バイクに乗り出して、丸一年がもう過ぎたんだな。
周年記念日にかこつけて何か記事でも書いたらよかったな、てなことを思いついたのが今日ではね(苦笑)。
奥田民生 & 斎藤誠 / イージュー☆ライダー(Live)
1年か。
まあ流石に、1年前ほどおっかなびっくり乗ってる感じは既に無いな。
遠出なんかも何度かしたけど、春先の鳥取よりも秋の淡路のほうが、走行距離とかそうそう変わらないのに断然疲れてなかった(まあそれなりには疲れたけどさ(苦笑))のは印象的だった。
程よく肩の力が抜けて、良くも悪くも緊張感が無くなってるような感じ。そういう時こそ危険なんだ、という自戒を込めてYoutubeの事故動画を見てたりするのは相変わらずだ。
では、バイクに乗ることが即ち日常となったのか? バイクについて考えるときに、その問いは常に頭をよぎるのだけれど。
[HD] 日常OP ヒャダインのカカカタ☆カタオモイ-C 歌詞字幕付
例えば自動車や自転車に乗るときに、まったく緊張感も何も無いというわけでは勿論無いが、とは言え何らかの感慨めいたものがあるというわけでもない。
チョークを引いてエンジンを始動し、暖気する間にヘルメットとグローブを装着する、というバイクに乗り出すまでの一連の動作の中で、僕は確かに「何らかの感慨」が生じるのを自覚している。未だに毎朝、である。
1年前程ではないにせよ、バイクに乗るという行為は新鮮な感覚を保持し続けている。それは恐らく年々減少していくのだろうけれど、決してゼロにはならないのだと僕は信じている。もし万が一ゼロになってしまったとしたら、それは僕がバイクを降りる時だろう。
そんなことを考えたり考えなかったりしつつ、今日もバイクに乗り明日もバイクに乗る。
そろそろ拭き上げてやる頃合だけど、タイミングを逃してしまったな。

