命日から一週間です。
まだ気持ちの整理がつかないのですが、悪性リンパ腫と約5ヶ月も闘ったコジの最期の頑張りをホルモン治療120日目として残したいと思います。
安らかで、まるで眠るような寝顔はアメンバー記事で載せますのでもし良かったらそちらで偲んであげてくださいね。
長文です。


6月5日(日)
前で載せた通りこの日は小さくカットしたスイカを食べてくれた。私がスムージーを飲んでると欲しそうしてるから、塩が入ってないのを確認して小皿に入れてやると美味しそうに飲んだ。立てない事もあったけどおやつを持っていくと黄色い靴下を履いた足でゆっくりちゃんと歩いて来たし、夜中も何度かバタバタしててその度立たせてあげるとトイレシートに行って排尿もできていた。


6月6日(月)
この日の事は今でも鮮明に覚えている。1/2ずつに分けたご飯もゆっくりと確実に平らげた朝、《コジロー仕事行ってくるね、早く帰るからちゃんと待っててね》と声を掛けて出勤した。いつもは置いていくと吠えるのに、この日は分かったよとでも言うようにコジは黙ってこっちを見つめていた。

実は最期の通院となった6月4日(土)。逆にリンパが小さくなっている事に気づいた先生から《私の予想が外れて欲しいけどそう長くはないので覚悟して下さい》と宣告されていた。入院して酸素室に入れる選択肢もあったけど、飼い主の責任として最期は見届けてやりたかったし、ひとり狭い酸素室で死なせるわけにはいかなかったからそれを断って連れて帰った。

コジローと相思相愛な弟には元気なままの姿を遺してあげたくて。苦しんでる姿を見せたくなかったし、それまではコジがこの世を去ってから知らせると決めていた。でも6日は、しばらく悩んだ末に知らせてあげようと昼にLINEを送ったんだ。弟からは《仕事後すぐ会いに行く》と返信。

私が18時40分に帰宅するとすぐにコジローの異変に気付く。私を見つめながら立ちたい素振りを見せるも起き上がる事ができないでいた。どれくらいその状態で待っていたのかと思えば思うほど泣けてくるけど水は半分減ってるのに、朝から1度も排尿した様子がなかった。そして横たわる背中側に何故か抜け毛が沢山散乱していた。急いで先生に電話をかけて今私にできる事を教えてもらう。コジローがいつでも排泄できるようトイレシートを敷き詰めてたら弟が着いて。姿に気付いたコジローが立ちたい様だったので二人で体を支えてやると、すぐ様おしっこをして与えた水も大量に飲んだ。コジローは昔からプライドが高い子だったから垂れ流しを見せたく無かったんだと思う。

全力疾走のような苦しい呼吸が少し落ち着いて、今のうちに弟と夕飯を済ませようと思ってたら、フラフラとリビングにやって来たかと思えばすぐにコジは横たわった。私も弟もそのパワーに驚いたけど、コジが一瞬だけでも呼吸が安定してるならとご飯をあげてみたらほとんどこぼしながらも1/4ほど食べてくれて。また立ち上がったと思ったら滑って転んでしまいその時に口元を牙で切ったようで流血。危ないので弟が和室に運び、何度か口元まで水を持って行ったら飲んでくれて。自分で水を飲んだのはこれが最期だったな。しばらくして弟は半泣きになりながらも土曜にまた来るからねと言って帰って行った。

私がコジと待っているとおじさんが帰宅。帰宅すると100%と言っていいほど吠えかかっていたのに、この日は横たわったままで..おじさんの方を見ようともしなかった。コジの弱った姿におじさんが泣き崩れ私もまた号泣。スイカなら食べれるかなと言っておじさんが与えても、もう食べられる状況になく苦しい呼吸を繰り返すばかりで。そして、また立ちたい動きを見せるから手伝おうとしたら私の腕にまさかの噛みつき!びっくりしたけど昔に比べたら全然痛くなかった。コジなりの意地だったのか、支えた時の痛みで噛んだのかは今でも分からない。だからもうコジの好きなようにやらせてやろうと、少し様子を見てたらまたもや一人でよろよろになりながらリビングにやってきて、定位置で寝転がった。それがコジの最後の歩く姿でした。

そこから一晩中コジは15分間隔で襲ってくる発作のような苦しみと闘いながら朝を迎えました。眠りたくても苦しくて寝れないコジを見ていて、もう頑張らなくていいから、早くこの苦しみから解放してあげて下さいと何度も何度も願った。


6月7日(火)
朝から肌寒かったこの日、だめ飼い主な私は4時過ぎに睡魔に襲われ寝てしまう。おじさんが交代で見てくれるという甘えがあったのかもしれない。ハッと目が覚めたらコジが同じ姿勢でゼーゼー言ってて。6時くらいだったかなぁ.. 好きな場所にいさせたかったけどコジを和室に戻した。コジの身体は温かくて、それでいてずっしり重くて、犬特有の香ばしい匂いがした。

