論破おじさんの家は悪魔よりイヤだ『異端者の家』 | しばりやトーマスの斜陽産業・続

論破おじさんの家は悪魔よりイヤだ『異端者の家』

 A24の新作ホラー『異端者の家』はスコット・ベックとブライアン・ウッズ、『クワイエット・プレイス』のコンビが製作。目に言える怪物やグロテスク描写よりももっと恐ろしい恐怖を描く。信仰についての恐怖だ。

 

 末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)の宣教師である二人の女性が主人公で、シスター・バーンズ(ソフィー・サッチャー)は進歩的な考えを持つ女性で、内気で宗教一筋といった具合のシスター・パクストン(クロエ・イースト)とは対照的だ。

 

 二人は「教会の話を聞きたい」と連絡してきて中年男性リード(ヒュー・グラント)の家を訪れる。ちょうど小雨が降りだしてきたので、リード氏は雨宿りをしていくよう家の中へ案内するが、高潔なモルモン教徒の二人は男性のいる部屋へおいそれと入ったりしない。リード氏は「妻がブルーベリーパイを焼いているから」と言い、それならと二人は邸宅の中へ。

 

 パイの匂いが漂う応接室で二人は末日聖徒イエス・キリスト教会の教えを聞かせるがリード氏は

「創設者のジョセフ・スミスは一夫多妻制を推奨していたよな?」

 と言い始め、その後も不躾な話を続ける。キリスト教がユダヤ教などの「複製」であり、そういったことは世の中に氾濫しているとし、ボードゲーム「モノポリー」はエリザベス・マギーの「地主ゲーム」が元であるとか英バンド、ホリーズの「The Air that I Breathe」はレディオヘッドの「クリープ」の元ネタだぜとか。

 

「すべての宗教は“反復”ってことだ」

 

 リード氏は紳士そうに見えて、嫌味な論破おじさんだった!

 怪物や悪魔、ポルターガイストよりも論破おじさんが怖い!と言う映画なのだ。こりゃあ怖いよ。その辺にいくらでも居そうだし。普段は紳士然として、人の好さそうな(それでいて妖しい感じのする)笑顔を見せるヒュー・グラントが演じていることで嫌味度がアップしてます。

 

 妻が一向に姿を見せないことや、ブルーベリーパイの匂いはテーブルのアロマキャンドルから発せられていることを知ったバーンズは退室しようとするが、外へ出る扉が固く閉じられ、携帯電話も通じない。リード氏は

 

「わたしは唯一の真実の宗教を発見した」と説き、懐疑的な二人に

 

「出ていきたいなら裏口から出ていくしかない。二つの扉どちらかを選んでゆくといい。ひとつは“神を信じる”もうひとつは“神を信じない”だ」

 と指し示す。その扉はどちらも地下に通じる扉だった。二人は地下室で「信仰」について試される。

 

 リード氏はある信念に基づいて「唯一絶対の宗教」を実践しようとしているというのがこの映画の真相なのだが、どう見ても「口の上手い詐欺師」と何も変わらない。彼が二人の宣教師を騙すテクニックは安っぽい手品に過ぎないのだが、信仰に凝り固まっているシスター・パクストンはあっさり引っかかってしまい信仰心を揺らがせる。宣教師でありながら末日聖徒イエス・キリスト教会の教えにこっそり逆らっているシスター・バーンズはリード氏に抵抗を試み、悲惨な目に遇う。

 

 神の奇跡など存在しない、この世に神はいない!リード氏が正しかった!

 

 と言う結論と思いきや、どう見たって奇跡としか思えない事象によってパクストンは救われる。一瞬、僕も神を信じようかと思ったぐらい。この映画自体が口の上手い詐欺師の騙りみたいなものだったんだ。うっかり引っかかるところだった!