ボーカロイドにアジカンを歌わせる計画は現在鋭意進行中である。
ほぼスコア通りに画面をタップしてればいいベースやドラムはともかく、自分で弾かなきゃならないギターと、何よりボーカルの調整が一苦労ではあるけど、まあちまちまやっていこうかと。
iVOCALOID VY1購入後10分で作った。
ボーカロイドを単なる歌メロのガイドとして扱うのか、より詳細なボーカルのシミュレータとするのか、人の歌唱ではないボーカロイド固有のそれによってのみ表現され得る歌唱スタイルを求めるか、は、もう「P」それぞれということになるのだろう。
ただいずれにせよ、程度の差こそあれ「電子音を人の歌唱に近づける」行為としては共通していると思う。もしかしたらもう存在するのかもしれないが、ブレス音やリップノイズ、リズムやピッチの微妙な揺らぎまで作り出して、究極的に人の声に近づきうるソフトというのは、恐らくひとつの目標となっているはずだ。
機械を人に近づける試み、の対となる、人を機械に近づける試みを考えた時に、僕の頭に浮かぶのは遊佐未森である。
夏草の線路
機械、という硬質な語は相応しくないかもしれないが、その歌声・歌唱スタイル・表情・振り付けに至るまで、柔らかさや温かみの中に不思議なほどの「非・人間性」が感じられてならないのだ。最後の超高音のハミングを初めて聴いた時に僕は笛の音に違いないと思ったものだが、そういう感覚は例えばミニー・リパートンやケイト・ブッシュを聴いた時には無縁のものだと思う(あくまで個人的に)。
Lovin' You - Minnie Riperton
僕が遊佐未森に惹かれるのは第一にその声故なのだが、人と人ならざる物の間、境界線上を漂うようなその存在感によるところも大きい。
残念ながらとも当然ながらとも言えるが、徐々に過剰とも言うべきプロデュースから解き放たれてシンガーソングライターとして独り立ちしてゆく中で、そうした存在感は希薄になっていくのだけれど。
そんなことを考えながらボーカロイドを調教中。……違和感が消えない(苦笑)。