにした。

 だから、担当教授に今日の分

 変更してくれって頼んだんだ。

 で、明日になったんだけど‥

 俺からのチョコを明日まで

 楽しみにしてるんだとさ。

 ビターが教授の好みらしい」

渉は一気に話した。
そして、どっと疲れが出たとでもいうように
響子の机の脇に軽く腰掛けた。
響子は渉も参加すると聞いて、
尚更行きたくないと思った。
その思いが顔に表れていたのだろう。

「心配するな。

 今日はローズから何人かパティシエが

 来るらしいから、何でもやらせればいい」

「ローズってローズホテルから?

 そうよね。紫堂家だもんね」

響子がひとりで感心している間に、
渉は扉まで歩いて行く。
それに気づいた響子が呼び止める。

「ちょっと待って。

 何も解決してないわ。

 そうでしょう?」

渉は扉に身体を預けながら返答をする。

「解決?」

渉はこう言いながらわざとらしく首を傾げた。

「何を焦ってるんだ。

 俺は急ぎの課題か?

 ‥早くしろ。置いてくぞ」

渉は大きく扉を開けた。

「えっちょっと‥」

響子は焦った。
渉は扉を大きく開けたまま微動だにしない。
響子は慌てて、
バッグとジャケットを取りに行く。
渉はいつもの不機嫌な顔をして
響子を待っている。
響子は焦りながらも気づいていた。


この数日間‥
渉と係わるようになってから‥
自分の頭に浮かんでくるのが誰なのか‥


身支度を整えた響子は、
ロッカーの備えつけの鏡を見ながら、
しょうがないわねという顔をしてみせる。
そして、その顔のまま渉の元まで
ゆっくりと歩いて行く。
渉と目が合うと自然とこう思った。


いつも不機嫌な顔をする、シャイな私のお坊ちゃま


私の?

ふっ

響子は吹き出した。


「何だよ」

渉がさらに不機嫌な顔をする。
響子は何でもないのというように首を軽く振った。

「行きましょ」

「おせえよ」

響子を置いて渉が歩き出す。
響子はわざと急ぎはしない。
なぜなら、もう少しすれば、
渉は不機嫌な顔をして
響子が追いつくのを待つはずだから。
とその時、渉が振り返った。
不機嫌な顔をして。


ほら‥ね


響子はゆっくりした足取りのまま、
渉の元へ歩いて行く。


こんな感じでいいのだろうか‥
恋の始まりも‥


こんなことを思いながら・・・




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☆今回もお読みくださって感謝です。。
 素敵なバレンタインでしたか?
 私はホワイトチョコにしてみました。
 昨年はラスク、今年はウエハースに。
 好評だった?みたいです^^