朝の光でコジをよく見ると目にヒビが入ったような小さな膜が張り、舌にはいくつも皺が刻まれカラカラになっていた。水も飲めないほど苦しくて、目が閉じられないほど一晩中闘ってたのかと思ったら号泣してしまって。人はずーっと泣いてるとね、頭が割れそうなほど痛くなるんだ。味わった事のない頭痛を薬で何とかして病院が開くのをひたすら待ち目薬を貰いに行った。

先生は知ってたんだと思う死期が迫ってる事を。でも何も言わず点眼方法を教えてくれた。急いで帰宅するとコジが横たわったまま大量のおしっこをしていた。我慢しないでいいんだから。いつでもして良いんだよと私は声を掛けたっけ。そして先生に教えて貰った通りに点眼と、ポカリをガーゼに含ませてコジの口の中を拭ってやった。舌が乾くと痛いらしいから。何度かやってあげてるとまたもや私は睡魔に襲われる。本当にだめな飼い主。

1時間後くらいかな。コジの今まで聞いたことのない哀しくて振り絞るような鳴き声で目を覚まし、慌ててコジに寄り添うと痙攣が始まっていた。私も頭の中が真っ白で、見るとコジの唇や舌も血の気を失い目は見開いていた。私はここにいるよコジと何度も名前を呼んでたと思う。ドク.. ドクと何度か体が波打ちコジの左手が2回持ち上がって私の左手に触れた。じゃあもう行くからねというコジなりの挨拶だった。時間にしたら数十秒だったけどおじさんと私に見守られる中、コジは旅立って行きました。

なんて飼い主孝行な子なんだろう。おじさんは大事な打ち合わせがあるから、14時には家を出ると話してたのを聞いていたのか分からないけれど亡くなった時刻は13時52分。大好きな弟にひとめ逢いたくて、自分が逝く前日私に弟を呼ばせたのもコジだったのかもしれない。人徳ならぬ犬徳だっておじさんが言っていた。

コジの側で動けない私に、悲しいけどこれからやってあげなきゃならないことがあるんだよっておじさんが色んな事を教えてくれました。私ひとりだったらただ泣いてるだけでコジを綺麗に送り出す事ができないでいたと思う。
コジを清めてる間、右耳の付け根あたりが一部脱毛している事に気付いた。ああ..昨日散乱してた抜け毛はここのものだったのかと。抜けてしまうくらい諦めずに何度も立とうとしてたんだね。本当に強い子だった。

時間が押してるにもかかわらず、コジを包むシーツをおじさんが一緒に買いに行ってくれた。駅前の花屋でコジに捧げる花も買った。愛犬の棺に入れるから菊以外でと伝えると年配の店員は《では淋しくないよう可愛らしく作りますね》と丁寧に生けた花束に最後は何も聞かずに白いリボンをそっと付けてくれた。花屋でもずっと泣いてたはずだけど、ここに任せて良かったとぼんやり思いました。


ひとりで逝かないでと伝えた私との約束を守ってくれて、最期に私の腕に傷を残して逝くあたり、ブレずに芯が通った男らしい生き様でした。
本当にかっこよかったよ。苦しいはずなのに最期まで一度も鳴かずに耐えたコジローは人よりも遥かに強い。ずっと諦めることなく闘い抜いたコジを心から誇りに思います。

シニアになると暑さに弱くなりホテルで留守番させたけど、よくキャンプに行きましたね。初めは私が酔って爆睡し、夜中に雨に濡れたコジを車に入れてくれたのはおじさんだったな。コジは我慢できなくなるとずっと吠える子だったから、いつも行ってたキャンプ場ではマークされてたよね。

牧場に行った時は、初めて見る牛や馬に驚いて逃げ腰のコジがとっても可愛かった。
海に行った時は足がつく場所なのに溺れて大変だったよね。犬なのに泳げない事をあの時初めて知ったよ。でもあの時海に入れたのは私じゃなくておじさんなんだよ。今度また会ったら怒ってやってね。

東京に来てから色んなトリミングサロンに連れてったけどトリマーから愛されいつでもコジは人気者だった。大きいコジが可愛いって何回も言われたなぁ。コジは自分を好いてる人の匂いはすぐ嗅ぎ取る子だった。嫌ってる人には容赦無かったけど。

もう私にはコジの姿が見えないんだけどさ。いつか笑ってまた逢えたねと抱きしめてやれるように私はもう少しこっちで頑張るから。

大病にかからせちゃってごめんなさい。苦しみを取ってあげられなくてごめんなさい。それといっぱい叱ってごめん。
私の家族になってくれてありがとう。幸せと癒しを与えてくれたから私は何でも頑張れた。出逢ってくれてありがとう。もっともっと一緒にいたかった。日課だったコジとの散歩ができなくて淋しいよ。

もうコジは聞き飽きたかと思うけど何度でも伝えたいな。

小次郎、大好きだよ。


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