今井雅之さんの訃報を、昼にネットのニュースで見て
出先から車で帰る途中、運転しながら号泣。

1ヶ月前の会見を見ていたので
ご本人も、ご家族も、関係者の方々も、
本当に無念で、やりきれない気持ちだろうなと思ったら。







でも私が泣くのは、今井さんのためじゃない。
母を亡くした時の無念の気持ちを思い出すからだ。



母の余命宣告があったのが、12月26日。
余命2ヶ月、という宣告だった。

母の容態が急変したのが、1月6日。
昏睡状態に。

1月11日に亡くなった。



余命宣告の後、母は「家に帰りたい」と言っていて
帰る準備を始めたところだった。

結局、家に帰ることもなく
うちの息子に会うこともなく
母は旅立った。




母が息を引き取って、病室を出る時に
「神も仏もねえな」
と私は吐き捨てた。

隣に居た伯父が、そっと肩を叩いてくれた。


もう、たまらなかった。
あんなに頑張って来た母の、最後の望みも叶わないのか。
会いたがっていたうちの息子にも会えず

ふざけんなよ


神とか仏とか、よくわからんけど
何に対しての怒りなのか、もうよくわかんなかった。







怒りや悲しみ、やりきれなさという負の感情は
私の心の底に横たわっていて、
たまに暴れて、どうにもならなかったけど

そのたびに手に乗せて、
しっかり眺めて
しっかり味わう。


それで消えるわけじゃないけど
そうして自分の感情に寄り添うことが、とても大事だと痛感した2年間だった。




感情は、無視し続けることができない。

怒りや悲しみ、やりきれなさと向き合わず
心の底に追いやって暮らすうち、
その負の感情は、むくむくと大きくなって、暴れ出す。


暴れ出す前の合図がある。

他人の弱音を受け容れられない、
息子が泣くことに苛立つ
などなど。





私は、こういうことを人に話すのが嫌で
本音の中の本音は絶対に見せたくないんだけど

そういうのを、ちゃんと出していこう、と思った。


息子の感情を大事にするためにも。






ご冥福をお祈りします。
1日2食生活、2日目。


腹が鳴る…
腹が鳴る…

腹が…




生きてるんだねぇ~~~


ってことにして笑いとばさないと食っちまいそうだぜ。









朝ごはんは、夫と唯一一緒に取る食事だし

晩ご飯は、息子と一緒に「おいしいね」ってする食事だし


というわけで、昼ごはんを抜いてるんだけど



昼時、外を歩くと目の毒だな~。









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枯れてるおばさんも妄想できるネタを
提供してくれる藤ヶ谷さん


やっばいね~~~~






あまりにニヤけてやばい顔になってるので
ひとりで見るようにしています。





今週はファンクラブの会報も届いたし
ほんとに機嫌いいんですけど
腰だけ機嫌悪いんだよね~
もはや何度目かよくわからないので
110万回にしましたが、1100万回かもしれません(´-┃






昨日から腰の調子が悪い。

もともと腰痛持ちでたまにぎっくり腰になるんだけど
ここ最近は調子が良くて、すっかり油断してた。

暴飲暴食でじわじわ太ってきてるし
ランニングもさぼりがちで、たまに走っても以前ほど長く走れない。
痩せる要素がさっぱりない。


昨日、息子と散歩に行ったら、いつもより抱っこを多めにせがまれて
ちょっときついなーと思ってたら、夜から痛み始めて
今日、グループ保育に送って行った後、整体へ。

夫も仕事が忙しいらしくて
「俺、さすがに今週は休めないからねー
 なんとか治してー」

って言うんで、どげんかせんといかん。



腰が痛む原因はいろいろあるんだけど
痛めると動けないのに、その上に食べちゃって、ますます太るのね。
(↑バカ?
とりあえず、それは避けねば。

というわけで、何度目かよくわからないダイエットをすることに。

痛む腰の筋肉が



「てめー、ほんとにいい加減にしろよー!
 バカー!!
 デブー!!!」



って言ってるような気がします。

ごめん、マジごめん。





とりあえず、一日2食にチャレンジ。

暇さえあれば食べることと酒のことばかり考えてる私には相当辛いけど
空腹も「慣れ」らしいですから。

慣れればいいんでしょ!慣れれば!!







待ってろ、29歳の私。
(となりは母。抱っこされてるのは、いとこの子供)


この時穿いてたデニムも、この後デブって尻が切れたんだよねぇ...ガクリ

息子が0歳期の時は必死すぎてとても思えなかったんだけど
1歳を過ぎてしばらくしてから、二人目が欲しいなーと思った。




理由は、兄弟がいたら何かと心強いと思ったから。
子供の時はそれほどでもないけど
大人になって、それぞれの人生を歩き始めたときに心強いかな、と。


特に私の場合は母の闘病と、他界した時と
その直後の出産は、妹がいなければどうにもならなかった。

単純に母の介護や私の産後の手伝いという意味もあるけど
当時の大きな不安や悲しみ、怒り、
どうすることもできなかった虚しさや罪悪感
負の感情の渦を共有できたのは、一緒に育ってきた妹だけだったと思う。


息子の今後の人生がどういうものになるか分らないけど
40歳手前で出産して、私がいつまでこの子をサポートできるかわからんし。



もうひとつ

妊娠発覚と同時に出血があって安静生活。
同時期に母の病気が発覚して
私の妊娠期間と母の闘病の時期がかぶって
母が他界したのとほぼ同時に出産して
妊娠も出産も、喜びとか楽しむことがほとんど出来なかった。

その後の育児もただただ辛いばかりで
新しい命を生み出すという人生の中で最も命の輝きを実感する時期に
死ぬことばっかり考えてたから
その時期をやり直したいというか、取り戻したいというか。




夫に話したら
「あー、そうだね。わかるわかる」
と言うのだけれど、

「でも(私の)体が本当に心配だから、もういいよ」

「あんなにかわいい息子がいるし、じゅうぶんじゃない」

…と仰る。
なにしろ私、41歳なのでね。命がけだから。


でもなー。
出産まではろくに運動してなかったけど
今はランニングもやってるし、むしろ今の方が体力はあるんですよ。




さっき、押し入れの中を片付けようかなーと思ったら
こんなの出て来た。


息子のへその緒。
この箱、出産で入院してた病院でつけていた
名前の書いたリストバンドと一緒に保管してあった。

産後、妹一家の家に居候してた時
沐浴の後に拭いてたら、ぽろっととれたんだ。


「なんでこんなところにうんこついてるんだろ」

と思って捨てそうになったんだけどね。



見ていたら、じんわり泣けて来てしまった。

当時、ただただ辛い時期だったけど
一生懸命やってきたんだなぁと思った。

必死すぎて覚えてないこともあるけど、
大事な物だから、ちゃんと保管してあった。
封印したいくらい辛い時期であるはずなのに。

頑張ってたんだなぁ。
私、頑張ったんだなぁ。



なんとなく、自分でも

”世間の人”が言うように、きょうだいがいないとかわいそうかな、とか

二人以上育てないと、説得力ないかな、とか(なんの説得力だ)

そういうことも、考えてたんだと思う。



でも今、とても楽しいし
やりたいこともやってるし
息子はかわいいし
不満とか不足とか、そういうものも別になくて

それなら、確かに夫の言うように
じゅうぶんなんだな、きっと。








人力車スタイルでベビーカーを引く。