No.010:
Jimi Hendrix
『Jimi Plays Monterey』
Jimi Hendrix- Killing Floor
初めてジミヘンを見たのは、というのはつまり、ジミ・ヘンドリックスという人物をそれと知った上でヴィジュアルイメージに触れた初体験ということになるが、ヒストリーオブロックンロールというテレビ番組の中で流れた、ウッドストック・フェスティバルでの『ヴードゥー・チャイルド』の演奏シーンだった。
目を閉じ、口を大きく開けたままギターを弾きまくるその姿に、「恍惚」や「没我」という言葉によって表されるイメージが脳裏に沸き起こったのもそうだが、一方で僕はこうも思っていた。
「あのギターの音は、口から出てるんじゃないか?」
ジミヘン(Jimi Hendrix) Voodoo Child (Slight Return) woodstock 69
それから10年の月日が流れ去った、もう10年ともまだ10年とも言えるが、この際それは良い。
10年の間に僕は本格的にロックに目覚めた。そして、エレクトリックギターをアンプに繋いで音を出すということがどういうことか、多少なりとは言えどもわかるようになったつもりだ。
だからこそ言えるのだが、ジミヘンは間違い無く「口からギターの音を出している」。
ジミ・ヘンドリックスに関しては、実像よりもイメージが僕の中で先行しすぎている。バイオグラフィについては何も知らないに等しいが、ギターとエフェクターとアンプに一体化したジミ・ヘンドリックスという一つのサウンドシステム、と言うよりも一つの生命体、と言う幻想、或いは妄想は、際限なく広がって止まる所を知らない。
虚像を喚起する力。
を、ジミ・ヘンドリックスが持ち合わせているとして、それが最初に発揮されたのは恐らく1967年のモンタレーポップフェスティバルにおいてだろう。
Jimi Hendrix Wild Thing
ギターを燃やした後に叩き壊すと言うパフォーマンスは、今見ても衝撃的ではある。黒魔術の儀式のようでもあり、性的なニュアンスも多分に含まれている。しかしその実、ライターオイルをかけてマッチでという手順を見ていて、ほんの少しではあるが醒めてしまう部分も無くはない。
本当に重要なのはその最中にも絶えず響き続けている轟音と、ミッチ・ミッチェルのドラムの方ではないか? あの場所で、それこそ恍惚として目を閉じていた者でも、ステージで何かただならぬことが起こっていることは聴いて取れたはずだ。
実況録音盤『Jimi Prays Monterey』は、ライヴ冒頭のチューニングから狂乱の極みとなるラストに至るまで、余す所なく収録されたアルバムである。
大音量で聴きながら、轟音と共に自ずから火を吹き上げるストラトキャスター(それはジャケットのイメージでもある)を、目を閉じて想像してみるのも悪くないだろう。
……実際には、ピート・タウンゼントに先んじて派手なギタークラッシュをかまされて、仕方無しに繰り出した奥の手であったとしても、である。
というか、その辺りの出演順を巡るやり取りも含めて、人間味あるエピソードも大好きなのだけど、僕はあくまで偶像化・神格化に与していたいと思う。